第7話 スキルツリーの根っこ

 脚が治ったことに気づいたアイシャはまたしても蹴りを繰り返していた。今度は高くあげるハイキックばかりだ。腫れはひいて傷も治り、血は止まって赤紫色になっていた肌の色が若く健康的なものに戻っていても大して気にはしない。


 前世の記憶がどれだけあるにせよ、少女アイシャにとってこの人生はやり直しなどでも2周目でもなく、新しい命で新しい世界なのだ。前世の記憶と新しい世界の知識が合わさってとまどいもあるが、アイシャはアイシャであり、しっかりとこの世界の住人である。


 少なくとも仕組みも歴史も違う今世に活かせるものなどアイシャの中にほとんどありはしない。格闘技もスポーツも流行しておらず、むしろ剣と槍を持って街中を歩く人たちが多く目につく。


 アイシャは前世でやっていたムエタイと少林寺拳法をこの身体にもきっちりと覚えさせてある。そのうえで昼寝はともかく絶えず運動をしてきたこの身体がオールEという評価には、スキルカードの見方を教えてくれた時から不満がある。というよりはむしろ不安。


 前世のように鍛えていただけではこの世界では足りないのだと思うようになった。それゆえの蹴り。柔軟性は前世並みかそれ以上。ずっと意識して行って来たことはちゃんと身についているのだ。なのにステータスはいずれも最低E。


(実戦で通用するだけのものを身につける。スポーツだった記憶を塗り替える鍛錬……サヤちゃんたち、この世界のひとたちはもしかしてひっそりとやってる……?)


 ガサッと銀狐。前脚を払い、よろけたところに渾身の蹴り。


 仕留めた死骸を捧げればまた痛みが消え失せて続けられた。


 そんなことを繰り返し、日が暮れる頃にギルドカードを見れば、スキルツリーが枯れ木のようなのは相変わらずだが、ツリーの根元に“お昼寝術初級”の文字が浮かんでいて、考えるより早く指でタッチすれば、文字は赤い判子をついたように変わった。


 アイシャ

 力  E

 体力 E

 器用 E

 俊敏 E

 知力 E

 精神 E


 適性 お昼寝士

 職業 お昼寝士見習い

 技能 お昼寝術初級


 ステータスは見事にオールEだが、増えた項目にアイシャは思わずにやけてしまう。


 アイシャはこの日はこれで終わりにして家に帰り着いた。破れたズボンは転んだせいと言ったが、怪我の見当たらないこの状態で果たして信じてくれたのか──破けたズボンは膝の辺りで切られたハーフパンツに生まれ変わって手渡された。




 翌日からアイシャは悲しいかな聖堂に通う事になった。悲しいのはそれが実質学校のようなものだったからだ。この世界にはそんなものはないと信じていたのに……。


 そのことを知らなかったのはアイシャだけだった。兄弟のいないアイシャは身内でその話もなく、お昼寝ばかりの日々に学校に通う人がいることなど気づきもしなかった。ましてや先日の聖堂での説明会で出た話でもあるが、不参加のアイシャはなお知る機会を失っていたのだ。


「アイシャちゃん、おはよう」

「おはよう、サヤちゃん」


 ふたり、手を繋いで歩く通学路はアイシャとサヤではその景色の見え方は違ったことだろう。

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