3章:最終決戦編

Letter

 ある日、クレームくんは、何やら机に向かって、作業をしていた。

「何してるの?」

 と、私は、マムくんに尋ねた。

「ヒューマン大国にいる、家族へ手紙を書いてるんだよ。クレの家族は、皆元気だから、月一の頻度で書いて送ってるんだ」

「どうやって、送ってるの?」

 この町、レインホークとあの大国が、郵便繋がっているとは考えづらい。

「郵便係の鳥がいて、その鳥にいっつも頼んでるんだよ」

「鳥と話せるの? なんだか、素敵だなぁ」

「ビーストヒューマンになれる、動物や鳥には、通常の姿でも話せるんだよ。ヌクレオさんやチドちゃんみたいにさ」

 ああ、たしかに、風隊の鷹さんたちとは、鷹の姿のままでも、話せている。そういう感じか。

「おっしゃ、書けたー」

 筆を置いて、ぐーんと背伸びをする、クレームくん。そして、立ち上がると、「さっそく出してくるわ!」

 と言って、足軽に家を出た。

「俺らもついてくか」

 私とマムくんも、後を追った。


 なんでかは知らないが、建物の陰に隠れて、こっそりとクレームくんを観察した。鳩のような、白い鳥に手紙を渡していた。

「よろしくな!」

「了解っす!」

 鳥は、手紙を咥えて、大国のある方向に飛んでいった。


 後日、手紙を届けに行った鳥が、別の手紙を咥えて、訪ねてきた。

 こうやって、文通をしてるんだな。

「あれ? いつもの字とはちがう……」

 クレームくんは、受け取った手紙を見て、怪しんだ。

 家に戻って、中身を読んでいると、その表情は不安定なものだった。

「何が書いてあるの?」

 と、私とマムくんは、肩越しに覗いて、便箋につづってある文字を読んだ。

 これは、有事の匂いが鼻にくる。ガツンとした、強い匂いが。


『 メイズ(クレームが街に住んでいた時の名前)へ。

 私は、カシアです。マグノ姉さんとダンテさんが、国に捕まってしまいました。

 あなたとの文通が知られ、はみ出し者のスパイと疑われ、

 疑り深く、用心深い王様なら、捨てるなんてこともせずに、殺しに行くでしょう。

 何も悪くない、姉さん夫婦が、捕らえられて、殺されなければならないのは、心が苦しくなるばかりです。

 どうか、姉さんとダンテさんを助けてください。 

                    カシア・バルガー 』


 SOSの文面だ。カシアさんは、クレームくんの母の妹だという。


 私たちは、すぐに、虎隆こたかさん宅を訪れた。

 呼び鈴を鳴らすと、出てきたのは、エルフの賢者ケンジャさんだ。

「あー、みんな、どうしたの?」

 賢者さんは、穏やかに言った。

「緊急の用事がありまして、虎隆さんはいますか?」

 マムくんが、先頭に立って、申した。

「うん、いるよ」

 と、通してくれた。


 虎隆さんと、賢者さんは、のんびりとお茶を飲んでいたところだったらしい。

 手紙を渡して、二人にも読んでもらった。真剣の眼差しで、その文面に目を通していた。

「ずいぶん大胆な暴挙に出たなぁ」

「神の化身だとかなんとか言ってたわりには、ずいぶんとみっともねぇ真似しやがるんだな」

 どちらも憤っていた。

「よし、救出に行くか。通じる相手かは知らねぇが、まずは、話し合いだな」

 虎隆さんは、あっさりと言った。

「ありがとうございます」

 クレームくんは、深々と頭を下げた。マムくんと私も、一緒に頭を下げた。


 虎隆さんは、大国の王へ手紙をしたため、郵便の鳥に届けさせた。


 すぐに返事が返ってきた。王との面会を許可するとの内容だ。ただし、すための準備がしたいため、翌日にして欲しいとのこと。

 何を企んでいるかは、不透明だが、要求通りに明日に面会することになった。

 ダストホークの他のメンバーも皆呼んで、今回の一件を話した。そして、今後の意向もだ。

「明日、王と話をして、すんなりと返してくれるようなら、何もしないままだが、返してくれなかったり、そもそも話が通じない野郎だったりしたら、全面戦争といく」

 皆、固唾かたずを呑むような面持ちで、言葉を聞いていた。

 全面戦争。平和に事が終わるといいが、それは難しそうだ。

「ボスは、どっちになると思うか?」

 イナちゃんが質問した。

「戦争だな。話し合って、通じるような、まともな相手なら、そもそもめちゃくちゃに捕まえたりしねぇだろ」

 ごもっともですね。こうなることを分かってた上での、暴挙ならば、最初っから戦争を引き起こすのが目的みたいだ。レインホークをぶっ潰すためだろう。

 そのためなら、手段は問わない。もっと平和に解決する手立てもあるだろうに、それを自ら蹴って、人を不幸にする道を全身全霊で歩んでいく。これでいて、聖の神ホリーの化身だと言い張るのなら、滑稽こっけいな笑い話だ。

