第12話 悪い子は……
寝たふりしているところに石を投げつけられたアイシャは頭から血を垂らしてはいるものの、経験上こんなのはすぐに治るのだと、さして騒ぎ立てるつもりもない。パンまみれフンまみれにはなったものの、これ以上に関わるつもりもない、下級生いじめをする気なんてないし面倒なだけだから。人数当てゲームは正解だったからそれでいい。
けれどそれで収まらないのは悪ガキの方だった。
「アルス、もう戻ろうぜ」
「そうだよお昼休みもそろそろ終わっちまうぞ」
どうやら石を投げた子どもはアルスと言うらしい。今後も面倒を引き連れてくるかも知れないし、アイシャは一応覚えておこうかなとだけ思った。
「なんだよキント、コピル、ヂーチェ。あんなお昼寝野郎にビビってんのか?」
(残念“野郎”ではないんだよね今世では。なんだっけ……“スケ”っていうのかな? いや、普通に可愛い女の子でいいや)
元男の子のアイシャは意外なほど女の子である自覚を持っている。これは自分でも驚いたことではあるが、男だった事を過去にして女である事を受け入れている。
それはもしかしたら生まれ変わったことに由来しているのかも知れない。別に性転換手術をしたり、男の体で女の心を持つタイプの生でもない。いちど人生に区切りがついているのだから、新しい世界で新しい家庭で新しい肉体にそれが付いていないことに驚きはしたけど「まあ、女の子だし」で終わったのだ。
ただそれなのに男の子に恋愛感情を持つことは出来ていない。それは周りがまだ子どもばかりで、今世の自分も子どもだからだと無理矢理納得させてはいるけれど、正直サヤが可愛くて仕方ない。
きっと守る1番はサヤになるのだろうなんて考えている。
要らぬ事を考えているアイシャの脳内にさっきよりも強い警報が鳴り響く。
無視して寝ようとしていたアイシャだが、ばっと上体を起こし反射的に石を掴んだ。さっきよりもふたまわりは大きいだろうそれは、直撃すれば痛いでは済まないかも知れない。
「これも君?」
アイシャは少し低めにした声で問いかける。
「お前ナメてんだろ? 俺が歳下だからって」
相手にしないアイシャの態度はアルスの自尊心を相当に傷つけたらしい。寝ようとして見ていないし、回想して聞いていなかったが、鼻息荒くにらみつける子どもを見るに、無視は悪手だったようだ。
だが、ここに至っても変わらないのは“アイシャは被害者の側”だってことだ。それに、いきり立つ下級生に怯えることもない。
「こんなの当てられたらもっと血が出ちゃうよ」
アイシャはここでアルスが反省して“ごめんなさい”が聞ければそれでいいとまだ考えている。もうただただ面倒なだけだから。
「だったら! 俺がボコボコにしてやるよ! こんなところまで来て寝てばかりのヤツなんて消えればいいんだ!」
退くことを知らないらしい悪ガキはとうとう宣戦布告をしてきた。こうなるとぶつかる以外に退きはしないことをアイシャは前世から思い知っている。記憶と呼ぶにはもう鮮明に思い出すこともできない、どこか遠い世界の知識のようなものだが、そういう手合いをアイシャは適度にシメて、平穏を求め探していた。
アイシャはその重い腰を上げて立ち上がる。そうすると年齢差というのは非情で、いくら強気な悪ガキもちんちくりんな8歳の子どもでしかない。
「……悪い子はいねが」
「はっ! サボってばかりのお前が悪い子だろがっ!」
「…………」
アイシャ自身もそう思う可愛らしい顔で精一杯の睨みを効かせて口にした言葉だが、アルスの返しにアイシャは「それもそうかも知れない」などと今さら思って少し気まずくなった。
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