Blue demon
私たち一行は、そろそろ帰ることにした。
「ランさん、私の他にも、何体か連れて行きますか?」
私のお供になったユニコーン、カスタードくんが言う。
「いいの」
「はい! 私が認めたお方ですから。他の皆も認めてくれます」
「それじゃあ、あと二体欲しいかな」
お言葉に甘えて、要求を申した。
「かしこまりました。では、二体、誰かいないか?」
「では、私が行きましょう」
「わたくしも行くわ」
高貴な感じと、
「ランさん、お聞きしてもよろしいですか?」
高貴な方が口を開いた。
「はい?」
「私たちを要求した目的は何です?」
「えっと、私の住む町で一緒に暮らしている友達二人に、プレゼントしたいなって思ったからだよ」
「その者たちは、どんな人たちなのです?」
「二人とも男の子なんだけど、どっちも優しくて、いい人たちだよ」
「男子ですか」
「そうだよ」
なんだか雲行きが怪しくなっていっているような気がする。
「では、条件を呑んでもらいます」
「条件?」
「はい。私たちが貴女についていく代わりに、その者たちが、私たちにとって、害となるような存在ではないと、判断致します。もし、貴女の言う通り“いい人”だと判断できれば、その者たちに忠誠を誓います。しかし、私たちに害を成す者たちだと判断すれば、——貴女もろとも、その者たちを殺します」
背筋に緊張感が走った。
殺す……って。
でも、彼らを悪い人たちだと判断したら、だから、いい人たちだと分かってくれれば、大丈夫。会ってみればわかる。
「わたくしは別に、そんなことしなくてもいいんだけれど!」
天真爛漫な方が言った。
「ダメよ! 純潔の少女以外の者は、簡単に信じちゃいけない。これは、私たちの安全面の問題なの!」
「そんなの会ってみないと分からないじゃない!」
「だから、会って判断するの!」
「でも殺さなくてもいいじゃない! 彼女のお友達なのよ!」
「これは、私たちの中の規則よ! 規則!」
ユニコーン同士で意見が割れて、ギャーギャー言い争っている。
「いいよ」
「え?」
「その約束受ける」
「ちょ、ランちゃん!」
ラブラくんが、引き止めようとする。
「大丈夫! 二人は、いい人じゃん。会えば、すぐに分かってくれるよ」
緊張で汗が滲むが、問題はないだろう。
「……そうか」
「成立ね」
大丈夫だ、二人はとっても優しい。いい人たちだ。
「だがな、そいつらは、俺にとっても大切なやつらなんだ。お前らに害があろうがなかろうが、そいつらに何か手出ししたら、今度は、俺がテメェらをぶっ殺すかんな!」
「構わないわ」
こうして、私たちは、緊迫の家路を歩むことになったのだった。
帰り道は、ユニコーンたちに乗って、大空を飛んだ。
私以外は、契約を交わした二体に乗せてもらった。三人いるのに対して、二体だから、ラブラくんとカクタスさんは、二人で乗ることになった。
険しい山道を走る必要がなくなったので、スムーズだが、スリル感は満載だ。
足の置き場がどこにもないということに、私は不安感を募らせた。
これ、もし誤ったりして、落ちたりでもしたら、死亡しかないよな……。
ビューっと吹く風が、私の恐怖感をさらに煽る。
憧れの憧れである、有翼のユニコーンに乗れているのにな。
やがて、山岳地帯の真ん中辺りに差し掛かった。
「ウォーター=【ファール 】!!」
突然、少し後ろで並列して飛ぶ二組が消えた。
大量の水が落とされたことにより、墜落したのだった。
私たちはすぐに急降下して、皆を追った。
「白——餅——【もちもちおもち】!」
降下しながら、白の魔法で、巨大なもちもちのおもちを現した。
皆はそこに、もちっ、もちっ、と落ちて、怪我の一つもないみたいだ。
