つぼみの頃の分岐点
第10話 噂のお昼寝士
聖堂教育がはじまって以来、、アイシャは午前中にある共通の授業以外は丘の上で過ごした。それは雨の日も風の日も変わらず、気にして見に来た者たちは教師も生徒も同様に東屋で寝っ転がるアイシャを見ただけだ。
そうして寝てばかりのお昼寝士だったが、割と早い時期に、どうやったのか、どこから手に入れたのか、いつのまにか枕と布団まで増えていた。気づけば抱き枕やぬいぐるみ、ついにはベンチに敷いていた布団がグレードアップしベッドまで。
なるほど、お昼寝適性の子どもを放置してきた結果とでもいうのか、しまいに東屋には“お昼寝館”と書かれた板がぶら下げられてもいた。
本来ならば誰の管理下にもないからと好き勝手に備品を増やして、好き放題に寝続けるばかりの子どもは叱らなければならないであろう。ただお昼寝が適性だなんて子どもを持て余し、大人たちがそろいもそろってアイシャをここに放置してしまっていることへの少しの罪悪感みたいなものがそれを良しとした。
アイシャが家に帰れば父親と母親がその日のことを聞いてきたりもしたが、当たり障りないことを話すことで全く問題ない。アイシャは別にぼっちではない。幼馴染のサヤとはお昼ごはんの食堂で一緒だし、ひとりで過ごす時間のことを避ければ子どもなりに話せる事もある。
両親ともアイシャの適性であるお昼寝士のことは当然知っていて「アイシャらしいな」と笑ったものだ。子どものことは良く観察し、会話をし微妙な変化やサインを見逃すまいと愛を持って接しており、だからこそ今さら普通ではない我が子のそんなデリケートなところには必要以上には首を突っ込んでこない。
当然のことながら聖堂での学習状況については大人同士のやり取りがあり、その中でも特段問題ないと聞いており本人の振る舞いもそれを裏付けている。お昼寝士を放置するよりほかない教師陣が成績については濁して不問にしているだけの可能性はかなり高いが。
そうすると後はアイシャの好きに出来たわけだ。年間行事にも困る事はない。これが武闘会のひとつでもあれば何かしらあったかも知れないが、非戦闘職もたくさんいる中でそんなイベントはない。似たようなのがあるにはあるが、それこそ戦闘職適性の者たちで勝手にやっている。
お昼寝士適性の子どもにも同様に競うイベントがあれば、年間を通して寝っぱなし(に見える)アイシャのひとり勝ちは揺るがない。
だけれどひとつだけ、たったひとつだけとてもアイシャを困らせている事があった。
それは12歳に上がったこの年のことだが、天気の良い昼下がり。当然アイシャにとってはお昼ごはんあとのお昼寝タイムに──。
ことし新しく入ってきた子どもたちのうち元気なのが、ここで“丸3年に渡って寝て過ごしているヤツがいる”という話を聞いてちょっかいをかけにきたのが始まりだった。
(本当に寝てるぞ)
(あれが噂のお昼寝士)
(なんだよそれ職業?)
寝ているアイシャの耳にはばっちりそのひそひそ話は聴こえていて、足音からするに会話に参加していない子を含めて4人だ、とそこまでバレている。
どこでも寝られるお昼寝士はすでに見習いから初級を過ぎて中級にまで到達している。毎日のお昼寝の賜物といえよう。
お昼寝士として初級に至ったのはここでのお昼寝を始めてから割とすぐの事で、その時に“寝ずの番”という技能を習得している。
しっかり寝ているのに何を言っているのかというところだが、本人がどんなに熟睡していてもその技能が周囲警戒を続けてくれるというもので、どのレベルで睡眠から覚醒させるかを任意で決めることが出来る。寝るときにこれくらいで、と念じるだけでいいお手軽警戒術だ。
これまでも訪れた人たちのことは気づいているし、起きているうちにも発動させておく事が可能で、それ故に“お昼寝士らしくない鍛錬する姿”は誰にも見せていない。
そんな事をしているのが知られたらお昼寝タイムが取り上げられかねないからだ。
(本当にやるのかよ)
(当たり前だろ。みてろよ)
そして生意気に元気な男の子は「えいっ」と手の中のものをアイシャ目掛けて投げつけた。
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