Forbidden underground
それは——二万人程の兵たちを、全員倒し切った直後のことでした。
戦いが終わって、一息ついていた隊長さんたち。その足元に、突然、黒い水溜りのようなものが現れて、隊長さんたちは皆、その溜まりの中に、沈んでいきました。
わたくしとヌクレオ様は、上空にいたので、何事もなかったのですが、カクタスくんが
「ヌクレオ、テメェも来い! チドが、ランカに報告しろ!」
とわたくしたちに言ったので、ヌクレオ様は、自ら、闇の中に飛び込んでいきました。
そして、唯一残されたわたくしが、こうして知らせに参った次第です。
「そういうことだったんだね」
私とマムくんは、慌てた表情でやってきた、風隊副隊長のチドちゃんの話を聴いていた。
話を聴き終えたマムくんは、ムスッとした顔をしていた。
「カクのやつ、なんのつもりだよ、まったく」
マムくんは、犬猿の仲にあるカクタスさんの言動が、気に食わないらしい。
「カクタスさんは、ちゃんとした理由があって、その行動を取ったんだと思うよ。たぶんそれは、魔族の仕業でしょ。
きっとそうだと思う。
「ていうか……二万人の大軍、全員倒したの?」
「はい。みなさん、お強いので」
すごい、それは強すぎる。
「クレ、大丈夫かな」
「大丈夫だと思うよ。クレくんは、透明化しているし、居場所は、把握できないと思うから」
ちょうどそのとき、宮殿の扉が開いた。そこには、誰もいない。
「え? 誰もいない!?」
チドちゃんは、戸惑った。まあ、無理もない。そこには、誰もいないのだから。
私は、透明を解除した。やはり、クレームくんであった。
「俺だよ」
「クレ! お前は、無事だったんだな」
「おうよ! って、“お前は”ってどういうこと?」
クレームくんにも、事を説明した。
「全員連れ去られた!?」
オウム返しに叫んだ。
「隊長、副隊長の主要メンバーがね。たぶん、魔族たちに」
そうかぁ……と、腰を下ろした。
「で、ランちゃん」
「ん?」
「モモちゃんは?」
聞かれてしまった。モモちゃんは、戦いの最中に、消えてしまったのだった。私が不甲斐ないばっかりに、あんな可愛い、私の友達モモちゃんが……。ごめん……モモちゃん。ごめんね、私のせいで……。
「ちょっと、クレ! 気に病むようなこと、言わないでよね!」
「ご、ごめん」
その言い方、マムくんも気づいていたけど、私の心情を察して、敢えて聞かないでくれていたみたいだ。それは、それで、心が痛い。
そこへ、またもや、扉が開いた。こんどは、全く知らない人物だった。
「ファ・ランカ殿及び、そのお仲間の皆様。外へいらしてください」
言われた通りに、宮殿の外に出た。
「ラン!」
モモちゃんがいた。人間の姿でいた。ランちゃんは、私を見ると、すぐさま走ってきた。私も、勝手に足が動いて、飛び込んできたモモちゃんを、ぎゅうっと抱きしめた。
「え……モモちゃん、どうして? 消えちゃったのに」
思わず感情が爆発してしまって、話すのもままならない。
「僕が持つ力は、平和の力。自らが脅威に感じるものを、消失させることができるのです。攻撃魔法や、命を有する生物など、対象はさまざまでず」
それは、ピースくんであった。
「その僕の力を使ったところ、敵に跳ね返されたようで」
あの闇族の二人のことだし、そういうトリッキーな技は、あり得なくない。
「しかし、その力にも制約を設けていて、力を向けた相手が生物だった場合、消えた者は、神界へと送られる。そこからは、僕の判断で、地界に返すか、そのまま、神界の住民になってもらうかを決める。もちろん、モモの場合は、即決で、地界に送ることにしたよ」
ありがとう、ピースさん。一先ずは、良かった。また、モモちゃんに会うことができて。
「よかったね、ランちゃん。モモちゃんが無事で」
「……マジか」
マムくん、クレームくんは、どこか動揺していた。
「母神ミルザ」
ミルザ様もいるの? 顔を上げると、ミルザ様だけじゃない。
神界の神々が、私たちの目の前に勢揃いしていた。ここは、地界である。
「どうして、みんな……」
「ブルーザが大きく動いたの。だから、私たちも大きく動かなきゃいけない」
「魔王ブルーザが?」
「あなたたちダストホークの者たちが、この国の力を壊滅させたことで、ブルーザに好機が訪れて、畳み掛けるように仕掛けてきた」
ブルーザの畳み掛けか。
「連れ去られた皆がいるのは、恐らく魔界」
「なんのためにブルーザは、こんなことを」
マムくんが尋ねる。
