第9話 両手で抱えられるだけにしておくよ
「何もゲンコツしなくってもいいのに……」
「あれはアイシャちゃんが悪いよ」
アイシャには教師の気遣いは分からず、高速首振りをした上で「私はお昼寝さえ出来ればそれでいい」なんて言ったものだから、頭の上からゲンコツが降って来たのだ。
苦笑いするサヤは長かった萌黄色の髪をバッサリと切って割と男前なショートカットになっている。剣士としてやっていくためだろう。ショートパンツをサスペンダーで留めてあり、襟付きの白いシャツが女の子らしさと品を保たせている。
「10時の休憩が終わったら別々だね。アイシャちゃんは……あの丘だっけ?」
「そ。昼寝し放題」
そうしてやって来た丘でアイシャが自重トレや型を繰り返すのには習慣とステータスの低さに加えてもうひとつ理由がある。
自分の身は自分で守る。最低限としてそれがあり、なおかつ他種族に脅かされるのであれば、守るべきものを守れる力を身につけるということだ。
──今度は紐なしバンジーからだって救ってみせる。
それが可能かどうかは別として、優雅なお昼寝宣言をしておきながら日々ここで鍛錬に励むのだった。
そして念願の休みにはアイシャは街の外で狩りをする。
アイシャのステータスは相変わらずのオールEだが、それは鍛錬が足りないからだろうといつもの木を相手に打撃を繰り返し、時折現れる魔物の銀狐を仕留めている。
気づいたのはそれまでどんなに身体を痛めつけていても、狐を捧げたら回復するという事だ。
これはのちに知る事になる“吸収”という固有技能ではあるが、アイシャにとってはそうする事で回復出来てしまう謎世界というだけで十分だった。その分続けられるのだから。
「君は、変わっているね。結局この世界でもやっている事は同じなんだね」
いつかの声が東屋でお昼寝するアイシャに語りかける。今度はシルエットすらない。
「私は私のしたいようにするよ。それがこの世界でも同じってだけで」
アイシャは声の主が前世を知る誰かだと分かっている。
「前と同じ──せめて抱えた人くらい守らないと、ね」
結局あの子は生きていたのだろうか。アイシャは目を開けもせず寝言のように呟き、遠い記憶の中に消えそうな女の子のことを思い浮かべる。
「お守り、使ってるんだね」
声の主はそう言うけれどアイシャには心当たりがない。そういえば前に出会った時に置いておくと言っていたけれど、拾った記憶はないのだ。
「なんのことかな?」
「偽りの正義。君の手の中にあるアミュレットのことだよ」
言われてアイシャが手のひらを開き眺めると、小さなチェーン付きの石が次第にその姿を現した。
「なんなのこれ? 知らないんだけど。これが一体……」
問いかけるアイシャに対しての返事が返ってくる事はなかった。
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