第11話 いたずらっ子

 良く晴れた日の午後など格好のお昼寝タイムである。当然ながらアイシャは自身のテリトリーと化したお昼寝館のマイベッドで夢の中にある時間帯なわけだが、この日はそうではなかった。


 懸垂していようがスクワットしていようが、お昼寝していようがアイシャには誰かがこの場を訪れるのであれば事前に察することが出来る技能がある。


 それはこの魔物はびこる危険な面がある世界で、それでもお昼寝が仕事みたいな人物が、危険を回避出来るためにあるのであろう技能と思われ、誰かが近づいたら、あるいは指定の時間になったらというセンサーか目覚まし時計の用途であったり、この場合はアイシャに向けられる敵意や害意を報せてくれる。



 すでに前段階の報せを受けたアイシャの意識は覚醒している。そんなことは茂みに隠れる子どもたちが知るわけもなく、寝たふりをするアイシャに向けて何かが投げつけられる。


 “寝ずの番”は警戒を報せない。それはつまりこのまま受けてもダメージはないものだということ。


 ポスっとアイシャの胸に落ちたそれはとても軽く、薄目を開けて確認するとパンの切れ端だった。


(本当に寝てるんだな)

(いや、気付いてないだけかも)

(もういっちょ)


 またしても飛んでくるパン。アイシャの反応がないのをいいことに、面白がった子どもたちによってパンはどんどんとアイシャになげつけられ、いくつかのパンが転がる胸の上に鳩までやってきてしまう。


 子どもたちは一体どれだけパンを持ってきていたのか。


 調子に乗った子どもたちによって、アイシャの胸の上は大量のパン屑とそれに群がる鳩で足の踏み場もない。もちろん鳩の足の話だ。


(あれでも起きないとかすげえ)

(どこまでいけるのかな)

(んじゃやってみる?)


 子どもたちの空気が少し変わって“寝ずの番”が控えめな警報をアイシャの脳内に鳴らす。


 投げられたそれに鳩たちが一斉に飛び立った。鳩の羽ばたきとフンに見舞われるアイシャの頭に石がぶつかる。こつんっと音を立てた石は小石と呼ぶには大きく、当たれば痛いものだと鳩の頭でもわかる。


 さすがのアイシャも寝たふりをやめてのっそりと起き上がる。その服も身体も頭まで羽根まみれのフンまみれだ。そんな中でずっと微動だにせずにいられる胆力もなかなかのものだが、ずっとお昼寝に明け暮れたアイシャだからこそのものといえる。


 羽根は散らばり、髪を撫でればパンくずが落ち、そして鈍い痛みのある左目の上の方から血が一筋垂れてくる。


「パンもだけど……石を投げたのは誰?」


 子どもたちはアイシャの頭から垂れている血にさすがに不味いと思って息を殺している。ずっと寝続けていたお昼寝士のことだ、黙っていればそのまま寝てしまうかも知れないなどと、この期に及んでバカにした考えに基づく期待で。


「そこにいるのは分かってるけど、大人呼んだ方がいい?」


 子どもなんてのはそんな言葉で簡単にすくみ上がってしまうものだ。大人に怒られるのはこわい。少なくともここで寝てばかりの上級生よりは。


 ガサガサと茂みから姿を現したのは4人。アイシャは人数の予想に間違いがなかったことに既に満足している。このあとの面倒は正直どうでもいい。ごめんなさいと去っていけば次こそ本当にお昼寝ができる。


「見てよ。この服……フンまみれ」


 アイシャがない胸を手で払いながら言えば、ひとりがプッと笑うがアイシャは笑っていない。


「見てよ、血が出てる。お母さんが心配しちゃうじゃない」


 大人の存在をチラつかされて子どもたちはやっぱりドキっとしてしまう。とりわけ被害者と加害者の立場での大人のやり取りがあれば、加害者の子どもはたいそう怒られてしまうのだ。


 けれど石を投げた男の子だけは違う。親たちから怒られることには慣れっこだ。


「ずっと寝っぱなしの奴がいるってんで心配してやったんだ! 文句あっか?」


 そんなモラルのない子どもが悪びれもせずに強気に出られるのには訳がある。彼は剣闘士という剣士以上に戦闘に特化した適性を告げられていて、そのステータスも低くない。


 そしてなによりアイシャよりも3歳上の15歳の兄が上級生にいる。


 その兄も剣闘士でここでは間違いなく強者である。ずる賢い子どもはいざとなれば兄がいるからこその強気だ。上級生が大人の存在をチラつかせて来たところで謝るつもりもなく、むしろそんな他力本願で弱そうな女の子など泣かせてしまおうかという気迫でアイシャに立ち向かう。


「……そう。心配ありがとう。大丈夫だからもう帰っていいよ」


 悪ガキの気迫なんてのは微笑ましい背伸び程度でしかない。連れがオロオロしながらも頼もしく思った悪ガキの立ち振る舞い虚しく、もはや相手する気にもならないアイシャはそう言ってまた寝てしまった。

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