「ごめんなさい。それは、私にも分からないわ。……単なる私への嫌がらせかしら」
ミルザ様の一言に、私たちは衝撃が走った。
「嫌がらせ? それだけで、俺らの仲間は連れさられたんですか!」
マムくんは、大声で言った。
バクさんは言う。
「この国の王様に、あんたたちのレインホークを狙わせたのも、今回、あんたたちにちょっかいをかけて、大決戦を引き起こしたのも、全部、魔族によって、引き起こされたのよ」
またもや、衝撃が走った。
「あの、クレームくんのご両親のことも、町の火事のことも、二万人の兵士で奇襲をかけようとしたのも、全部が」
「あ、いや、それら事態は、国の王様とかが仕掛けたことなんだけど、これらの根本のタネを巻いたのは、魔族ってこと」
つまり、魔族が今回の事件の黒幕だったということか。
「……にしても、聞き捨てならねぇな。じゃあ、アンタらは、俺の親のことも、火事のことも、全部、起こると分かっていて、シラを切っていたんじゃねーのか?」
クレームくんの怒りは、さらにヒートアップする。
「そうね。確かに、どれも容易く予測出来たわ」
ミルザ様は、珍しく、冷淡な顔をしていた。
「だったら、事が起こる前に、なんとか防ぐことだってできただろ? 特に、母神は万能の力を持ってんだから、なんだって出来るはずだ。なのになんもしなかた。そのせいで、俺の大切な人たちが酷いめに遭ったんだ」
「クレ、見苦しいぞ」
ミルザ様を責め立てるクレームくんを、マムくんが咎める。私も、青の魔法で、彼の頭を冷やした。
「……」
クレームくんは、黙りこくった。心情はお察しするが、そんな真似をしたって、起こってしまったことは、どうにもならない。
「理由は、まさしくそれよ、クレーム。母神である私は、頭に描く、すべてのことを体現することができる。私がやろうと思えば、今回の一件も、全部なかったことにできるわ。でも、そうするつもりはない。私がパパッと片付けてしまうのは面白くないもの」
「そしたら、私たちの功績も、全部なかったことになるんですね」
「俺とランちゃんとの共闘もなくなるな」
「それもあるね」
私とマムくんで、会話を弾ませた。
「クレも、両親に会うことができなくなるね」
クレームくんにも、話を振った。
「……。そうだな、じゃあもう、何もしなくていい!」
まんまと立場を切り替えた。
「そもそも私は、極力、人の運命には触らないと決めてるの。例え、魔族が好き勝手に動いていたとしてもね。様子を見るだけで、初っ端から彼らに手出しをすることはない。余りにも大きな事件になったり、この子たちが行きたいと志願してきた場合には、許してるけどね」
「それでも、ミルザ様は、何もしないのですね」
マムくんが言う。
「ええ。私は、なんでもできるからこそ、何もしないし、したいとも思わないの」
「ミルザ様も怠惰ですね」
「うふふ。私も、あの子と大して変わらないの。姉弟ですもの」
魔王ブルーザも、大体そんな感じで、部下の悪魔たちに命令してるのかな。そうだとしたら、本当に対して変わらないな。むしろ、ミルザ様たちの方が、怠惰な気がする。
「怠惰だろうが、魔王だろうが、結局あの子は私の弟なの。同じお母様から生まれた姉弟なの。私は——あの子に会いたい」
ミルザ様とブルーザが、別々の世界に隔離されてから、どれだけ長い年月が経ったのだろう。
「あなたたちも、お仲間を助けたいという気持ちはあるかしら」
「もちろん!」「当たり前だ」
「私の力でなら、魔界に行くことができます」
「でも、禁じられているのですよね。入ったらもう、出られないのでは?」
それで、ミルザ様のお母様は、亡くなられたのだ。
「そんなもの、取るに足らない些末ごとよ。私のことは、気にしないで。あなたたちの希望は?」
ミルザ様は、覚悟を決められているのだな。では、私たちの方も、相応に覚悟を決めなきゃいけない。
「魔界に行きたいです。みんなに会って、助けたい」
「俺は、ランちゃんの決断についていくよ」
「俺もだぜ、我らがお姫様!」
「わたくしも行きますよ!」
私の意向に、マムくん、クレームくん、チドちゃんは、肩を持ってくれた。
「モモももちろん、ランと一緒だよ」
「決まりね。すぐに、魔界に移動するわ」
「ミルザ様! 私たちも一緒に!」
他の神たちも、ミルザ様と行動を共にするようだ。
「いいわ。全員まとめて、転移するわね」
「ウィ! ミルザ様!」
そこは、暗く無機質な世界だった。ずっといては、気がおかしくなりそうだ。
スクラップベッド。という名に相応しく、骸骨の山が、道を造っていた。
