Negotiation
いよいよ、ヒューマン大国の王と面会する。
ちょっと怖いな。
良い方向に事が進むとよいけど、そうはならないだろう。
家の縁側に腰を下ろして、不安な気持ちを抱いて、いろいろと考え事をしていた。
そこへ、後ろから手が伸びてきて、そっと私を包んだ。
「大丈夫ですよ。私がついていますから」
優しく囁いた。耳から入って、身体がぞくっとした。心がとくとく動いた。
見ると、カスタードくん。人間の姿になっている。どんな姿かと、想像をふくらませて、ワクワクしていたが、若き美青年のプリンスであった。とろけるような容姿にボイスに、ムードに、熱に当てられたチョコレートの如く、とろけてしまいそうだ。
包まれたまま、しばらく時を過ごしていた。
いくつか時が流れた頃、突然、強い風が吹いた。思わず目を閉じてしまった。
目を開くと、塀の屋根の上。私の目先には、
「やあ、ランちゃん」
優しくにっこりと言うと、ぴょいと飛び降りた。
「そろそろ、行こっか」
「は、はい」
いざ、出陣だ。私は、ユニコーンの姿に変身したカスタードくんに乗って、飛び立った。
「しゅっぱーつ!」
唯一、モモちゃんとは一緒だ。それだけでちょっと、心強い。私とモモちゃんは、いつも一緒である。
賢者さんは、狼に乗って、地を駆けていた。
私は、途中で、白の魔法で透明になった。そして、高い空の上から、賢者さんを見守る。
第一の壁の門の前に止まった。門が開くと、中から兵士が数名出てきて、その代表的な感じの男と、賢者さんは言葉を交わしていた。兵士たちは、賢者さんを囲って、踵を返して、門の中に入っていった。自然広がる農村地を越えて、第二の壁の門を突破する。都市部に入った。そのまま、王宮のある第三の壁に向かう。
次の壁へと続く大通りは、厳重な警備体制で、道の脇には、兵士たちが、連なって立っていた。その後ろには、大勢の人たちが、集まっていた。こういう来客は、珍しいのだろうか。皆、興味津々だ。
第三の壁も突破し、いよいよ王のいる間に。私たちも、降下して、宮殿の中に入る。高貴なレッドカーペットの一番奥の玉座にどっぷりと浸かっているのが、大国の王か。名は確か、アーリンといったか。見るからに、庶民を見下していそうな態度だ。
賢者さんと王が対面する。私も、建物の高いところから、それを見る。
「貴様が、外れ者の国からの使いか」
王は、初対面ながらにでっかい口を叩いた。
「私は、レインホークより参った、賢者と申す。我らの大将、
「カナヤマコタカ? なんだその、変な名の者は!」
なんだあの、偉そうな男! 虎隆さんに対して、なんて口を利いているんだ。
私は、酷く腹が立った。
「我らの大将を侮辱するな。我らの要求は、一つ。我が町の者の両親を解放しろ」
賢者さんは、要求を差し出した。
「あの夫婦か。やはり、
「いや、違う。彼らは、離れた地に住む息子と文通をしていただけだ。ただ純粋に、会えない子どもに言葉を送りたい故」
王は全てを聞くと、口をへの字に曲げた。眉間にくっきりとシワをいくつも生んでいる。
「なら尚更だ。残念だな、この国にまだそんな甘ったれがいたとは……」
「答えを早急に言え」
「貴様! 誰に向かって、その口を利いてるんだ!」
王は、逆上して怒号を上げた。
「答えよ。捕らえた夫婦を解放するか、解放しないか」
「誰が貴様らの要求に従うか! 解放などせん! 明日にでも打ち首にする!」
打ち首ですって……。
なんて、非道で横暴な王だ。やること、考えることが、めちゃくちゃすぎる! 私の中では、猛烈な怒りが渦を巻いていた。
「では、全面戦争となるな」
「本気で言っとるのか? 貴様らのような貧相な小国が、我々の様な大国と全面戦争など、刹那の笑い話になるだけだ……!」
突然、王は、顔の色が急変すると、玉座から崩れ落ちて、ひざをつく。
「聞き捨てならねぇな。さっきから、ゴチャゴチャと」
王のすぐ側に現れたのは、全身を黒い布で覆い、黒い仮面をしている謎の人物。仮面には、白で三角形三つの怒った顔が描かれていた。
黒い人物は、背中を丸くし、這いつくばっている王の背中に乗った。
「いろいろと言いてぇことは山ほどあるが、二つ。
一つ、なぜレインホークを貧相な小国と言えんだ? 塀の塀の塀の中の箱の中に閉じこもってばかりいるお前が、どうして国の外側の森にある、町のことが分かるんだ? 魔法を使って覗いたか?
