note.17 「音楽で世界を変えるのに、仲間がいるって最高だなって思ったんだよ!」

 エール・ヴィースは一言も発さなかった。

 ただ、ベッコウあめ色の瞳孔は開き、あおまつげが満開の花のように大きく開かれていた。


「俺、演奏するのも聞くのも好きなんだよね。だからかな、本当にすげえ人の演奏見ると忘れないんだ。その人がどれだけきれいでシームレスな演奏フォームでも、クセはあるもんでさ……わかったよ、アンタが葛生出穂かつき いでおだって」

「俺に、クセがあるかどうかなんて……俺も知らなかった」


 リッチーは二人の顔を交互に見つめては「どういうこと?」と首を捻る。


「すげえ人の名前は覚えるようにしてるんだ。って、最初会った時にも言ったよな」

「ああ……」

「アンタもその一人だったんだよ、地球でな」

「それを、今言ってどうなる」

「別に、どうもしないさ」


 キングは正面に向き直り、ピックを握り直した。


「音楽で世界を変えるのに、仲間がいるって最高だなって思ったんだよ!」


 そこから見える景色は新しい地平――。

 もっとずっと向こうも、手つかずの未知が待っている。


 風も光も、水も木も、大地も空も、その音楽を知らない。


 だからこそ――――き鳴らす!

 喉を開けて、腹いっぱいの情熱をひりつかせることが、赤ん坊のような世界にキングがやるべき事なのだ。


 セミアコのカッティングが、文字通り大気を揺らした。



   アメノチ ハレ! アメノチ ハレ!

   アメノチ ハレ! アメノチ ハレ!


   I bleave ビジョンブレない

   数えきれないドットは舞うけど

   突き進むお前は いつかみつけるのさ ほら


   見ろよ 悲喜こもごも語る水たまりは 踏みつけてしまえ

   shut up!


   I trust 甘くない

   しずくを飲み干して 立ち上がれそこで

   突き進むお前は いつも牙を研いで ああ


   止まない雨は無いと 人はいうけれど 捨てるなよ

   right way!


   ここで形勢逆転! 逆境ははるか彼方に

   曇天よりも速く 突っ走れ go go go go!!!!

   迷わず進めよ! 夢中で景色見えなくても

   透かして見れば 照らされた世界は美しい

   I 'll live here! アメノチ ハレ!



 オープニングの連呼に続いてドラムが遅れて入る。


 突然の曲入りだったが、何も話さなくていいならそれはそれで心地いいのだ。

 振り下ろした打撃の強さが、少し前にある背中を叩いてくれるから。


(驚いた……もういない人間の名前を、こいつは覚えていてくれたのか)


 変わらない手の動き。

 変わらない腕の力の抜き方。

 叩く体が変わっても、応え続けてくれる楽器。


 絶対的に変貌してしまった環境に捕らわれて、もうダメだと諦めていたのに。

 もう求めることは出来ないと悟っていたのに。

 音楽を知らないこの世界では、兼業ドラマー――葛生出穂かつき いでおは生きられないのだと。


(俺が死んだことを萩原旭鳴はぎわら あさひなは知らなかったのかもしれない……そうだとしても、この世界でも俺の音楽は生きていた。否――息を吹き返したんだ! アイツの歌で!)


 間奏に入る頃には、ちらほらとモルットの姿が広場に見え始めていた。

 こうして眺めると実に様々な色、模様、毛並みの彼ら。見渡せるかぎりの草原を埋め尽くす。


 コールはやがて大合唱となり、そのうねりはCサビへと雪崩れ込んだ。


 この光景はリッチーの胸を打つものがあった。当たり前だ。これまで安全な道ばかりを選ばざるを得なく、節制と消極的選択ばかりの暮らしを強いられてきたのだ。

 そんな彼ら一族が今、目の前で一体となって大声を上げてはしゃいで、跳んで、ぶつかり合っても笑って、歓喜の時間を享受している。


(やっぱり音楽で合ってたんだね。お父さん、お母さん、見えるかな――みんなも僕も、元気だよ!)


