第8話 見付けた!


 やがて妹が成長し、出掛けるたび怪我けがをするようになる。

 病気になって、熱を出す事もあった。


 子供なら仕方のない事だろう。

 しかし母は、妹になにかある度に、私へ疑いの目を向けるようになった。


 今から考えると、私が【魔術師】で怪我けがや病気を一切しなかった事も関係していたのだろう。普通の人間からすると、さぞかし気味が悪かったはずだ。


 手の掛かる小さな子供の世話と、私という存在を隠す事に疲れたのか、母は次第に神経をり減らし、壊れて行く。


 妹が一人で外を出歩けるようになった頃、私は家で本ばかり読んでいた気がする。

 外を自由に出歩けないのだ。自然な流れだろう。


 けれど、妹は私が一緒に外で遊んでくれない事を不満に思っていたようだ。

 私を困らせるように、私の目が届く場所では危ない真似まねをする。


 幼心に、そうすれば私が心配して――家から出てくる――と思ったのだろう。

 分かっている。妹はただ単純に、私と外で遊びたかっただけだ。


 しかし、彼女は私が【魔術師】である事を知らない。


(ああ、そうか……)


 だから妹が怪我けがをするたびに、母は私の所為せいだと思ったのか。

 今にして思えば、簡単な理屈だ。


 私は母にきらわれるのがいやで、次第に妹から距離を取るようになる。

 やがて、それが日常になった。そんなある日、母と妹が帰って来なかった。


 大きな地震のあった次の日だ。【魔王災害】より以前に建てられたビル群がくずれ、母と妹が閉じ込められたという。


 妹は私と仲直りをしたかったようだ。

 そのために誕生日のプレゼントを用意し、私を喜ばせようと考えたらしい。


 母と二人で買い物に行った。

 その建物では――闇市が開かれている――と聞いた事がある。


 【魔王災害】以降、人々は新宿を中心に東京から離れる事が出来なくなっていた。

 見えない壁のようなモノに閉じ込められているようだ。


 勿論もちろん、外から配給は届けられるが、珍しい品物や贅沢品は、闇市でしか手に入れる事が出来ない。


 妹なりに――家に引きもってばかりの私を心配した――というのが理由だろう。

 かく、以前のように私と一緒に居たかったらしい。


(そうか――全部、私の所為せいだ……)


 その話を聞いたのは、一人で家に戻ってきた父からだった。

 私は父の制止も聞かずに外へと飛び出した。


 自分でも気が付かない内に身体強化の【魔術】を使っていたのだろう。

 場所の見当は付いている。以前は母と一緒に外に出ていた時期もあった。


 久し振りの外だというのになん感銘かんめいも受けない。

 不安とあせりだけがつのって行く。


 市街地の方も被害は大きいようだ。

 つぶれた家もあって、住民が途方に暮れていた。


 私が目的の場所に辿たどり着くと、数名の大人達が瓦礫がれき撤去てっきょ作業を行っているようだった。


 しかし、それは人命救助が目的ではない。

 埋もれてしまった貴重品を探すためだ。


 ――あんな奴らには任せておけない!


 今にして思えば、詰まらない正義感を振りかざしてしまった。

 私は【魔術】を使って母と妹、それに生き埋めになった人々を助け出す。


 父は最初から、私にこうさせる事が目的で家に戻ってきたのだろう。

 すでに私を切り捨てると決めていたようだ。


 その後、何故なぜか私の所為せいで地震が起きた事にされてしまった。

 あれだけの【魔術】を見せてしまえば、仕方なのない事かも知れない。


 当然のように、街の人達からは石を投げられるようになる。

 危険なので、妹は別の街に住む親戚の家に預けられた。


(あの時、母と妹を助けなければ……)


 こんな事には、なっていなかったのかも知れない――


 ――――――――


 ――――


 ――カグヤ様、カグヤ様!


 再び、ウサミの声で私は現実に引き戻される。

 着替えを済ませ、朝食を取っていた時の事だ。


「緊急連絡ですよ⁉」


 と彼女は魔術操具デバイスを見せる。緊急のメールが通知されているらしい。

 私も自分の魔術操具デバイスを取り出すと確認する。


 ウサミの方は、領域管理者エリアマスターの指示に従い待機するように指示されていた。

 だが、私は彼女よりも高い権限を与えられている。


 より詳細な情報が記されていた。

 どうやら、高速でこの塔に近づいてくる物体があるらしい。


 現状では正体不明アンノウンとされている。

 普通に考えるのなら、この塔に【魔術師】以外の者が入る事が出来ない。


 また物理的な攻撃――例えばミサイルのようなモノ――は一切受け付けないはずだ。

 通常なら、なにも心配する必要はない。


 だが、ウサミにまで連絡が入るのはみょうだ。

 一般的な地位ランクの【魔術師】に連絡した所で、対処は出来ない。


 不安にさせるだけで、余計な混乱を生むだろう。

 それに直接、私に連絡をすればいい。


 科学者ラプンツェルからも、守護者マーメイドからも連絡がないのは可笑おかしい。考えるとするなら――外からの侵入者を手引きしている内通者がいる――という事だろう。


 そうなると助言者シンデレラ聖職者シラユキ観測者イバラ探求者オヤユビの四人を疑うべきなのだが――


「いえ、今は詮索するのは後ね……」


 気乗りはしないが、私も破壊者カグヤを名乗っている。

 迎え撃つべきだろう。すでに制服には着替えていた。


 私は立ち上がり、部屋を出ると何故なぜかウサミも付いて来る。

 居ても邪魔なだけなのだけれど、


「カ、カグヤ様……ま、待ってくださ――」


 ブヘッ!――と転ぶ。世話の焼けるだ。私のそばにいるのが一番安全だろう。

 仕方なく、私は彼女に手を差し伸べる。


「カ、カグヤ様ぁ~♡」


 と感動しているのか、同時に情けない表情をするウサミ。

 本当に仕方のないだ。


 そして同時に、私は【魔術】を使用する。


 ――〈漆黒剣の輪舞ブラックフィールド〉!


 無数に出現する漆黒の剣が私達の盾となり、衝撃から身を守る。

 どうやら、間に合ったようだ。すべてを斬りきざむ私の【魔術】。


 次の瞬間には轟音と共に塔の壁が破壊された。

 すさまじい振動と衝撃波。


 ウサミの方は気絶してしまったようだが、曲りなりにも【魔術師】だ。

 大丈夫だろう。


 それにしてもまぶしい。久し振りの太陽の光だ。

 思わず目を細める。どうやら、私の【魔術】は相殺されてしまったらしい。


「見付けた!」

 

 と青年の声。それは私の目の前に現れた。

 彼が侵入者だろうか? いや、それよりも――


(以前にも、同じ事があったような気がする……)

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