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「ランちゃんが、母神ってどういうことだ?」
私にも分からない。
「次の母神に、ランカを
ミルザ様が言う。
「そんな。私に、そんな大役なんて……」
重すぎる。私はこの世界に来て、まだまだ日が浅い。大して、皆の役にも立っていないでしょう。それなのに、皆の最頂点の母神という立場に私が……。
「いいえ、これを頼めるのは、貴女ぐらいしかいないわ。自分ではない、誰かを思って行動を起こすことの出来る貴女なら、皆の母にだってなれると思うの」
ミルザ様。
「たしかに。ランが大国を出たのって、青鬼のお話を聞いて、その子を助けたいっていう思いからだったよね」
モモちゃん。
「闇エルフとの戦いのときも、ランのとっさに下した行動が、皆を勝利にみちびいたんだよね」
「ああ、アレはランの大手柄だったな」
イナちゃんも。
「あれは、ただ、怖くて逃げただけだよ」
「そのあとの戦いでさ、やられた、ムーちんを助けてくれたし」
「ランちゃんがいてくれなきゃ、俺はあの時死んでたもんな。ランちゃんは、俺の命の恩人だ」
そもそもあの戦いは、私が引き起こしたような気が……。
「ユニコーンの森を訪れた時、すでにスマイルが問題を解決したあとも、さらに役に立てないかと模索してたわね」
神秘的な紫の森を、安らぎの緑の空間に変えた時だ。
「あれは、めっちゃ気持ち良かったな〜」
と、ラブラくん。
「一人、ツンツンしてたカクタスにも、気ぃ配ってたしな」
虎隆さん。その後、魔法はすぐに消えてしまいましたが。
「そして、貴女の真の目的であった、青鬼との対峙も達成し、誰も傷つけることなく、色の力で、その場を切り抜けた」
「それは、ランちゃんにしか、出来ない方法だった」
クレームくん。
「俺の両親が捕まったときも、よく動いてくれたしな」
「あの火事のこと、ランになら安心して、打ち明けられるって、思った」
「ああ、俺もそう思った」
「総大将代理の一件も、真っ先にランちゃんがいいと思ったんだ」
「いつだって真っ直ぐで、揺るがないラン殿だから、ここまで信頼を置くことが出来るのだな」
「わたくしも、ランさんのことは、大尊敬してます!」
ヌクレオさん、チドちゃん。
「ヒューマン大国のアーリン王との戦いでは、苦戦を強いられながらも、守りたいもののために、最後まで諦めずに、戦い抜いたわね。そのようなことは、誰にでもできることじゃない。ランカ、貴女は、偉大な子よ。新たな母神として、相応しいわ」
“偉大な子”そんな風に言われたのは初めてだ。さっきから、賞賛されまくって、むず痒い。
「……俺もお前のことは、信頼してるぜ。ピッタリなんじゃねーの、神によ」
満を持して、カクタスさん。相変わらず、ズキュンとくる一発を放つ。
「ランちゃん、たとえ、神様になったって、ランちゃんはランちゃんだから、いつもと変わらないランちゃんでいてくれればいいんだよ。母神は、なんでも出来ちゃうから、世界すらも自在に創り変えれちゃうし、ランちゃんが描く素敵な理想だって、実現させることが出来る。君にとって、最高のポジションだと思うよ」
と
なるほど。私の理想、妄想を、本当の現実にできてしまうんだ。それは、私にとって、都合が良すぎる能力だ。別に、神になることで、私の人格が変わってしまうわけではないだろう。たぶん。
「それともう一つ。母神になれば、異世界を訪れることができるの」
ミルザ様が言う。
「異世界に?」
「貴女が、転生前に暮らしていた世界にも、行けるのよ」
耳を疑った。死んで完全に別れを告げた、あの世界にまた行けてしまうの? 未だに心に残っていた、彼らの顔を、また見られる。
「滞在できる時間は、限られていて、短いんだけど、実際にその世界の住民になって、異世界人とも話せてしまうの」
