Purple forest

 紫色の木々の森。誘惑するような、どこか色っぽい美しさを感じた。

 ここに、ユニコーン(・ペガサス)がいるのか。会えるかな。

 多面の意味で、ドキドキと弾む心を落ち着かせて、未知なる森に、一歩ずつ足を踏み入れていく。モモちゃんを肩腕にのせて、私一人でだ。

 この森に住むユニコーンは、純潔の少女によく懐き、そうではないと、絶対に現れないとか。

 だから、行動を共にしていた男性諸君、虎隆こたかさん、カクタスさん、ラブラくんは、私と大幅に距離を取って歩いている。

 モモちゃんがいてくれてよかった。

「ユニコーン、いるかな」

 モモちゃんは言う。

「いると思うよ」

「あ」

「あ」

 美しい佇まい。見るだけで、心が浄化されてしまいそうな、純白の肌。オーロラの如くひらひらと棚引く、黄色がかった橙から赤のグラデーションには、その熱に当てられてしまう。ダイヤモンドのように、ギラギラと輝く立派なツノと、いつまでも見惚れてしまう。今は、折り畳んでいるが、翼もちゃんとあった。

 これが、ユニコーン・ペガサス。夢に見たような、素敵な要素が盛りに盛られまくっている、理想の生物が、今、目の前に現れているのだ。

 ユニコーンは、すんなりと私に近づいて、頭を垂れた。私は、その頭をぽんと撫でた。

「お姫さま。私は貴女に忠誠を誓います」

 早! 出会ってまだ、数秒くらいよ!?