ミルザ様をはじめとする神々と、私たちダストホークの皆が歩くのに、十分の道幅だ。
「ブルーザも、連れ去られたお仲間たちも、みんな一番奥の部屋にいるわ」
ミルザ様が言う。
「行きましょう」
まっすぐ、その部屋へと向かった。まるで、アリの巣みたいだと思った。途中、いくつもの部屋があるのを見た。
そして、突き当たりの一番奥の部屋。
「おせーぞ、お前ら」
聞き馴染みのある声、馴染みのある姿。
「
「ブルーザ!」
なんということか、虎隆さんと魔王ブルーザが隣りに並んでいた。ブルーザは、魔王にふさわしい感じの玉座に浸かり、虎隆さんは、椅子のすぐそばに立っていた。
「「うおぉぉぉぉお!」」
熱き歓声が、急激に沸騰した。
「我らが姫が、来たぞ」「この喧嘩、俺たちの勝ちだ!」
私は、状況を呑み込むことが出来なかった。連れ去られた、各隊の隊長、副隊長、その他隊員も、みんな無事だった。
「ラン!」
イナちゃんが、飛び込んできて、私をぎゅうと抱きしめた。豊満な胸の中に、顔が沈む。
「みんな、無事でよかった」
「んで、悪魔たちは?」
マムくんとクレームくんが言う。
「全員、倒したぜ」
虎隆さんが答える。
「え、ウソ」
私は、思わず口を漏らしてしまった。
「ホントだぜ。アタイとイオは、夢野郎をやったぜ。いい勝負だった!」
夢魔メアーと? それじゃあ、他の皆も悪魔と対峙して、本当に、全部やったのか。
「すごい……強すぎ」
驚いて、声が張れない。
「そりゃあ、俺らは、ダストホークだかんな」
虎隆さんが言う。
「ランの方も、王倒したか?」
イナちゃんが尋ねた。
「うん、倒したよ。とっても強いドラゴンだったけど、マムくんやカスタードくん、モモちゃんの助けがあって、倒せたんだ」
「ランちゃんも大活躍だったよ」
マムくんが言った。
「ええ、そんな、私一人の力ではなくて……」
「一人でやんなきゃダメなんか? 別に、何人がかりだろーが、倒せたんならそれでいいじゃねーか」
「あと、あれは俺とランちゃんで、一人だったから、実質一人で倒したと言っても過言じゃねーよ?」
二人の合体技、アシュラか。あれは、最強だった。
「はあ? んだよそれ、バカみてぇ」
「……カクタスさん」
カクタスさんが、
「ムッカー!! んだと、コラ!! じゃあ、今、やってみるか!」
「今、敵いねーぞ」
「魔王がいんだろ! 魔王が!」
「ムーちん、ちょっと落ち着いて!」
クレームくんの静止も聞かず、マムくんは、ブルーザにズカズカと近づく。
「おい、魔王! 俺と勝負しやがれ!」
「ヤダ、メンドい」
「……」
場は鎮まった。即答で断られた。
「な、だから俺らの勝ちなんだ」
開口一番は、虎隆さんだ。最後の最後は、不戦勝ということか。
「だから、敵がいねーんだよ」
カクタスさんは、マムくんを嘲笑する。
「まったく、相変わらずの怠け者ね」
ミルザ様が、苦笑しながら、ブルーザに近づく。
「それは、あんたもどっこいどっこいだろ? ネー様」
ミルザ様を見ると、ブルーザもニヤついた。そんなブルーザをミルザ様は、そっと抱きしめた。
「やっと会えたね。ミルマダ。お互い怠惰だから……」
「その名は、とっくの大昔に廃れてんぜ、俺は長いことブルーザでやってんだ」
そう言うブルーザも、悪い気はしてなさそうだ。
感動的だな……。
「でも、これで、ミルザも他の神たちも、規則を破ったから、もうここを出ることは出来ないな」
ラブラくんが言う。
「うふふ、そうね。出られないわね」
「そうよ、スマイル。どうしましょう」
スマイルちゃんとラッキーちゃんは、なぜか呑気だ。
「大丈夫です。僕らにも考えがあるので」
「考え?」
「そうよ」
なんだろう。と思っていると、脳内に誰かの声が聞こえた。
『聞こえるか、ファ・ランカよ』
貴方は誰?
『私は、聖の神ホリーだ』
「……神様!?」
なんと、聖の神ホリーが、直々に私に語りかけてきた。緊張が増した。
『今日、ミルザやその他神共は、制約に背いた罰により、永久にスクラップベッドに閉じ込める。当然、神の称号も剥奪だ。そして、新たな母神を立てるとする』
じゃあ、もう、母神はミルザ様ではないんだな。神話が大きく動いた。
『ミルザから、罰を受け入れる代わりにと、こう言い渡された。「ファ・ランカを新たな母神にしてくれと」』
え。ちょっとまって。
「私が、母神?」
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