第11話 お前達には感謝している……


「そんな事を言って、命に替えても……」


 なーんて思ってるんじゃ、ないだろうな?――と言ったのはキャベツだ。

 どうやら、俺の考えはお見通しらしい。頭が『キャベツ』のくせに生意気な奴だ。


 ムキムキの筋肉ボディの上に瑞々しいキャベツが乗っている。

 光合成も可能で、たまに外側の葉っぱをむしる必要があった。


 確かに命を替えても『久遠くおん』と『アイラ』だけは守るつもりだ。

 当然、その覚悟はしていた。だが――


「アニキが居ないと、悲しむ人間がここに居るでやんす」


 とドラム缶――ではなく、ヒジキが告げる。

 見た目が機械の奴に言われるのは複雑な気持ちだ。俺は苦笑する。


「お前達には感謝している……」


 しかし、それも今日で終わりだ――と俺は告げた。

 生きて帰れる保証はない。ここは希望が絶望に変わる世界だ。


 俺は死ぬだろう。

 それでも、命を懸けてでも――


 俺には助けなければならない女性ひとがいる。

 それがアイラの母であり、モモの姉――久遠だ。


 とらわれのお姫様は、目の前の塔に居る。

 だが、見えているのに遠く、手は届かない。


 それでも、やっとめぐってきた機会チャンスだ。

 これを『のがす』という選択肢は、俺にはなかった。


 俺はアイラを呼び戻すと『魔導書グリモア』へ入っているように指示する。

 【魔術師】だけが使用できる、この世界と【異界】をつなぐ能力だ。


 実際に本がある訳ではない。

 俺は保護眼鏡ゴーグル防護面マスクを装着した。


「バイバイ」


 とアイラはモモ達に手を振ると――姿を光の粒子に変え――消失する。本来『魔導書グリモア』へは意思を持たない物質のみを収納できるのだが、彼女は特別だった。


(もしかすると【異界】へ行く事が出来るのだろうか?)


 この世界で人と暮らすよりも、娘にとっては、その方が幸せなのかも知れない。

 俺は――〈魔域接続アクセルリンク〉――を使用し、フワリと空中へ浮く。


 この【魔術】の効果中、俺の身体や任意の物質は世界から切り離される。

 モモは心配そうに俺を見詰めていたが、引き留める事はしなかった。


「頑張れよ!」「気を付けるでやんす!」


 キャベツとヒジキが手を振った。

 それを確認すると俺は一歩、また一歩と階段を上るように空へと駆け上がる。


 ある程度の高さまで来ると、後は【魔力】を捕まえればいい。

 鳥というより、凧に近いのかも知れない。


 大気を流れる【魔力】の風に乗り、俺は飛行するように空中を進んだ。

 眼下には樹海が広がっている。


 世界には見えない壁があると聞くが、この【魔術】が使える俺には関係のない話だった。


 けれど、便利な能力であると同時に、使い過ぎると俺自身が消えてしまう可能性もある。


(そうなれば、まさしく『亡霊』だな……)


 東京には、以前のような首都としての機能はない。

 むしろ、この状況では日本という国が残っている方が不思議なくらいだ。


 それ程までに、世界は荒廃しているのだろう。荒廃というと――土煙の立つ剥き出しの乾いた大地に、いつ朽ち果てても可笑おかしくはない廃墟――という印象だ。


 しかし【魔素まそ】による影響で一年中、枯れる事のない植物が生い茂っていた。伐採しても燃やしても、次から次に生えてくるのだから対処の仕様がない。


(食べ物やまきには困らないので助かるけどな……)


 かつて、この【魔境】に建物が密集し、人間があふれ返っていたとはにわかに信じがたい光景だ。


(さて、そろそろかな……)


 流石さすがに成層圏まで出るつもりはない。目的である【魔王監獄プリズン】は『強力な結界』と【錬金術師アルケミスト】の創った『魔法金属』によって守られていた。


 侵入するにしても、地下も地上も警備がきびしい。それなら――


「いっそ、宇宙そらから行くしかないよな……」


 勿論もちろん、モノのたとえだ。

 【魔素まそ】がなくなれば【魔術】は使用できない。


 見えない壁がドーム状なのか筒状なのかは知らないが、地上からあまり離れるのは良くないだろう。


 俺は先日、ミラから購入した対【魔獣】用の重突撃槍ヘビーランスを『魔導書グリモア』より取り出す。


 コンテナには解体されて格納されていたが、組み立てると優にトラック一台分の大きさになった。


 空中で改めて確認すると戦闘機や誘導弾ミサイルを連想してしまう。

 こんな兵器がいくつも必要だったとは――


 【魔王災害】が発生した際、地上を暴れ回った【魔獣】がいた。

 巨大であるがために『ベヒモス』と呼称される。


 その【魔獣】との戦闘で使用したのが、この重突撃槍ヘビーランスだ。強力な【魔獣】が掃討された今となっては、製造が中止されていたが、運良く手に入れる事が出来た。


 これがあれば【魔王監獄プリズン】の分厚い装甲を突破する事が出来るだろう。加えて、俺の――〈憑依コネクト〉――を使用すれば、重さに関係なく自在に操る事が出来る。


 俺は重突撃槍ヘビーランスを構えると、上空から塔を目掛けて突っ込んだ。

 〈憑依コネクト〉を解除し、重力を味方に付ける。


 また【魔力】を流す事で槍が回転をし、突破力を生み出す。

 同時に加速装置ブースターが点火し、推進力へと変えた。


(ホント、誘導弾ミサイルだな……)


 塔の天辺てっぺん目掛け、そのままち当ててやろうと思ったのだが――


『パーパ、マーマよ』


 アイラの声が聞こえた。どうやら、娘には分かるようだ。

 とはいえ、急には止まれない。流した【魔力】も同様だ。


 再び――〈憑依コネクト〉――を使用し無理矢理、方向転換をする。


『あーちよ……』


 俺の頭に直接、場所のイメージが流れ込む。

 アイラの言葉を信じ、彼女が教えてくれた場所へと突っ込んだ。

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