誰かからの襲撃。
トロールによるものかとも考えたが、それなら、私も一緒に落とされている。
なぜ私は、攻撃を受けなかったのか。はっと、大国の街に滞在していたときに、ランドリーさんに聞いた話を思い出した。
絵本のモデルにもなった、大事件の話だ。
おもちの上に着陸すると、すぐさま、カスタードくんから降りて、走った。
「ここは私に任せて!」
「ランちゃん、これは……」
私は、真一文字に言った。
「青鬼」
すると、皆は、あっと驚いた。
目標をしっかりと見据えた。
オーシャンブルーの丸髪に、瞳。これが彼の本当の姿なんだな。すごく刺さる、ルックスだ。
ただ、彼は、惨たらしいほどの激しい呻き声を上げていた。どれほど苦しめられているのだろう。
「ランちゃん!」
ボロボロの姿で、暴れる彼を必死に抑えているのは、クレームくんだ。
これで全てが分かった。
やはり君が青鬼だったんだね、マムくん。とっくのとうに会えていた。
込み上げてくる怒りを押し殺して、呼吸を整える。
(ピンク——桜——【
猛烈な桜の花吹雪を現して、頑丈な壁を創った。
これで、私とマムくんとクレームくんだけの、フィールドになった。
彼とまっすぐ向き合う。
「これが貴女の言ってた、友達なのね」
後ろに誰かが現れた。ゾッと寒気がした。
振り返ると、二体のユニコーン。
「たった短時間のうちに忘れたなんて、言わせないわ。片方は、いい人らしいけど、もう片方は野蛮な魔物じゃない!」
「これは、本当の彼の姿じゃない。本当の彼は……」
すると、背後にいるマムくんが、唸りながら、ユニコーンたちに攻撃をしかけた。
二体は、飛び上がって、その攻撃をかわした。
「ほら見なさい。私の判断は、黒よ黒! ここで、貴女たちを抹殺します」
「ちょっとまって」
「わたくしは別に、よかったんだけど。こうなってしまったからには、仕方ないわね」
どうしよう。これでは本当に弁明の余地がない。
二体は、さらに空高く飛び上がった。
「ランちゃん!」
——やられる。
「「グレイス=【バイン・ハンド】」」
その時、花吹雪の壁の向こう側から、緑色の巨大な手が、二つ伸びてきて、ユニコーンたちを
「ラン! こいつらは、俺らが押さえる。お前は、そっちに集中しろ!」
カクタスさんの声が響いてきた。
あの手は、彼らの魔法か。
私も緑の魔法で、彼女たちの熱を
気を取り直して、青鬼のマムくんと向き合う。
鞄を開けて、神秘の森から持ってきた、真っ白なりんごを取り出した。
苦しんでいる、マムくんのすぐ目の前まで来て、りんごを口まで運んだ。
彼はややためらいながらも、りんごを一つかじった。
唸りも苦しみも、一瞬にして、吹き飛ぶ。
そこからさらに、総仕上げだ。
(コーラルピンク——愛——【
本当は、私には母の愛というのは、分からない。母親から愛を受けた覚えは、さらさらない。
でも、ここ最近、母の愛というものを知って、それを心の髄に行き着くまでに感じた。
私は、呆然としている愛しき彼を、優しくぎゅうっと抱きしめた。
君から受けた母の愛を、今度は私が……。
私の抱擁を通して、コーラルピンクの深い愛情が、彼全体に
やがて彼の目からは、暖かな涙が溢れきて、わあっと大きな声を上げた。
私は、頭の後ろをそっとなでた。
しばらく時が流れると、涙も枯渇し、気力も抜け切ったようだ。
私は腕を離して、マムくんの頭は、ひざの上に置いた。
桜吹雪を解除した。私の体力もかなり消耗して、くたくただ。
「まったく! ニクたらしぃったら、ありゃしネェ!」
夢魔メアー。こいつが、マムくんを青鬼にした張本人か。憎い相手だが、今の私には。怒る体力もない。