二つ、この世界での強さの鍵は、単なる肉体の強さでも、同調力でもない。今持っている力の、本来の力を見極めて、新しい可能性を発見する想像力。発見したものを実際に技に変えて使えるようにする、創意工夫力だ。
お前たちに、それはあるか? デッカい井戸の中に閉じ込めて、勝手に決めた、たった一つの模範回答を練り込んだだけのカエルの石像。そんなものを何万と持ったところで、好奇心のままに、あらゆるものを取り込んで、自分の力を高めていく猛者共に勝てるかな。
しかし、これだけの大口を叩いておいて、破滅の道に進んでしまったら、これこそ長年語り継がれる笑い話になるだろうな」
言いたいことを言い終えると、黒い人物は腰を上げて、姿を消した。
「私は、これにて失礼する」
賢者さんは、踵を返して、入り口へと歩いた。
来た道を戻り、町に帰る。
第三の壁を突破し、ヒューマン大国を出た。そこで透明も解除した。
「ねえ、ランちゃん」
賢者さんが話しかけた。
「なんですか?」
「さっきの黒い人物……」
「あー、あれ、誰だったんでしょうね。急に来て、良い事言って、すぐに帰っていきましたけど……」
そう言う私を見て、賢者さんは、肩を
その時、町がある方向から、鷹が一羽飛んできた。ヌクレオさんでも、チドちゃんでもないが、風隊のメンバーだ。
「賢者さん! お戻りになられましたか!」
鷹は、なんだか大いに焦っていた。
「どうかしたの?」
賢者さんが尋ねる。
「虎隆さんが……」
町に大急ぎで駆けつけた。町のあちこちに黒煙と火柱が立っていた。
「これは、どういうこと?」
「わかりません。気づいたら、町中が火の海に!」
熱い。ここまで高熱が伝わってきている。
「カスタードくん!」
私は、カスタードくんに乗って、空高く飛んだ。これは、凄まじい渦中になっている。さっきの鷹さん曰く、虎隆さんが特にヤバイとか。大丈夫かな……。
「……!?」
豪快な、破壊音がとどろいた。また新たな事件が発生したかと、音がした方向へと向かう。
そこには、カクタスさんと、離れたところには、ラブラくんの姿があった。見ると、火事が起きている家を必死に壊しているところだ。なるほど、火消しか。江戸時代の消化方法だ。事件ではないということを確認すると、すぐに引き返した。
なんだか、急に、曇ってきた。今にも大雨が降りそうな、ダークグレーの雲。
と思うと、ザーっと、大雨が降った。私は、すぐにずぶ濡れになった。
でもこれで、火力はぐんと下がって、いずれ消えることだろう。
一番大きな被害を受けたのは、虎隆さんの家だった。真っ黒焦げのボロボロ。
付近に降りると、賢者さんやマムくん、クレームくん、町のみんなが、たくさん集まっていた。今の天気のような、どんよりとした雰囲気が流れていた。みんな、悲しんでいた。涙を流す人も多くいた。
「みんな、どうしたのかな」
モモちゃんも不安そうに言う。いい予感はしないに決まっている。なにせ、虎隆さんの姿がなかった。
「虎隆さんに、何かあったんだ。ちょっと、見てくる」
再び、カスタードくんに乗る。
「おい、ラン、お前どこに行く気だ?」
火隊隊長のイナちゃんだ。副隊長のイオくんもいる。二人の間には、黒髪の、短めの髪を二つおさげに結んだ、小学校低学年ぐらいの女の子、ポピーちゃんもいた。
「ボスなら、さっきアタイんトコの火属性に探させた。火属性は、火のダメージを受けねーからな」
「……それで」
「いなかった」
「……?」
「どういうこと?」
「屋敷にボスは、いなかった。でも、火事が起きる直前まで、屋敷の中にいたんだ」
不審な匂いがぷんぷんと匂ってくる。すると、イナちゃんは、立ち上がった。
「ラン、話したいことがあるから、ちょっと来い。イオ、そいつも連れてな」
「ウッス」
イオくんは、ポピーちゃんを抱えた。
私は、カスタードくんから降りて、彼を影に入れた。そして、イナちゃんたちを追いかける。
それは、昨日の夜のことだった。
昼間に仲良くなった、森の動物たちのビーストヒューマンが、人を数人抱えて、町にやってきた。
ヒューマン大国から、捨てられた人たちだった。
返事の手紙にあった“準備”とは、これのことか。懲りないやつらだ。
捨てられた人は、だいぶ年を重ねたおじさんや、ご老人の方々がほとんどだが、中には一人、年端のゆかない女の子がいた。それが、ポピーちゃんだ。幼子にして、捨てられてしまったなんて、不憫極まりない。
しかし、黒髪とは珍しい。マムくんたちのように、髪色は自在に変えられるようだが、属性が何かは、判断できない。
捨てられたことによるショックなのか、それ以前から、辛い日々を過ごしてきたのか、ポピーちゃんは、口数が少なく、自分で動くことも少ない。虎隆さんは、ポピーちゃんを自分の懐に置いた。世話役も、夜に添い寝したのも、虎隆さんで、私と賢者さんが出かけるときも、二人は一緒にいた。それは、まるで、親子のようだった。