 モモちゃんの方が、よっぽど尊い。

「そのつもりで、戦う準備をしていてくれ。明日の面会には、賢者とランで行ってもらう」

「私が?」

 しかも、私と賢者さんの二人だけ。これは少し、心細い。

「ランは、透明化になって、賢者の護衛を頼む」

 虎隆さんは、気後れする私に構うことなく、話を先に進めた。

「クレームくんは行かないんですか?」

「そうですよ。俺の親が捕まってんのに!」

 クレームくんも、声を立てて不服を言った。

「だから、お前が行ったら、感情的になって、揉め事起こすだろ。今はまだ、揉めていいときじゃねぇ。いざ奪還するってなったときには、お前が行け。ただ、今じゃねぇんだ。賢者には、実質一人で行ってもらうが、もし何かトラブルでも起こったら、ランの色の魔法で、誰も傷付けずになんとかしてくれ」

 そういう事か、流石はみんなの王だ。

「分かりました!」

「僕も了解だよ」

 これで一先ずは、今後の方針が決まった。


 虎隆さんのお宅を後にすると、ピカン! と頭の上に電球が現れた。

「ねぇ、モモちゃん。今すっごく、素敵なこと思いついちゃった!」

「え! なになに!」

 モモちゃんも興味津々だ。

「ランちゃんが、そうやって、ウキウキしてるときって、大体、メルヘンな何かだよね」

「へへ、まあ、そういう系だね」

 有翼ユニコーン、カスタードくんを召喚すると、すぐさま、森へとひとっ飛びだ。

「二人も来たかったら、来ていいよ!」

「もちろん、ハナから、そのつもりさ」

 マムくんとクレームくんも、それぞれが保有する有翼ユニコーンのプディングちゃんとブリュレちゃんに乗って、ついていった。

 適当なところで、地上に降りる。

「何するんだ?」

 クレームくんが尋ねた。

「動物を呼ぶの!」

「修行でもするの?」

「いいえ、戦うんじゃなくて、お友達になるの!」

「……お友達?」

「メルヘンプリンセスの第一歩は、森の動物たちとお話して、お友達になることよ! そうすれば、今後も頼もしい味方になってくれると思うの」

 マムくん、クレームくんは、呆気に取られていた。

 しかし、どうやったらお友達にできるんだろうか。社交的な感じにさせるような、明るい色を使えば、イケるかも。それなら、あの色を使おう。

 決まりだ。さっそく、動物たちを呼んでみよう。

「黄色——蜂蜜——【あまみつかおり】」

 すると、辺り一面に、馥郁ふくいくとした、甘い蜜の香りが広がった。

「わあ、いい匂い♪」

「これで、動物をおびき寄せるんだね♪」

 クレームくんも、マムくんも、モモちゃんも、私も、甘い香りに気分が高揚した。

 さらに私は、もう一つの手を加えた。

「白、青、ピンク——【誘惑ゆうわくのお花畑はなばたけ】!」

 三人の足元を除いた、他の辺り一面に、白と青とピンク色の、彩り豊かな花畑が出現した。

「えー、ちょっと、ランちゃん!」

「やりすぎじゃない?」

 少し、暴走気味のランに、二人はとがめた。

「これでバッチリね!」

 なんとも素敵な光景に、私の目はキラキラしていた。

 さっそく、茂みがザワザワしてきた。森の動物たちが、顔を出す。

「来た!」

 昂る気持ちを、ちょっと抑えて、今度は、自分やみんなに、魔法をかけた。

(オレンジ——社交性——【ビタミンパワー】)

 自分たちから、人気者のオーラを漂わせる。

 そして、顔を出した動物たちに、笑顔で大きく手を振った。

 動物たちは、ぞろぞろと茂みや木の影から出てきた。

「みんな、出てきた!」

「すげぇ!」

「さすが、ランちゃん!」

 私だけでなく、オレンジの魔法をかけたみんなにも、寄ってきた。

「俺にも!?」

「みんなにも、魔法かけたからね」

 鹿や熊、モモちゃんのお仲間のうさぎやリス、キツネもいた。上空には、幸せを呼びそうな、青い鳥も舞っていた。この世界の動物は、特殊というか、私が前いた世界では、馴染みのない見た目なのが、ほとんどだ。

 毛の色も、たぶん、属性によるものなのだろうけれど、赤や青、緑にシルバーカラーと色とりどり。赤といっても、ストレートな赤だけでなく、ピンクに近い、淡い赤や、赤ワインのような深い色味のものもいた。青だと、快晴の青のような色味もあれば、シケたような薄い色もあれば、緑がかったシアンカラーもある。これでは、緑と区別が着かなそうだ。