「貴女についていっても、問題ないと判断いたしました」

 少し触れただけで、その人のタイプとかが感じとれたりするのかな。

「あの……少し後ろに、男の人も来てるんだけど、みんなとも会ってもいい?」

「貴女のお連れ様なら問題ありませんよ」

「ほんと!? みんな悪い人たちじゃないから、安心して」

「はい」

 案外、あっさりと事が進んだな。

「やっと会えたよ、ユニコーン」

 お連れのみんなは、許可が降りたと分かると早々に出てきた。

「あ、また来たのですね」

 ユニコーンは、虎隆さんを見ていった。

「また?」

「俺は何度も来てるからな」

「顔とか覚えてるの?」

「はい。ここに来るものなんて、そういないうえに、何度も来られてますから。みんなに覚えられています」

「なら、一度くらい現れたっていいだろ!」

「純血の少女ではない者の前には、姿を見せてはいけないという、規則があるので」

 そんな規則があったのか、ユニコーンたちの間で。

「趣味の悪い規則だこと」

 虎隆さんは、口を尖らせて、今更な文句を言った。

「虎隆さん以外には、誰か来たの?」

「近々でいうと、こちらのお二人ですね」

 カクタスさんとラブラくん。

「もっと昔でいうと、リザードマンの者たちが、調査か何かで来たのと、銀髪のエルフの旅人が訪ねてきたくらいですかね」

 リザードマンは、あの図鑑を作った者たちかな。

「エルフの旅人は、賢者けんじゃのことだろ。あいつも昔、ここに来たって言ってたし」

 賢者さん……近々で来る者の大半は、ダストホーク関連の人たちのようだ。

「私は、花蘭香ファ・ランカ。ランって呼んで」

 自己紹介をした。

「はい。ランさん」

 他の皆もそれぞれ名乗った。

 それが終わると、ユニコーンは、また頭を垂れて、今度はうなだれた。

「どうしたの」

「あの……ちょっと、助けてください。私たちは今、大ピンチの状況なのです」

「分かった。すぐに案内して」

「……すみません、ついてきてください」

 と、森の中を案内してくれた。話を聞くと、彼の仲間たちの間で、奇怪な伝染病が流行しているとのことで、回復魔法をかけても効果がまるでないのだという。

 本来は病気だって、回復魔法で回復できるが、それが聞かないほど、特殊で強烈なものとのこと。

「ここです」

 そこには、脚腰を下ろして安静にしているユニコーンたちがいた。立っているユニコーンたちもいるが、皆、腰を下ろす者たちの身を案じている様子だ。

 しかし、病気にかかったと聞いていた割には、皆、安らかな表情をしていた。

「ここのみんな、病気にかかったんだよね」

「はい。さっきまでは、皆、苦しそうにしていたのに」

 ちっとも苦しそうにしていない。

 不思議がっていると、彼らの輪の中に、一人の女の子が立っていた。見知った姿だった。

 彼女は、私たちに気がつくと、ニコニコ笑顔で手を振った。

「スマイルちゃん」

 その名を呼ぶと、彼女はすぐにこちらに飛んできた。

「あはは。ランカ、久しぶり!」

「ランちゃん、その子知ってるの?」

 ラブラくんが尋ねた。

「うん、この世界に来たときに神界であったんだよ」

「神界……って、もしかして、笑神スマイル?」

「そうだよ。てか、あたしのことしてんだね。あたし、有名人だ。あはははは」

 その溌剌はつらつさは、変わっていないようで、何よりだ。

「えっと、そのユニコーンたちは?」

「あ、えっと、彼らは、疫魔えきまセンダーによって、そこらの回復魔法じゃ回復しない病気をかけられたの」

 彼らに、悪魔の魔の手が……。

「でも、あたしが治してあげたわ。あたしの力は、センダーよりも、もっと強力だからね」

 もう、事は片付いていたみたいだ。

「あの、スマイル様」

 ユニコーンの一体が、スマイルに声をかけた。

「本当にありがとうございます」

「えへへへ。いいよ、いいよ。みんなが無事で、あたしはなによりだからさ」

 元気な笑顔が眩しい。

「じゃあ、あたしは帰るね」

 と、上空へと消えていった。

「俺らの出番、なかったな」

 ラブラくんが、すこし残念そうに言う。

 私も少し、同じ気持ちだ。スマイルちゃんには、大感謝だか。

 色の力で、何かできないかな。しばし考えた。そして、大筆を構えた。

(緑——グリーンパワー——【安らぎの場】)

 紫一色の神秘の森。ユニコーンたちが安息する、あの空間を、爽やかな緑に染めた。紫の森も神秘的で綺麗だが、森といったらやっぱ緑だ。緑だから、落ち着くのだ。森林も、竹林も。

 前の世界に生きていた頃は、常に日頃から、緑を欲していた。住んでいた所は、都会の都会のど真ん中で、ビルとか高い建物がズラリと並んでいて、灰色とか、無気質な色に囲まれて、緑は少なかった。

 だから私は、書院造のような和室に寝転んで、障子の窓を開けて見える竹林を眺めていたいと夢見たものだ。それほどまでに、和と緑を求めていた。

 そんな安らぎの象徴である緑を、彼らに。

 周りの空間だけでなく、ユニコーンたち自身の心の中も、緑に染めた。

 ユニコーンたちは、より安らかな表情になって、頭すらも地べたにつけて、横になるものもいた。

 緑、緑の空間は、見ているこちら側も、目の保養になった。

「えっと、みんなも安らいだら?」

 というと

「じゃあ、お構いなく」と私たちと同行していたユニコーンと、虎隆さん、ラブラくん、モモちゃんは、寝そべるユニコーンたちの中に入っていった。皆の心にも緑を与えた。

「はあ、落ち着きますね」

「だなー」

「ふー」

 皆、大いにリラックスしていた。彼らを見ていると、私も頬が緩む。

「カクタスさんは、行かないんですか?」

 一人紫の木にもたれる彼に尋ねた。

「俺はいい」

 相変わらずツンツンしていた。

「そんなツンツンしてねーで、お前も来ればいいのに」

「めっちゃ気持ちいいっすよ〜」

 虎隆さんとラブラくんが、ゆるゆるな声で言った。

 それでも彼は、ツンツンしていた。

「そうですか」

 と返事して、彼の心にも緑の魔法をかけた。これで少しは、ツンツンもほぐれるかな。

 顔を見ると、早々に効果は現れていた。カクタスさんは、チラリと私を見ると、きまり悪そうに顔をそらした。でもすぐに戻すと、やれやれとでも言うように、口元を微笑ませた。