顔を見られる上に、話すこともできるのか。しかし、死んだ人間と本気で会って普通に会話をするって、向こうはどんな気持ちだろうか。嬉しさや感動はあるものの、懐疑や恐怖の心が多くを占めていそうで、そう思うとなんだか行きにくいな。
でも、こんなスーパーパワーを手にできるチャンスなんて、これを逃してしまえば、二度とやってこないだろう。
「俺らも異議ないぜ〜」
みんなも、ここまで認めてくれていることだし、なってみよう。
「私、なりたいです。母神ランカに!」
そう言うと、部屋中が熱狂的な、大歓声に包まれた。こんなにも、心が満腹になったことなんて、あっただろうか。
聖の神ホリー様。私を母神にしてください。
『その願い、
ホリー様にも、承諾された。これで、正式に、母神ランカとなるのだ。
『さらに、現時点で、スクラップベッドに存在する、ライフライヤの者たちを、もといた場所へと、転移させよう』
ありがとうございます。ホリー様。
『ただし、お前は、ミルキースクエアに転移させる。いろいろと、覚えてもらうものがあるからな』
はい、かしこまりました。
すると、目の前が、やさしい黄色に包まれた。まるで、カスタードクリームの色のよう。それよりも、少し淡いくらいの。
気が付くと、懐かしのあの場所に来ていた。初めて、ミルザ様たちと、出会った場所だ。ミルキースクエア。ここから、全てが始まったんだ。で、今度は私は、ミルザ様側の立場になったと。こんなこと、どうしたら、予測がつくのだろう。
そういえば、ラブラくんが、現在進行中の神話の中心人物は、私だとか言っていた。彼は、立派な預言者になってしまったな。
というか、私、一人だけだ。せめて、モモちゃんだけは、一緒に連れてきてもらいたかった。
その後、ホリー様からの伝達が来た。主に、母神の務めや、使える力の大まかな説明。その中には、異世界に行くことができる力の、制約の話もあった。異世界に滞在できるのは、一日に最大五分まで。死んだ世界に行けるのだから、十分すぎるだろう。
ただし、母神に課せられるお仕事は、一つ目は、死者の魂を次の新たな身体へと転生させること。二つ目は、ライフレイヤに生きる生物を、見守ること。「神様は、いつだって私たちのことを見てくださっている」のあれである。
死者の魂は、一日にごまんと湧き出てくるし、ライフレイヤに生きる生物を見守るだなんて、ヒューマンを見るのですら、大人数いるのだ。莫大な仕事量すぎて、頭がパンクしそうだから、色とりどりの、個性豊かな完璧美男美女を六名ほど誕生させ、彼らにその責務を任せた。
そして、身軽になった私は、生み出したみんなと共に、親愛なるダストホークのみんなの様子を見た。
だいぶ夜が
そういえば、聖属性は、神様と繋がれるんだっけ。モモちゃんと繋がってみよう。
もしもし、モモちゃん。
すると、モモちゃんは、分かりやすく反応した。それに、マムくんも反応した。文字通りの高みの見物は、面白い。
『ラン! 本当に、母神になったんだね』
うん。素敵なみんなと一緒に、君を見てるよ。
というと、モモちゃんは、驚いた様子で、上を見上げた。可愛い。
『素敵なみんなって、新しい神様、作ったの!?」
そう。赤や青、黄に緑、ピンクに紫の色の美しい神様をね。
名前はそれぞれ、レッドくん、ブルーくん、イエローちゃん、グリーンくん、ピンクちゃん、パープルちゃんである。男女の割合も半々。キャラクターも、それぞれの色のイメージ通りである。
『ランらしいね。モモも会ってみたい』
夕食後にでも、会わせてあげようか?
『一緒に食べたらいいじゃない』
いいの? 六人もいるけど。
すると、モモちゃんは、マムくんに何やら尋ねている。
『いいってさ』
シェフの許可が下りたか。
何作ってるの?
