note.48 「今晩は俺達から、元気のお届けだぜッ!!!!」
いやしかし、とキングは言葉を止める。
公的な人物で浮かんだのは、バザールで川に沈め合った少女――マーキュリー王国の王女、フレディアである。
そのフレディアは自分たちが強制的に実家に帰してしまったのだった。
「行きがけに聞いたフレディ・マーキュリーは王女だったのか」
「フレディアな」
良くない想像上の王女の像が出来上がりそうになって、キングは急いでツッコむ。
「たぶんちゃんと家に帰ったと思うんだけど、王女に会うってどうしたらいいんだ? ていうか、本人が王女って言ってただけだから、本当に王女なのかも俺知らねえんだけどさ」
「リッチーやこの世界の住人がその名前を聞いて納得してるなら合ってるんだろう。王に謁見というなら方法はあるだろうが……王女となると、あまり思いつかないな」
さすがにイデオも頭をひねりながら腕組みをした。
イデオはノーアウィーンに転生してから、ほぼ二年間が
だが純粋に住人として生活してきたわけでもないので、そういった作法については詳しくはなかった。主に外側の存在であるキーロイの下で働いていた故に、おおまかな情勢くらいしか知識としては持ち合わせていない。
そこへ小さく音を立てて、カウンター越しに小鉢が出される。みずみずしく透明感のある野菜らしき食物がきれいに盛られていた。カットの仕方ゆえか、鉱物のような美しさがクリスタルのようだ。
「支配人、頼んでいないが?」
イデオが首を
「いいんですよォーわたしの奢りということで! 簡単な漬物ですが、このお酒と合うんです」
お言葉に甘えてキングとイデオが手を伸ばすと、支配人は満足そうに笑った。
「フレディア王女でしたら、今度の王都で生誕祭が開かれるようですよォー? きっと王女本人もお姿があるはずですから、行かれてみては?」
(王都か! つくづく縁のある、ってかフレディアの実家があるとこだもんな。研究所もあるし、ちょうど行くつもりだったんだ。都合がいい)
同じことを考えていたようだ。イデオもキングに
そこへ、閉店のはずの店のドアが開く。
もちろんクローズの札はかかっているのだが。
「あ、あのぅー……キング、いる?」
「いるぞー! リッチーか」
聞きなれた声が奥からしたことで安心したらしいリッチーがとてとてと小走りにやって来た。その後ろにはキングの相棒を携えたマックスも控えている。
「どうしたんだ? 宴会はもうお開きになったのか?」
「そうじゃなくて、ちょっと」
かくかくしかじか。
キングはぽりぽりと漬物を食べながら、町長とリッチーの話の
「それで、楽器持って来てくれたんか」
「う、うん。ごめん、勢いでこうなっちゃったけど……っていうか、何で二人はこんな店にいるの? イデオまで」
「らーめん食ってた」
「ら、めん?」
意味が解らない、といったふうにリッチーが
「ポナイマハッヨロだ」
「あー、あれね」
イデオが言いなおすことで通じた。
さすがの田舎者でもこの店がどういうコンセプトの店かは知っている。多感な年齢のリッチーはマックスが付いて来てくれなければ、店の扉すら触れなかっただろう。
「そんで、どこでやるんだ?」
「えっと、ヒカレさんがこっちに来るって、言ってた」
「ヒカレさんと町長だけ?」
「そうだね」
リッチーの考えでは、キングの演奏を見て、聞いて、感じてくれれば絶対に伝わるはずだった。キングの歌や音楽が、自分達を応援してくれる、力強くて優しいものだと世界中の人がわかってくれる日が、きっと来る。
しかし当のキングは盛大なため息を吐いて
そんな仕草をしながらもカウンターの椅子から下りてマックスから楽器を受け取り、その重みを確かめるように大きな手でケースを撫でている。
「それじゃあ、あんまり気乗りしねえな」
「えっ……?」
リッチーは何か気に障るようなことがあっただろうかと思いを巡らせようとしたが、次にはニタッとした笑みを浮かべるキングである。
「……今、何を考えてるの?」
気持ち悪い顔だなあ、とリッチーは眉間に
「だってよ、どうせわからせるなら大勢にいっぺんに聴かせた方がいいだろ? 町の人全員呼ぼう!」
「なるほどね……それはそうだ」