 私は感づいてしまった。

 カクタスさんは、私を見て、

「これが、色の魔法か。面白い魔法だな」

 柔らかな表情で言った。

 その瞬間、静かに落雷がとどろいた。

 私は、心の中で悲鳴をあげた。そして、カクタスさんに背中を向けて、両手両膝を地べたにつけた。

「ど……どうした?」

 背後から聞こえる声は、戸惑いの感情があった。しかし、それ以上に私は戸惑っていた。

「あ、魔法が解かれた?」

「魔法の力って、使用する人の精神が安定していないと、保つのは難しいんですよ」


「ランさん、ありがとうございました」

「ありがとうございました」

 ユニコーンの皆に、謝意を述べられた。

「いえいえ。これが私の魔法です」

「ランさん、私は貴女様に、一生忠誠を誓うことを決めました」

 最初に出会ったユニコーンが、かしこまって言った。

「手前勝手なお願いですが、私に名前をお与えください」

 名前? 私がつけてもいいの?

 どうすればいいか分からなくて、後ろに立つ皆を見た。

「よかったな、ラン。そいつは、お前に忠誠を誓ったんだ」

 虎隆さんが、背中を押すように言った。

「困ったときは、好きな食べ物な!」

 ラブラくんも、声をかけてくれた。

 好きな食べ物か、もちろん、彼に似合いそうなもので。

「じゃあ……“カスタード”で」

 カスタードを使ったスイーツが大好きなのだ。プリンに、シュークリーム、エクレアなど。

「はい。“カスタード”。たわまりました。これから、宜しくお願い致します」

「うん、よろしく」

 こうして、ユニコーン・ペガサスのカスタードくんが、私のお供に加わった。

「背中に乗ってください」

 言われた通りに、彼の背中に乗った。すると、カスタードくんは、翼を広げて飛び上がった。

「うわあ!」

 飛んだ。本当にペガサスのユニコーンなんだな。いや、ユニコーンのペガサスだっけ。

「すごいすごい、モモたち飛んだよ」

 私の手前に座ったモモちゃんは、大興奮だ。

「誰か、他の彼らも乗せて!」

 カスタードくんは、下にいる他のユニコーンたちに指示を出した。動いた三体が、虎隆さんたちをのせて、浮上した。

 カスタードくんが、案内してくれたのは、高い高い紫の木の上。木の葉が生い茂るエリアだ。

 そこには、不思議な果実がたくさんみのっていた。

 形は、りんごっぽいが、独特なアート作品のような柄の、妙な見た目をしていた。

「なんだこれ」

 追いついてきた、虎隆さんたちも、不思議がる目でそれらを見た。

「これらは、“夢見ゆめみ果実かじつ”といいます」

「夢見の果実!?」

「それは?」

「“夢見の果実”は、食べた者の脳裏の奥底にある理想が、夢となって、5分間それを体験することができます。カラーのバリエーションは豊富ですが、どれも同じ効果発します。副効果などはありませんから、食べてみてください」

 つまりは、これを食べると夢を見るってことか。5分間。

 面白そうだから、食べてみることにした。

 私は、ピンク色の可愛らしい柄の果実を取って、一口かじった。


 