『それはもういろいろだよ。今晩は、超豪華な食卓になるよ!』
豪華な食卓……どんなだろう。
彼らの調理の様子を、じっと眺めている。こういう、人の動きを見ているのは、飽きない。私は普段、あんまり見に行かないからなぁ。
やがて、完成させた料理を器に盛り付け、お盆に乗せて、食卓に運ばれる。
『ラン、出来たよ。他の神様方も連れてきてって』
モモちゃんからの通知がきた。まるで、糸電話の糸みたいである。
地界ライフレイヤに舞い降りる。六人の神たちともども、レインホークの、食堂付近に。
しかし、私は、みんなにどんな顔をして、接すればいいだろうか。神様らしく上品に? 普通のそのままでいいのかな。
「ラン様、参りましょうか」「いきましょ、いきましょ♪」
「大丈夫です、ランさまには、私がついております!」
みんなが、励ましてくれた。なんていい子たちなんだ……と感動を覚えた。
「ランちゃん!」
ラブラくんだ。その後ろには、カクタスさんもいた。
「すげぇ、いっぱい引き連れて。これ、みんなランちゃんが生み出した神たちだろ?」
目をキラキラと輝かせて、みんなに「ちっす」と挨拶をした。なんて、軽い挨拶だ。対して神々のみんなは、十人十色な挨拶を返した。
「うん、神様の仕事って、尋常じゃないほど大変だからさ。サポーターも、たくさん必要だなと思って」
「……サポーターとか言ってるけど、ホントは、ただ丸投げするためじゃねーの?」
鋭い。バレてしまった。
「そう、お仕事は全部、彼らに任せて、私は好きにしたいなって思うから
さ」
「なるほどな、そういうことでしたら、我らは全然構いませんよ」
とレッドくん。
「いつでも、ワタクシをお頼りくださいな」
とパープルちゃん。
「うん、うん。わたしはいつだって、ランカ様のお力になるよぉーっ!」
とイエローちゃん。
「クセ者揃いだな」
カクタスさんがそう呟いたのを、私は聞き逃さなかった。
キャラクターに富んでいたほうが、楽しいと思って。
それでも、いい子たちである。
「おーい! ラン、早く来いよー!」
食堂の方から、イナちゃんの呼ぶ声が聞こえた。
食卓には、モモちゃんの言ってた通り、豪華な料理が並べられていた。それに加えて、食堂も、見てるだけでワクワクする、あのシーズンの飾り付けがされていた。生やした針葉樹に、丸や星形の飾りが施されていたり、屋根から、飾りを吊るしたりなどだ。
「今日は、
「すごい。この世界にも、クリスマスってあったんだ」
ムードは、完全にクリスマスである。
「大国でもここでも、毎年、母神ミルザが降誕した日をお祝いして、夜にゃ、豪華な料理を食うんだ」
ラブラくんが説明した。
「でも、今日がそうなの? クリスマスって、冬にやるもんだと思ってたけど」
「そうか? この世界じゃクリスマスは、夏に毎年やってるけどな」」
夏にクリスマスって、意外すぎるんだが。
「んま、お前にとっちゃ、意外すぎるかもな」
「俺らが前いた世界じゃ、大体の国が毎年冬にやってたからな」
「そうなんスか。……冬にクリスマスって」
ラブラくんのその反応は、私には到底理解できない。
「でも、日本やアメリカじゃ、冬だけど。オーストラリアとか南半球じゃ、夏のクリスマスが当たり前なんだぜ」
へーって、そんなこと、今になってはどうでもいい。私は、その世界の住民じゃないから。
「でも、今日って、夏でもないのに……」
「お前、さっきから何言ってんだ」
今度はカクタスさんが口を開く。
「んなの、クリスマスの日付が今日になったからだろ?」
「?」
「よお、ランちゃん。君には、特別席を用意しているぜ」
クレームくんが案内してくれた。
そこはなんと、お誕生日席で、椅子も周りよりも少しだけ豪華。
私のすぐそばの席に、他の神様たちが座った。その周りを、皆で囲った。
「飲み物は、エッグノックとアップルサイダーがあるけど、どっちがいい?」
戸惑う私に構わず、クレームくんは尋ねた。エッグノックとアップルサイダーか。どちらも、聞いたことのある名前だ。クリスマスによく飲まれるんだっけ。私、サイダー得意じゃないからなー。
「エッグノックで」
「かしこまり! ランちゃん、エッグノックで!」
注文を承ると、厨房の方へ声を張った。
すると、厨房の方から、マムくんとモモちゃんが出てきた。
「お待ち、母神ランカ様」
シェフ直々に、料理を運んできてくれた。
私は、ムッとした。もう、訳がわからない。
「もー! マムくん、この一晩でどんだけ呼び方変わってんのよ!」
立ち上がって、マムくんに押し寄せた。
「え……ちょっと、ランちゃん」
「いつ私が、救世主になったの!」
「お、落ち着いて。とりあえず、ご飯食べな(……救世主ってなんだ)」
席についても、やり場のない苛立ちが、こもってこもって今にでも爆発する。
「まあまあ、ランカさま。ご安静になさってくださいな」
グリーンくんが、私の肩に手を置いた。たちまち、苛立ちは和らいだ。
「あぁ、ごめん。ありがとう」
落ち着きを取り戻し、配られた料理と対面した。