「せっかくのタノしいオモチャをダイナシにしやがッテ……」
その瞬間、メアーのすぐ至近距離に虎隆さんが。
そして、メアーの腹のど真ん中を、力一杯、ぶん殴った。
打ち抜かれたメアーは、数メートルと吹っ飛んだ。
「……クソ」
見るからに、大ダメージを与えた。メアーはそのまま地の中に消えていった。
強い。
「三年溜まり続けた怒りをナメんじゃねーぞ」
かっこいい。
「ふう、何とか終わったな」
クレームくんも、気が抜けて、体を倒した。
「ラン!」
モモちゃんが走ってきた。
「てか、クレ、一人で追ってきたのかよ」
ラブラくんは、ボロボロのクレームくんの頭に手を置いた。
「一心不乱だったんだよ。急なことだったから、俺も焦ってたし」
クレームくんの顔の傷は、たちまち回復した。
「三年前の事件の時は、国の兵士や冒険者が、束になって戦っても、全く歯が立たなかった」
私のすぐ隣に、カクタスさんが腰を下ろした。
「それをお前は、いとも容易く倒したんだな。傷ひとつつけねーで」
ちょいと、こそばゆい思いだ。
「それが、色の魔法の本来の戦い方だと思うので……」
バン! と、背中を叩かれた。
心の中で、悲鳴を上げた。賞賛されて、うれしいのだけれど、心臓がバクバクと鳴っていた。
しかし、体の方は癒されて、体力もぐんぐん回復していた。回復魔法をつかったのか。
「オラ! カク! あんま、ランちゃんを困らすんじゃねーよ、コノヤロー!」
いつの間にか、マムくんは、カクタスさんの胸ぐらを掴んで押し倒した。
「あ? んだよ、嫉妬してんのか」
「うっせ! お前こそ、いつもはツンツンしてるくせに、珍しくカッコつけやがって!」
「うるっせぇ! テメェに文句言われる筋合いはねぇ!」
変わらず二人は、仲悪い。前の時よりも、いくつかヒートアップしていた。
「ランさん」
ユニコーンの二体だ。
「あの……先ほどの判断は、取り消します。相手を傷つけないで負かすという、戦法に、感心しました。そんな貴女がいい人というのですから、どちらもいい方々なのでしょう」
「わたくしも同じよ♪」
二体は、腰を低くした。
「私たちは、貴女さま及び、そのお友達にも、忠誠を近います」
「お申し付けは、なんなりと」
「ありがとう。じゃあまず、町に帰ろう」
カスタードくんには、私とマムくん、モモちゃんが乗り、高貴な方には、カクタスさんと、ラブラくんが乗り、天真爛漫な方には、クレームくんと、虎隆さんが乗った。
ユニコーンたちは空に飛び上がり、そこからレインホークの町に、何事もなく、帰ることができた。
町に帰ると、マムくんとクレームくんに、忠誠を誓った二体のユニコーンを紹介し、それを二人にプレゼントした。
マムくんには、高貴な方、クレームくんには、天真爛漫な方をあげた。二人はそれぞれのユニコーンに、“プディング”と“ブリュレ”の名前をつけた。
どちらも、カスタードを使ったスイーツである。
水隊の二人が、夕飯の用意に取り掛かっている頃、ラブラくんに、『泣いた青鬼』の絵本を見せた。
「この出来事って、本当にあったことなの?」
マムくんは、父親に母親を殺されて、父親を殺した。
「ああ、あったぜ。俺とカクタスさんは、実際の現場を間近で見たんだ。マムさんの姿も見た。狂気の沙汰だったぜ、まさに青鬼だった。その裏に、夢魔メアーが関わっていたとは、思わなかったけどな」
あの事件は、魔界の悪魔によるものだった。私もそうは考えなかった。母親が殺されたショックで、暴れ出したのだと。
「暴れ出して、兵士も冒険者も瞬殺で、緊迫した状況だった。そんな中、クレームが飛び出してきて、それで多少落ち着いた。そこへ、虎隆さんが巨大な鷹に乗ってやってきたんだ」
「その鷹って」
