第7話 今日は機嫌がいいようですね!


 私は暗い穴の底で、気を失っていたらしい。

 目が覚めるとすでに夜で、真上には月がかがやいていた。


 首輪はついたままだ。待っていれば、施設の人間が助けにきてくれるだろう。

 いや、夜だというのに回収に来ていない。


 どうやら、私は不要だと認識されたようだ。

 ただただ、この暗い穴の底で、自分の終わりを待つ。


 声を上げても、助けなど来ないだろう――そう思っていた。

 しかし、頭上から明かりが差す。それと同時に、


「見付けた!」


 誰かが声を上げた。少年のようだ。

 まぶしいため、私からは顔がよく見えない。


 ただ、声や髪型に見覚えがある。

 以前、少年にキャンディをあげた事があった。


 施設でも落ちこぼれの彼は、一人だけキャンディをもらえずにいた。

 それは気紛きまぐれでしかない。私は彼にキャンディを全部あげた。


 お礼を言う彼に対し、私はなんと返しただろうか?

 言葉はいいから、私の役に立ちなさい!――そう言った気がする。


 最初から期待などしていなかった。

 なんの役にも立たない子供だと思っていた。


 私の役に立つ事などないと、そう思っていた。

 その彼が私を探しにきてくれた。


 何故なぜだろう? 自然と涙がこぼれる。

 先程まで――このまま死にたい――と思っていた。


 これで良かったのだ――と自分に言い聞かせていた。

 そのはずなのに、何故なぜこんなにも嬉しいのだろう。


 彼は懐中電灯ライトを首に掛けると、そのまま穴の中に降りて来た。

 そして、私を背負う。すると器用に穴を登り始めた。


 彼の【魔術】だろうか? まるで普通に歩いているような感覚だ。

 すべてを理解しているのか、彼はなにも言わなかった。


 穴から出ると、彼は持ってきていた背嚢リュックから毛布を取り出し、私に掛けてくれた。同時にもう一本の懐中電灯ライトも渡してくれる。


 やはり、周囲に大人達の姿はない。

 なら何故なぜ、彼は一人で来てくれたのだろうか?


 男の子達と喧嘩けんかをしたのだろうか? 顔がれている。

 何処どこかで転んだのだろうか? 服もボロボロで汚れていた。


 でも、今の私の姿よりはマシだろう。


「どうして……」


 私を助けてくれたの?――そう聞こうとして、私は口をつぐむ。

 怖くなったのだ。私のみにくい姿を見て、彼に嫌われる事が――


 やはり、助けて欲しくなんてなかった。

 こんなみじめな気持ちになるのなら、穴の中で一人、ちてしまった方がマシだ。


 そう考えてしまうと、もうなにも出来なくなる。

 けれど彼は私を抱き締めてくれた。頬にキスをしてくれた。


「お姉ちゃんが、いつも僕にしてくれたんだ」


 もう居ないけどね――と悲しそうに告げる。

 その瞬間、彼も私と同じだという事を理解する。


 ――私の役に立ちなさい!


 後になって考えれば、私のあの時の言葉が彼の居場所になっていたのだ。

 心が少しだけ、温かくなる。


 でもやっぱり、見付けてなんて欲しくなかった。

 世界が私達を引き裂くのなら――


 ――――――――


 ――――


 ――カグヤ様、カグヤ様!


 私を呼ぶ声がする。

 どうやら、また同じ夢を見ていたようだ。


「カグヤ様、今日もいい天気ですよ!」


 なにも考えていないのか、今日も能天気に私の世話役となった『ウサミ』が起こしにきたようだ。


「おはようございます、カグヤ様♡」


 おはよう――と私が返すと彼女は動きを止め、私の顔をのぞき込む。そして、


「今日は機嫌がいいようですね!」


 といてきたので――ええ――私は微笑ほほえむと、


「彼の夢を見ていたの……」


 そう告げた。


「それは良かったですね♡」


 とウサミは微笑ほほえむ。だが、内心ではあきれているのかも知れない。

 彼の夢は、いつも子供の頃の思い出だ。


 私自身――いいように美化しているのかも知れない――とは思っていた。

 何度なんども聞かされる方はたまったモノではないだろう。


 しかし、私には他に『いい思い出』などなかった。


(いえ、違うわね……)


 あると辛くなるから、忘れているのだ。

 落とし穴に落とされた、あの時が切っ掛けだろう。


 幼い頃からよく、来客があると父は私を部屋に閉じ込めた。

 今にして思えば、それが私と家族を守る手段であった事は理解できる。


 その証拠に、いつも父は私を出す時に謝っていた。

 抱き締めてくれた。


 そんな経験があったから、暗い穴の底でしばらくの間は耐える事が出来たのだろう。

 しかし、次第に足の痛みが引き、冷静になると考えが変わる。


 父に閉じ込められた時は『出してもらえる』という保証があった。

 でももう、あの時とは違う。


 私が居なくなって困る人間など、この地球上には居なくなってしまった。

 探しにきてくれる人間など皆無かいむだ。


 結局、私が家族を壊して、私自身の手で終わらせてしまった。

 唯一の肉親である妹は、きっと私の事をうらんでいるだろう。


 そう考えて、あの時の私は思わず、泣きそうになった。

 身体ではなく、心が痛かったのだ。


 父も母も、最初から私を嫌っていた訳ではない。

 優しかった時もある。それを思い出してしまった。


 私が【魔術】を使ってしまったばかりに、変わってしまったのだ。

 最初は私を愛して、守ってくれていたというのに――


 何時いつからだっただろうか?

 他人から私を隠すようになったのは――


 私は記憶の糸を手繰たぐる。

 くるい始めたのは、妹が生まれてからだ。


 妹は私と違い、普通の人間だった。

 両親が可愛がるのもうなずける。私だって愛していたのだ。


 最初に違和感を覚えたのは、妹が熱を出した時だろう。

 丁度、両親が留守で私が面倒を見ていた。


 私は外に出る事を禁止されていたので、誰かに助けを求める事も出来ない。

 不安の中、妹を抱き締めたまま、両親の帰りを待っていたのだ。


 それなのに母は――私が妹を殺そうとした――と勘違いをした。

 何故なぜなのだろうか? あの時は、答えは分からなかった。


 今更、知ったとしても、もう意味はないだろう。

 しかし、あの時――原因が分かっていれば――違う未来もあったはずだ。


(私は昔から、肝心な所で大切なモノを手放してしまっている……)

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