第8話 退屈な学校
聖堂には生誕の儀の時よりもずっとたくさんの子どもたちで溢れていた。1年に1度こうして聖堂教育に新しい子どもたちが参加することになるこの日は、上級生たちが歓迎するために子どもたちが一堂に集まるからだ。
そのあとは聖堂の裏手、アイシャたちは初めて入る事になるところだが、街の南の東西に広がる山脈のふもとに位置する聖堂教育課程用の広い土地に建物がいくつかあってそれぞれに分かれて勉強することになる。いわゆる義務教育にあたるそれが15歳の年まで続く。
教育の内容は午前中を座学、午後を実技としており、さらに適性ごとに分かれて受ける事になるのが大半。
すでにアイシャの行き先はひとりだけの場所が決まっていて、みんなとは違う少し小高い丘の上にある東屋が割り当てられた。公園や広場などでベンチとテーブルがあって、申し訳程度の屋根があるだけの休憩所みたいなあれである。
サヤが体育館のような建物だったり、むき出しの地面に藁人形がいくつも突き立った、いかにも訓練場といった場所で学ぶのに対して、どう考えても普通ではないアイシャの居場所。
司祭たちやサヤに胸を張って見せたギルドカードの適性が、その割り当てが間違ってないのかもしれないと思わせた事もあり、アイシャは思いがけずここでもお昼寝し放題の特権を得てしまった。
けれどアイシャとてずっと寝て過ごすわけではない。お昼寝はあくまでお昼寝なのだ。ずっと寝ていたらそれはもう寝たきりだろう。
幸いにして何もない丘ではないのだからと、自重トレーニングを繰り返してお昼寝をして、さらに型も含めて鍛錬に励むことにした。
アイシャはこの少し前、午前の座学で今生きている世界のことを少し知る事になった。
「世界には大きく分けて2種類の人種がいる。我々人間かそうでないか、だ」
教室のような広い部屋に入ってきた教師はいかにも堅物そうな男性で、これは退屈するなとアイシャが思った矢先の話。
「人間は弱くそれ以外が強い。人間は扱える魔力が極めて少ないからだ。そして魔力を自由に扱う者たちを総称して魔族と呼んでいる」
この話は他のみんなも殆どが初耳だ。職業適性によって優劣がつきそうなこのタイミングで与えられる情報は子どもたちの純粋な心にどう作用するだろうか。
(自分たちが弱者の側だって知らされたら否応なく協力しようとするもんね)
アイシャはそう理解した。そしてそのあとの展開としてはお昼寝士などという戦力外の扱いも分かっている。
(仲間はずれ、最悪は虐待もありうる? だとしたらそれは──それはもう大手を振って安全地帯に匿われてのお昼寝し放題のルート‼︎)
神妙な顔して聞いているアイシャの頭の中では本人にしか分からない理論で、いまやお昼寝無双獲得記念パレードが開催されている。
「種族間での争いはしばしば起こるというのに我々人間族は弱い。そのためにも神より適性を授かり生き残る術を得たのは歴史として今後学ぶことだろう。生き残る術、それは武術であり魔術であり生存術である」
幼馴染のサヤは剣術ではあるが適性はもちろん他にも色々ある。色々の中には生産系や家事なども含まれる。宿やレストランで働く者たちも多くはそういう類の適性があるからだ。
「ステータスはその適性に大きく左右されもするが絶対ではない。望めば誰もが剣を持つ事が出来、ペンを持つ事も可能だ」
アイシャは神妙な顔を崩してはいないが、街を練り歩く脳内パレードはすでにクライマックスに差し掛かっている。目の前を歩いて近づく教師に気づかないし話も聞いていない。
──そっと肩に手を置かれてアイシャは初めて目の前に人がいる事に気づいて見上げる。
教師の男は不遇な謎適性の子どもを励ますべく優しく告げた。
「お昼寝士も頑張れば闘えるぞ」
アイシャは残像の出来る速さで首を横に振り続けた。
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