第10話 無事に帰ってきてね……


 上空では【魔素まそ】をびた強い風が吹いていた。

 大気を流れる【魔力】がみだれている証拠だ。


「いい風が吹くな……」


 今日みたいな日は【魔術】を制御するのが難しい。

 ただし、それは並みの【魔術師】に限定される。


勿論もちろん、俺は違うがな……」


 そう言って、アイラののどでた。

 うりゅう♪――と彼女は気持ち良さそうな声を出す。


 たとえ、上手く【魔術】を制御できたとしても、威力が半減するだろう。

 これから乗り込む場所は【魔術師】の巣窟そうくつだ。


 どの程度の数を相手にすればいいのか、見当が付かない。

 けれど、そのほとんどは実戦経験などないのだろう。


 勝つ自信はある。

 だが、流石さすが雑魚ざこといっても、大勢を相手にするのは骨が折れる。


(今日の天候が、味方してくれるといいんだが……)


 俺はそんな事を考え、アイラから手を離すと空を見詰めた。

 本来は夜明け前の方が、奇襲に向いているのだろう。


 しかし、今回の目的は救出だ。少数精鋭を相手にするよりも、大勢の【魔術師】を相手に攪乱かくらんする方が、俺の【魔術】の場合は向いているだろう。


 ――いつも通りやればいい。


 そう考えていると背後から、


「兄さん、行くの?」


 と一人の少女が声を掛けてきた。だが、振り向く必要はない。

 施設を出て、この世界を生きるには仲間が必要だった。


 彼女はそんな俺の最初の味方だ。

 それに俺を見送りに来る人間は限られている。


 また、俺を『兄さん』などと呼ぶ人間は『モモ』しかいない。

 彼女の名前に関しては俺が『名付け』を行った。


(最初は、彼女を守るためだったんだがな……)


 【魔術師】との戦いで気を付ける事は多い。

 主に次の二つを守る必要がある。


 一つは視界に入らないこと――【魔術】の範囲は視界に影響されるからだ。

 【魔術師】相手の戦いに慣れている連中は閃光弾や催涙ガスをよく使用する。


 もう一つは、名前を知られないこと――【真名まな】を知られる事で操られたり、姿を変えられたりする事がある。


 そういった意味では先日、戦闘となった『選民思想インテリジェンス』の連中は姿形が一緒で、更に階級や番号で呼び合っていた。


 【魔術師】からすると、非常に厄介な相手だ。

 それだけに、戦い方に違和感を覚えた。


なにか嫌な予感がする……)


 本来は一緒に連れて行きたい所だ。

 このタイミングでモモ達のそばを離れたくはないが、仕方がない。


 【魔術師】に関してはもう一つだけ、さえておく知識がある。

 一緒に行動するのであれば、もっとも注意しなければならない事だ。


 ――それは深く関わらないこと。


 何故なぜ【魔術】を使えるのか?――と言えば、それは【異界】とつながっているからだ。


 【魔術師】と関わるという事は――【異界】と関わる――という事を意味する。

 簡単に言うと、普通の人間ではくるってしまう。


 人間としての在り方が【異界】のがわに近くなるのだろう。

 多くの人間は外見や内面に異常をきたす。


 だから【魔術師】に『名付け』をしてもらい、自分の名前を守る必要があった。


(この事をもっと前に知っていれば……)


 時々、俺はくやむ。知っていたのであれば、【魔術師】である彼女が石を投げられる事も、家族を失う事もなかったはずだ。


 原因が分かってさえいれば【魔術師】が人類と、ここまで対立する事もなかっただろう。


「ああ……」


 俺がモモに返答すると同時に、


「モモちゃん♡」


 とアイラ。見事な飛行移動で彼女の胸へと飛び込む。

 まだまだ、甘えたいさかりなのだろう。


 モモの事を姉、もしくは母親代わりにしているのかも知れない。

 彼女自身も満更ではない様子だ。それを受け入れていた。


 モモがアイラに優しくする理由。

 それは自分の所為せいで、姉が両親を殺す事になってしまったからだろう。


 つまり『罪滅ぼし』の気持ちだ。

 そうでなければ、発光して空を飛ぶ幼女など受け入れがたい。


 勿論もちろん、今となっては普通に可愛くて仕方がないようだ。

 やはり、アイラは彼女の娘なのだろう。


 モモを通して、姉の面影がモモの心の傷をいやしてくれている。

 そんな気がした。


 最初に出会った頃のモモは、すべての人間におびえていたように思う。

 今とは別人だ。ただ、平気に見えても――


(多少の無理はしているのかも知れない……)


「アイちゃんの甘えん坊め、こうだ!」「ひゃうっ! くすぐったいのよ♡」


 こうして楽しそうに遊んでいる姿を見ると、戦闘時の彼女は別人で、こっちが本当の彼女だと信じたくなる。


 灰色の外套コートで全身をおおい、街の外での活動が多いためか――髪は短く――少年のような出で立ちを好む。


 体術はなかなかのモノで――本当は男なんじゃないのか?――と思う時もあるくらいだ。当然、俺も命が惜しいので、そんな事は口が裂けても言えない。


 久遠くおんの事もあったが、俺との関係は本当の兄妹きょうだいみたいなモノだ。

 だから、彼女に本当の家族を返してあげたい。


 普通に笑顔でいられる日々に戻してあげたい。

 アイラとじゃれているモモの肩を叩くと、


ぐに帰ってくるさ……」


 と俺は告げた。本当はモモも俺達に付いてきたいのだろう。

 けれど、【魔術師】ではない彼女を連れては行くのは危険だ。


 【魔術師】が多く集まる。それこそが【異界】なのだ。恐らく、人口の多い場所が【魔境】と呼ばれる理由は――【魔術師】に関係している――と俺は考えていた。


 そんな場所に彼女を連れて行く事は出来ない。


「無事に帰ってきてね……」


 とモモはアイラを抱き締め、心配そうに俺を見詰める。

 いつもは愛想のない彼女だが、その時の表情はいとおしく思えた。

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