 色だけではなく、ユニコーン の如く長いツノが額から生えていたり、サーベルタイガーのように長い牙が生えていたり、爪がかぎ爪のように長かったりする。

 千差万別。個体ごとに、身体の特徴が全くちがう。恐ろしいとも思うけれど、楽しいとも思った。

「ねぇ、みんな。私たちと友達になってくれない?」

 私は、動物たちに言った。

「いいよー」

「みんな、悪い人間とは思わないもんね」

「ボクも友達!」「あたしも友達ー」「わたしも!」「オイラも」

「友達!」「友達!」

 みんなは、喜びの大合唱だ。

 モモちゃんが、肩から降りた。すると、同じウサギやリス、ネズミたちが寄ってきた。

「じゃあ、ちょいと、私たちに乗って」「いっしょに走ろ!」

 鹿たちが言った。

 私、マムくん、クレームくんは、そのうちの三頭に乗った。すると、鹿は、駆けだした。

 ビュンビュンと風を切っていく。だが、スリリングの度合いは、ユニコーンよりもずっと上だ。他の動物たちも、一緒に走った。鳥は飛んでいたり、中には、大柄の動物に乗っかって楽をする小動物もいた。

「てか、これ、どこまで行くの?」

「そろそろ、戻ろう」

「りょうかーい!」

 鹿は、ある木を軸にUターンをした。他の動物たちも、踵を返して、また走った。

 スリルに慣れてくると、とっても楽しいものになった。

 しばらく走ったところで、切りをつけた。


「そういえば、動物たちは、みんな人になれるんだよね」

 私は、周りに集結する動物たちに尋ねた。

「うんなれるよ」「なれる!」「おれもなれるぜ!」

「ちょっと、なってみて」

「あいよっ」「いいぜ!」「なってみるよー!」

 みんなは、次々と人間へと進化していく。

 が……。

 みんな素っ裸だ。

「わっ、みんな、裸!」

 大柄な動物は、大柄に。小柄な小動物は、小人さんである。

「まあ、野生動物だしね」

「これが、本来の生物の姿さ」

 マムくんとクレームくんが言う。

「それ、ちょっとヤラシくない?」

 でも、たしかに、野生の動物たちは、服着てないか。

 すぐさま、私は、みんなに、服を着せた。赤、青、黄色、緑にピンクに、白の、単純な一色のTシャツと短パン。女の子には、スカートを履かせたりもした。靴も単一色。細かい服の構造とかは、全無視した、何もない、のっぺら坊だ。ズボンにポケットもない。臨時で用意した服なので、一先ずこれで我慢してほしい。

「おー」「イイカンジ」「暖かくなったな」「すごいね!」

 しかし、動物たちの反応は、悪くなかった。服着るの自体が初めてだからかな。

「すげーな、ランちゃん。なんでも出来んじゃん!」

 クレームくんも称賛してくれた。

 ただ、ここまでいろんな色を操って、たくさん形を作ってきたから、私の体力は、大幅に消耗した。

「お疲れ、ランちゃん」

 マムくんは労って、回復魔法を当ててくれた。

「ありがとう、マムくん」

「こんくらい、お安い御用だよ」

 この一言に、胸がグッと衝撃がきた。

「ランちゃん、ありがとう」

 と、動物たちに口々に言われた。不協和音で、バラバラだけど、とっても嬉しい。

「ねえ、みんな!」

 私は、みんなに呼びかける。

「これから、私には、みんなの力を借りたいと思うことがたくさん出てくる。そのときには、みんな、私に力を貸してもらえる?」

 今後のヒューマン大国との争いに、彼らの力を味方に出来たならば、かなり心強くなるに違いない。

「もちろんだよ!」「共に森を走った仲間だもの」「ぼくらは、友達だもんね」「わたしにまかせて!」

 みんなは、また、口々に言った。

「じゃあさ」

 と、一羽の青い鳥が、飛んできた。私は、手を差し出すと、鳥はそこに止まった。

「もし、森のみんなの助けが必要なときは、ぼくが呼んであげるよ。ぼくも、ランちゃんの助けになりたい!」

「分かった、ありがとうね」

「だから、ぼくに名前をつけて」

 名前!

「忠誠誓ったな」

「うん」

「いいよ! ……」

 青い鳥だからなー。青いもの、青いもの。海とか、空とか、そういう系のだ。

「! 君の名前は、コバルだ。コバルくん」

「コバル……素敵な名前をありがとう!」

「これからよろしくね」

 こうして、青い鳥のコバルくんが忠誠をしたことによって、森の動物たちとも、友達に、力を貸してくれる関係になることができた。


「みんな、本当にありがとう!」

 私たち三人と、モモちゃんは、ユニコーンにのって、レインホークに帰った。

「よーし、これで奪還作戦とかも、上手く行きそうだよ!」

「さっそく、明日に借りるの?」

「そのつもりだよ」

「ありがとな、ランちゃん」

 太陽は、西へと落ちていくところだった。

「そういえばさ、カスタードくんたちも、人間になれるの?」

「もちろん、動物ですから」

「やっぱり、裸?」

「はい」

「じゃあ、すぐに服用意しないとね」

 カスタードくんが、人間になった姿って、どんなのだろう。……白馬に乗った王子様みたいな、キラキラ美少年だったりするのかな。いや、神秘の森に生きてたくらいだから、オジサンだったりして。それって、私は、どうなのかな……。だいぶ年上なオジサンだったとしても、カッコよかったら、惚れるのかな。

 妄想がもんもんと膨らんでいく。

「……ランちゃん」「おーい」

 いろいろと楽しみですな……。


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