「……まさか」
「こいつは、火属性だ。……そんで、この大火事を引き起こしたのも、……こいつだ」
イナちゃんは、とても言いづらそうに言った。
そんな……。
この子が、大火事の犯人? こんな……幼い子が。
言葉が上手く出てこない。
「……どうして?」
代わりに、モモちゃんが尋ねてくれた。
「たぶん、仕組まれてんだ。こいつは、プレゼントされた、爆弾なんだよ」
爆弾……。
まるで、閃光弾でも投げられたかのように、私の頭は、真っ白に弾けた。
仕組まれたって、大国の大人たちの仕業か。レインホークを、虎隆さんを、潰すためか。それでポピーちゃんに何か仕組んで、送り込んだ。この子に、町を燃やさせた。
「ああ゛っ! クソッ! なんなんだよ、む゛っかつく゛!!」
イナちゃんは、声を荒げた。どうしようもない怒りを、なんとか発散させていた。
「わかるぜ、姉ちゃん。俺も胸糞悪ぃ」
イオくんも言う。
私も今、同じ気持ちだ。どこまで、極悪非道の国なんだ。そんな国にも、心の優しい人は生まれるんだな。
とりあえず私は、彼女の心にのしかかる、大きな闇を取っ払う。
(黄色——光——お
黄色い光で彼女の心の中を照らし、悪いものを取っ払う。これで彼女の心は、スースースッキリといい気分になるはずだ。
ぽっと、ポピーちゃんの瞳に光が灯った。それからすぐに、わーっと泣き出した。イオくんの胸にしがみつきながら。イオくんは、戸惑っていた。
「このことは、みんなにも?」
「……言いずれぇよ。好きに言いふらしちまえば、こいつが恨まれるのは、絶対だろ? それは、嫌なんだ」
そうか。そうだよね……。
「言うのは、ボスはまだ死んじゃあいねぇのと、誰かしらに拐われたってこと」
「拐われた……」
「魔族の仕業ね」
魔族も動きだしてる? 今回の一件を利用して、何かを企んでいるのか。
ひとまずは、虎隆さんはまだ死んではいないこと、そこには、魔族が絡んでいるということを説明した。
ダストホークの幹部を集結させて、緊急会議を開いた。虎隆さんの代理は、賢者さんが務める。
「あれ? 闇隊の二人は?」
ローカーさんと、ジョーピエさんがいない。
「ついに、妙な動きをしだしたわね。気をつけた方がいいわ」
また不安材料が増えたな。無事に事が済むといいのだけれど。
「じゃあ、まずなんだけど、虎隆の代わりとなる、総大将を立てたい。僕では、虎隆のように行く自身がない」
賢者さんが代理を務めるんじゃないの? 誰が代わりの務めるのだろう。
「誰にするんスか」
カクタスさんが尋ねる。
「候補は、とっくに決めてあるよ」
と賢者さんは、私を見た。
え……。
「ランちゃん、君にお願いしたい」
……え! 私!?
ひどく焦った。
「え、む、ムリですよ! ……私が総大将なんて!」
こういう、みんなの前に立って指揮を取るなんてことは、縁のない人間だったし。あの、カリスマ性の塊である虎隆さんの代理だなんて……。
当然、皆の視線が私に注がれる。この視線は、得意じゃないんだ……。
「いいや、俺もランちゃんが一番の適任だと思うよ。誰よりも、優しくて、勇敢な、姫君のランちゃんなら、みんな心強い!」
マムくんが言う。……優しくて、勇敢な、姫君!
「ああ、そうさ。みんなの姫君!」
クレームくんも続けて言った。
「んなら、俺らは、姫を守るナイトだかんな〜!」
「我らが全力で援護致します」
「わたくしも、頑張りますよ!」
ラブラくんに、ヌクレオさん、チドちゃん。
「アタイも、ランが代理でいいと思んぜ?」
「まー、そんでいいんじゃね」
イナちゃんとイオくんも。
「こんなにも、みんなからの信頼を集める者なんて、そうはいないよ。僕も君を心から信頼してる。だから、お願い。虎隆の代わりに、ランちゃんがみんなの指揮をとって」
心がジーンと熱い。ここまでみんな、私のことを……。
私は、優しくて、勇敢な、色魔法のプリンセス。
「わかった」
心を決めて、立ち上がった。
「私、
キッパリと言い張った。
みんなは、大いに盛り上がった。
そして、今後の方針や作戦を考案した。
一旦、解散し、休息時間とした。森の動物たちに、町の警備を頼んだ。
ふう、と、一息ついた。
「ランカ」
カクタスさんだ。ツンとクールな斜め顔が、素敵だと思った。
「頼んだぜ、大将」
クールな表情がくずれ、柔らかな表情になった。
そのギャップが刺さる。
「ギャー、カクタスさん! マジ、イケメンっすー!!」
「この、ツンデレ野郎ー!」
離れたところから、それを見ていた、ラブラくんは黄色い声援を飛ばし、マムくんは野次を飛ばした。
カクタスさんは、二人それぞれに、げんこつの石を落とした。ラブラくんには、落さなくてもいいと思う。
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