 最後に再度、コール&レスポンスをアドリブで入れ、終わるのを惜しみながらキングがエール・ヴィースを見、エール・ヴィースがキングを見、タイミングで一曲目は終了した。


「ライブに集まってくれてありがとう! 今日は楽しんでいってくれよな! 俺はギターボーカル担当! リッチーの友達のキングだ! よろしくゥッ!」


 MCは当然のようにキングが回していた。

 一曲目のサビフレーズを弾いてみせる。


「俺のちょっと後ろにいるのが、ドラム担当ォーーーー葛生出穂かつき いでお!」


 突然衆目を浴びて、一瞬だけム、とした表情になったが、簡単に一通り音を出して見せそつなくパート紹介を済ませる。


「そして最後に紹介するメンバーが――――我らが主催者! リッチー!!!」


 ここでひと際大きな歓声が上がる。


「えっ!? 僕が主催者なの!?」

「だってリッチーがいなきゃここでライブは出来なかったし、みんなも来てくれなかっただろ」

「それはそうかもしれないけど……言い出しっぺは違うじゃんか!」

「まあまあ、いいから。みんなリッチーがしゃべるの待ってるぜ?」


 慌ててキングに抗議するも、もう遅い。


(うぅ……何をしゃべればいいんだろう……主催者の言葉なんてそんな大役……)


 リッチーが迷っていても恥ずかしがっいても、モルットの観客はリッチーの一声で危険な道のりをわざわざやって来たことには変わりない。

 その証拠にキングの言う通り、みんながリッチーに注目して次の行動を待っていた。


(……あ、親方来てくれてる! おかみさんもだ! そうだ、僕が呼んだんだから来てるに決まってるよね。それに、僕のこと見てる。心配そうだけど、でも笑ってる……! みんなも、笑ってる! これ、僕が笑顔にしてるってこと、なのかな)


 少しだけざわめいている客席に向かい、リッチーは一歩前へ出た。


「あの、今日はみんな集まってくれてありがとう! ……えーと、僕は……」


 声が小さくて聞こえないぞー、とヤジが飛ぶ。


「あ、あっごめんなさい! あの、僕はっモルツワイドのラックとラリーの一人息子、リッチーです!」


 温かい拍手が自然と沸き起こった。

 リッチーの胸ははち切れそうな鼓動と、苦しいくらいの絞めつけにどうにかなってしまいそうだった。目が熱くて溶けそうだ。


「きょ、今日ここに来てもらったのは……あの、村長や親方からもしかしたら聞いてるかもだけど、僕にっ初めてできた人間の友達! キングの歌を聞いてもらいたかったからです! 理由は、えーと……いろいろあるんだけど、みんなを元気づけたくて……でも僕一人じゃ何も出来なくて……いつも支えられてばかりで、ダメな僕なんだけど……でも、それでも大丈夫だって! キングが教えてくれて、元気が出たんです! 勇気が出たんです! だから、僕達モルットもきっと大丈夫、前に進んでいけるって伝えたくて――キングの力を、音楽の力を借りて、みんなを元気にしたかったんです! 今日は、みんなを元気にしますっ!!!!」


 歓声と拍手、飛び交う口笛。


 リッチーはこんな光景を初めて見た。

 モルットに生まれ落ちての方、陽気な大人を見たことが無かった。

 いつもどこかで悲しみと後悔を背負っていて、苦しみを甘んじて受け入れなければならない、いつかの夢想を語ってはならない。そんな雰囲気をまとっていた。

 リッチーよりも小さな子達もそれを知ってか知らでか、ちょっとふざけたりしても大人に相手にされないとわかると、何も無かったかのように大人しく下を向いた。


(今見える光景が、百年前は普通だったのかもしれない。これが、これからも当たり前で、願わくは永久とこしえに続きますように――――)


「まだまだ盛り上がるぞォー準備はいいかアァーーーーッ!!??」


 ノーアウィーン世界史上初の野外ライブは、まだまだ続く――――。

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