まさにクリスマスの豪華な品揃えだ。メインは肉料理。こんがりと良い色付きの、美味しそうなローストチキンである。
「旨そうな、ローストターキーだな」
レッドくんが言う。目をキラキラと輝かせていた。
「ターキー!?」
思わず叫んでしまった。
「そう、クリスマスといったら、やっぱコレだろ?」
ターキーは確か、七面鳥のことだっけ。私には馴染み薄いけれど、欧米のクリスマスには、ターキーの丸焼きってよく見かける。
これは、丸焼きではなく、食べやすいように切り分けてあるが、美味しそうなことに変わりはない。
付け合わせには、マッシュポテト。これも、クリスマスの定番だ。パセリがまぶしてあって、シンプルでお洒落。
四つ切りにしたミニトマトを三つ添えてあって、料理の彩りにも、こだわりを感じる。
「はい、ラン。エッグノックだよ」
モモちゃんが、エッグノックの方を運んできてくれた。
「ありがとう、モモちゃん」
プリンのような色味の飲み物。私が好きそうな感じである。
「さっ、ご賞味あれ!」
「「いただきます!!」」
いつもより、だいぶ遅いディナーが始まった。
たとえ冬ではなくとも、クリスマスのキラキラした雰囲気には、心が踊る。
みんな笑顔でいて、私もつい笑みが溢れてしまう、楽しい空間がそこに広がっていた。
香ばしく、ジューシーで、食べ応えのあるローストターキー。
ガーリックの刺激がピリッと効いた、クリーミーなマッシュポテト。
個性的な香りのスパイスがふわりと鼻を通り、優しい甘みが、口の中をまろやかにしていく。これがエッグノックというものか。
口だけではない。鼻でも、目でも、耳でも、肌でも、身体の全てで感じる。面白くて、楽しくて、幸せな、最高の味わいを、私は今、この身全身で味わっている。
これが、ずっと憧れていた、クリスマスである。それも、私のためのである。
また一つ、叶えてしまったな、私の憧れを。この上ない、最高な形で。
帰ってきた。全てを終わらせ、全てが始まった、あの地点へ。
まさかこの風景を、また再びこの目に映す時が来るなんて、思いもよらなかった。
白い灯台が見える、防波堤の先端に、一人立った。私の他には、誰もいない。日にちと時間帯的にも、そこを狙った。
ポカポカ暖かな、春の陽気。海は、あんまり変わっていない。私の格好は大きく変わったが。
女神になって、女神のちからを使うのだから、私自身も女神らしい、
目を閉じて、日の光と潮風に浸っていた。
「あの、すみません」
誰かに声をかけられて、ハッと目を開けた。
振り返ってみると、なつかしの顔が、そこにあった。
「……
これは、なんだか、マズい。かといって、消えるのも不審がられる。
……ここはひとまず、人ちがいを装おう。
「いいえ、ちがいますが」
手の動作を加えて、否定する。
「そうですか。すみません、見間ちがいだったようです」
と、彼はため息をついた。怪しむ様子は見られなかった。
「……その方とは……どういった関係で?」
「中学の同級生なんですが、先月の半ば頃に、この海の飛び込んで死にました。梅木
でも勉強の面では冴えなくても、絵のセンスは、ピカイチで、彼女の描いた絵はどれも上手くて、素敵なものばかり。彼女は、感性豊かなロマンチストで、とっても可愛らしい女の子でした……」
ぐっと、唇を噛み締めていた。
「……そんな子が、自ら自分の命を絶ってしまうほどに、追い詰められていたなんて、信じられねぇ」
大畠くんは、コンクリートの地面にしゃがみ込んだ。
私も一緒に寄り添ったりだとかしてあげるべきだろうが、何も出来なかった。平常心を保つのに、必死で。
「……梅木さんは、死ぬ直前、ノートにたくさんの絵を描いていて、彼女のお姉さんに見せてもらったんです。彼女らしい絵でした」
まさか、お姉ちゃんと関わりを持っていたとは、驚きだ。
「お姉さんも、彼女に対して冷たい態度を取っていたっていうけれど、『どれだけ出来損ないの落ちこぼれでも、結局あの子は、私の妹』だって、言ってた」
丸々聞き覚えのあるセリフだった。お姉ちゃんが、私のことをそんな風に思っていたなんて……。
「彼女を悪く言う奴らもたくさんいるけれど、大事に思っている人たちもたくさんいた。その人たちは皆、彼女の死を悲しんでた。俺も、ものすごくショックで、何をする気も起きなくて、学校もサボりっぱなし」
そうなんだな。
「私は……彼女は、こんなにも思ってくれる人がいて、とても喜んでると思います。きっと、どこかの、遠い遠い、遠いどこかで、元気に笑っていると思いますよ。ですからあなたも、元気を出して、笑っていてください。今いる大切な人たちと共に。私はそろそろ、失礼するね」
そう言って、私は踵を返して歩きだした。そして、数歩で止まった。
「大畠くん、ごめんね。ありがとう」
「えっ、……やっぱ」
私は、もう一度振り返って、大好きな彼の顔を見た。
「とっても、嬉しい」
最後にそう言って、私は、魔法の異世界へと帰った。
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