第二章

第9話 やっと、この日が来たか……


 ――〈亡霊視点〉――



「やっと、この日が来たか……」


 東の空が明るくなり、太陽が顔を出した頃、俺は目の前にある塔を見詰めた。

 空と溶け合う雲のように、青と白のコントラストをしている。


 近いようで遠い、不思議な感覚だ。

 理由の一つとしては――大き過ぎる――という事が上げられるだろう。


 そのため、距離感が可笑しくなっているようだ。また【魔術師】が建築したモノは【魔力】が込められている。物理法則を無視している可能性が高い。


 そして、もう一つの原因が【魔術】だ。結界が張られているのだろう。

 【魔術】を使える人間でなければ、塔を認識する事は出来ないようだ。


 よって、普通の人間には近づく事も、触れる事も出来ない。不思議なモノだ。

 一応、警備はされているようで、進入禁止の場所エリアとなっている。


 ――金で雇われた傭兵だろうか?


(見えないモノを警備するというのも、変な話だ……)


 その一方で敷地内にはストーン人形ゴーレムファングチワワが徘徊していた。

 【錬金術師アルケミスト】と【魔獣使いビーストテイマー】がいるのだろう。


 【魔王災害】と呼ばれた災害が発生する前は『東京タワー』というモノが存在していたらしい。だとすれば、それに続く、東京の新たな象徴シンボルだろう。


 通称――【魔王監獄プリズン】――『ラストダンジョン』なんて呼ぶ連中もいる。 

 正式名称は『東京魔王技術第一研究所』というらしいのだが――


 どうやら、多くの人間にとっては『どうでもいい事』のようだ。

 その名が使われる事はほとんどない。


 それに俺達の世代――【魔王災害】の後に生まれた子供達――なら『東京タワー』を知らないのが普通だろう。俺自身も東京の外に行った時に、教えてもらった話だ。


 電脳空間ネットに接続すれば、何時いつでも『渋谷』や『秋葉原』を体験する事が出来る。

 新名所として『スカイツリー』なんていうのもあるらしい。


 【魔王災害】――それは『二十世紀の終わり頃に始まった』とされている。

 主に日本で影響があったのは、人口の多い東京と大阪だった。


 島根や鳥取と呼ばれる場所は、今も平和そのモノだ。【魔王災害】は予言されていたと聞く。予め、日本にも安全な場所を作っていたのだろう。


 未知のウイルスが蔓延まんえんしたとしても、その地域だけは無事に違いない。

 今では東京の方が【魔境】などと呼ばれ、人が近づかなくなってしまった。


 世界各地でも同様の災害が発生していて、人口の多い都市はすでに、その役目を終えている。まるで人類を狙ったかのような災害だ。


 俺達が生まれる前にあったとされる建築物。

 その多くは【魔素まそ】の発生と【魔獣】の出現により、破壊されてしまった。


 しかし、人類というのは可笑しなモノで電脳空間ネット仮想現実バーチャルとして東京を作り上げてしまった。そして今も尚、発展し続けている。


 災害の名も【魔王災害】とされているが、その詳細は未だ明らかにされていない。

 恐らく、関係者の多くが、まだ生きているためだろう。


 政府の上層部が情報を非公開にしているに違いない。

 国民が――いや、世界が――真実を知るのは当分、先になりそうだ。


 その【魔王災害】で奇跡的に破壊をまぬれたビルの一つ。

 俺は、その屋上に立っていた。


 周囲には【魔素まそ】があふれているため、植物が生い茂っている。

 【魔素まそ】は動植物に影響を与えた。この場合は異常な成長力だ。


 俺のような【魔術師】が誕生したのも【魔素まそ】の影響だろう。


(――と言いたい所なんだが……)


 【魔王因子】と呼ばれるモノを持っているのが【魔術師】の条件らしい。

 どうやら【魔王監獄プリズン】には【魔王】の遺骸が保管されているようだ。


(それが【魔王監獄プリズン】と呼ばれる本当の理由なのだろう……)


 ビル自体も木々におおわれ、眼下には樹海が広がっていた。

 かつての東京はもう、そこにはない。


「パーパ、だいじょぶ?」


 俺を心配する、可愛らしい少女の声が響く。光の粒子をキラキラとき散らし、黄金の妖精が空中を舞いながら、俺に問い掛けてきた。


 娘のアイラだ。あの時の子供なら四、五歳といった所だろうか?

 明らかに人間の在り方とは異なるので『十月十日で生まれた』という保証はない。


 ただ、成長の速度は人間の俺達と一緒のようだ。

 まゆの辺りは俺に似ている。大きく澄んだ綺麗な瞳は彼女に似たのだろう。


 特に笑顔が彼女にソックリで、俺をいつもいやしてくれる。

 アイラには、俺や彼女とは違う生き方をしてもらいたいモノだ。


(しかし、それは難しいだろうな……)


 アイラの整った顔立ちは、何処どこか俺の姉に似ている気がする。

 将来は美人になるに違いない。耳の形はモモとよく似ていた。


 出会って最初の頃は俺の【魔力】も低かった。

 そのため、コミュニケーションを取るのも一苦労だ。


 アイラが『幼かった』というのも理由ではある。

 それでも、今はこうして普通に会話が出来るようになった。


 嬉しい事だ。彼女と離れ離れになって、すでに五年もの月日が流れている。

 それでも俺はあきらめず、彼女が居そうな施設をさがし続けた。


 同時に【魔力】をたくわえ、知識を吸収する。

 武術の心得を多少なりとも会得した。


 そして、ようやく俺は見付け出したのだ。

 『久遠くおん』が居る、その場所を――


(彼女も【魔術師】なので、名前は変えているだろう……)

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