キングの思惑がわかれば、リッチーも同じような笑いが浮かぶ。今度はそれを見たマックスが「気持ち悪い……」とつぶやきをこぼした。
「あららァー? もしかして、宴会のご要望ですかァー?」
タイミングが良すぎる声掛けは支配人。仕事と金の匂いを嗅ぎつけたのだろう。
イデオはぐっと飲みほしたタンブラーをそんな支配人に押し付けて、おしぼりで手を拭いた。
「支配人、この部屋に町中の人を呼んで、俺達がちょっとしたステージをしたい。できそうか?」
「もちろんですゥ! フフフ、久しぶりにフロアに人が
支配人は大層嬉しそうに、ギラギラ光る
「ちなみに、ご予算はァー?」
仲のいい兄弟のように、同じ笑みを浮かべたキングとリッチーが声を揃えた。
「町長にツケといてください! 言い値で」
ドラムセットの向こう側で、イデオがペダルの感覚を確認している。たまに響くバスドラムの低い音が、心臓を胃袋から揺らす。
キングは首から相棒のギブソンを提げて、チューナーをパチンパチンといじる。たまに音を出して確認する。
ソファやテーブルのレイアウトまで変えてもらって急造したステージ。フロアは貸し切りだ。
現場の場所が場所だけに、男勢しか来ないかも、とイデオは言っていた。
今日限定でライブハウスになっているが、元を正せばこの店はキャバレークラブである。抵抗がある淑女は多いだろうし、こんなところに子供を連れてきたがる親もいないだろう。
町の住人を箱に入れる役目は、支配人とマックスが請け負ってくれた。
モルツワーバでは野外ライブ。
バザールのゲリラライブも外。
しかし、今回は音響設備こそ無いものの、天井の低さや奥に広がりのある大きな部屋。これはキングが思い浮かべていたライブの環境に今まででいちばん近かった。
(しかも今回は出穂さんとやるし、めっちゃ燃えてきた!!!! 絶対盛り上げる!!!! ……て、出穂さん?)
さっきまではタムの位置を調整して軽く
(え、ええぇ~~~~~~~~~~~~……????? まだ客入りきってない感じだけど……まあ、前座ということでいいか……)
イデオはドラムが叩きたくてルール外の転生を選んだほどの、キングにも負けない音楽馬鹿なのだ。これは
キングはコードの先にいるリッチーに目配せした。
リッチーはさっきから客入りが気になっているようだったので、「ここは出穂さんに任せておけばいいからリッチーは表見てきて」という意味だ。リッチーは承知した、と
(なんだかんだこうやってライブ出来る場を持ってきてくれるの、リッチーに感謝しかねえな。マックスも仲間になってくれて、イデオさんは心強すぎるし、……俺ホントにこっち来て良かったな)
どこでやろうと、いつでもアウェーなのは東京でも一緒だ。
それならば、より面白そうな道を生きたい。
(少なくとも、ここでは俺の歌が自由に歌える! 反応も、まあいい! 今日も気合入れてくぞ……!)
それは応援してくれて支えてくれるリッチー、マックスのためにも、だ。
(もう、俺独りじゃあねえ……これは俺一人の歌じゃあなくなったんだ!!)
リッチーが駆け足で帰って来るのを見る。会場入り口には宿での宴会をいろいろと世話していたフクメ達一家も、ようやく到着したのを見届けることが出来た。
イデオの心配が杞憂のようで、キングはほっとしているリッチーに八重歯を見せて笑いかけた。
(直接携わってくれてる人以外にも、この世界に来てから世話になった人にも恩返しがしてえ。そのために、今日は歌うんだ……!)
キングのアンプ、スピーカーに明かりが
ちょうどよくイデオのソロも流れが変わってきた頃だ。
リズムが変わる。
(これは……――わかったぜ、出穂さんッ!!!!!)
イデオもただ好き勝手にやっていたわけではない。つなぎで演奏していたわけではあるが、きちんとオープニングの役割を果たしていた。次の曲は、キングとイデオが初めて合わせた曲――――MY INTRODUCTION。
「アーリェクのみんなっ、待たせたなッ!!!! 今晩は俺達から、元気のお届けだぜッ!!!! 受け取ってくれよな!!!!」
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