「ヌクレオさんだぜ」
「でも、どうして、巨大なの?」
「日常の魔法に、自分を自由にカスタムできるやつがあるんだ。その類で、体の大きさも自由に変えれるんだ」
と、ラブラくんは、体を巨大化させて、巨人になった。
「こんな感じでな」
「すごい。……でも、一気にこんなに大きくなったら、いろいろと大変なことになるんじゃ」
「そこは魔法の力さ」
すぐにいつもの大きさに戻った。なるほど、魔法の力か。何でもありだな。
「んで、マムさんのすぐ近くに降りてくると、首のうしろをトンってやって、気絶させて、そのまま連れ去った。クレは、自ら志願して連れていってもらったんだ」
素敵な兄弟の絆だな……。
「そのすぐあと、俺とカクタスさんは、マムさんが飛び出してきた、家にこっそり忍び込んだんだ。両親の死体があった」
それは、本当にあった事件なんだ。悲しい。
「母親は、心臓を貫かれていて、父親は首が飛んでいた。やられた兵士たちは、みんな首を飛ばされて、殺されたんだ。酷い現場だった」
さぞかし、連れ去られたあとも、だいぶ苦しんだだろうな。そんな、酷すぎる事件の直後だもの。
「俺とカクタスさんは、事件があった、同じ月のゴミ回収の日にゴミに出されて、レインホークに来て、マムさんとも会った」
「それで……」
「未だに引きずってたって感じだったな」
そりゃあそうだよ。簡単に立ち直れるような浅い傷ではない。
「そこにカクタスさんが……」
『また会ったな、青鬼。お前って、意外と脆いヤツだったんだな』
「えー、そんな、ひどい!」
無慈悲だ。
『今、お前をとっ捕まえて、ギルドに差し出せば、金貨百枚、俺のものになるな』
なんて冷酷な男なんだ。
「その場にいたクレは、カンカンだったな」
私だってカンカンだ。
「事件が起こってすぐ、ギルドに緊急の召集がかかったんだ。『街で暴れる、狂人と化した少年を討伐せよ』とな。報酬は、金貨百枚。とんでもない大金で、みんな金に目が眩んで、すぐにその現場に駆けつけた。俺とカクタスさんもそれで行ったんだよな」
そういうことか。
『うるさいな、どっか行ってて』
『二度とむーちんに、近づくんじゃねぇ!』
マムさんも、クレームも、冷たいことばかり言うカクタスさんは、煙たがって、強く当たった。
『いつまでシケタ面してんだよ、金貨百枚の首のクセに』
マムさんは、カッとなって、カクタスさんに迫った。
『どんだけ、金貨百枚に
『人はねぇな。人以外なら、たくさんあるぜ。冒険者だからな。殺すまではいってねーけど、人だってぶっ殺したことあるぜ、クズな連中だった』
『君は、命をなんだと思ってるの!』
『さあな。少なくとも、お前が思っているほど、重宝されているモンじゃねーぜ』
『……!』
『この世の鉄則は弱肉強食。弱いやつは、強いやつに食われるし、強いやつだって、他の弱いやつを食っていかなきゃ生きていけねぇ。
お前討伐の招集がかかったとき、報酬の金貨百枚に、皆が気合い入れて走っていったぜ。そいつらにとっては、お前の命よりも金貨百枚の方がよっぽど大事なわけ。
そもそもあの大国じゃ、その問いは、愚問だぜ。それを聞いて、「とっても重くて大切なものです」てすぐに帰ってくるようなところなら、月に一度、人を捨てたりしねぇよな。つまりそういうこった』
やりきれないが、それが真実だ。
『お前、なんかムカつく』
『奇遇だな、俺も今同じこと思った』
「二人は、価値観が違いまくってて、馬が合わないんだよな。でも、それから、マムさんも元気を取り戻したぜ」
複雑だけど、とりあえずは良かった。
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