『ユニコーン』の絵本を手に取っていた。

 懐かしい。小学生のころ、いや、中学生になっても、読んでいた。

 私は、こういうファンタジーな世界の絵本や、小説が大好きで、昼休みの時間に学校の図書館に通って読んでいた。

 借りて教室でも、家でも読んで、登場人物の絵を描いたりしていた。

 絵本では、ユニコーンが出てくるお話が好きだった。

 ユニコーンはきれいで、幻想的で、心惹かれていた。

梅木うめきさん」

 聞き覚えのある、声が聞こえた。

 大畠おおはたくんだ。

 大畠仙馬せんまくん、中二の頃に同じクラスになって、席が隣になったこともある。

 マムくんと雰囲気が似ていて、優しいムードが漂って、それがとっても心地良かった。

 彼は、私が周りのみんなから、「馬鹿だ」「無能だ」とか言われている中で、私を気にかけてくれた、貴重な存在だった。

 私がいるのは、中学校の図書館だ。

 彼は私の座る、隣の椅子に座った。

「またそれ読んでるの?」

「うん、大好きなんだ」

 まるでムービーでも見ているかのようだ。私は、意思とか関係なく、オートで動いていた。

 私は、大畠くんに、ユニコーンの魅力を語った。そのものの魅力や、絵本の好きなところなど。

 大畠くんは、微笑みながら、首で相槌を打ちながら、じっくり話を聞いてくれた。

 実際にも、休み時間とかに話しかけてくれて、こうやって話を聞いてくれた。

 うれしかった。

 ありがたかった。

 辛いばかりの日常の中で、彼の存在が、数少ない頼りの綱だった。

 

 場面は切り替わった。

 スケッチブックいっぱいに、メルヘンな絵を描いていた。

 アーティスティックな絵だ。

 ユニコーンに乗った、美しき王子さま。

 窓を開けて、小鳥や小さな動物たちとお話している女の子。

 海から顔を出し、船の上でパーティーを楽しんでいる王子さまを見ている人魚姫。

 時計塔の周りを飛んでいる妖精さん。

 魔法使いの魔法で、綺麗なドレスに身を包む、お姫さま。

 野原で踊る、女の子。

 私が好きなものが、大集合している。

 描いた絵を眺めて、目をキラキラさせている私。

「またまた、素敵な絵を描いてるね。優香ゆうかちゃん」

 菊谷きくやさん。今度は、美術部か。

 菊谷味里みさとさんは、一年上の先輩だ。私が二年生の頃には、部長を務めていた。積極的なお方で、私を含む、下級生たちにも、進んで話しかけてくれた。

 何事にも前向きで、いつも明るいから、私の大尊敬するお方です。

「わあ、可愛い」

「すごいなぁ」

 美術部の同級生たちも、私の絵に寄ってきた。

「優香ちゃんは天才! 天才!」

 彼女たちは、いつも私の絵を褒めてくれた。

 そんな彼女たちがいる美術部は、安心できた。

 逆に、彼女たち以外のところだと、どれだけ上手く描けても、「そんなの無駄だ」と一蹴される。

 今日も彼女たちに会えるという光を握りしめて、毎日学校に通っていったのだ。

 

 またまた、場面が切り替わる。

 ここは、私の部屋。

 私は、勉強をしているようだ。

「ただいま〜」

 母の声だ。


「優香、朝にやってたお店で、シュークリーム買ってきたから、夜ご飯のデザートに食べよ?」

「うん、食べる食べる♪」


 そして、夜、母の買ってきたシュークリームを食べていた。

「ねえ、優香、あなたは将来、どうやって生きていきたいの?」

 母は尋ねた。

「うーんと、絵描くの好きだから、イラストレーターとかになって、たくさん絵描いていきたいなって思う」

「ふーん。それって、学校とか、どんなところに行くのがいいの?」

「えっとね……」


「いいじゃない! あなたならきっと、上手くいくわ。私も応援する!」

 母は、笑顔でそう言ってくれた。


「優香」

 こんどは父だ。

「母さんから聞いたぞ、お前絵描きになりたいってな」

「うん」

 すると父は、かばんから何かを取り出して、私にくれた。

 それは、憧れのタブレット端末だった。

「これで、存分に絵が描けるな」

「ありがとう!」

 

 なんて感動的な光景なのだろうか。

 これが私の理想の夢。

 大畠くんや美術部員たちとのシチュエーションは、現実にもあったような光景で、懐かしかった。

 しかし、逆にいえば、最後の母と父とのやつは、現実とは程遠い光景だ。

 実際の両親は、子どもに対して、軍隊学校のように厳しい教育方針で、仕事帰りだろうが、休日だろうが、帰りにシュークリームを買ってくることすら、ほとんどない。

 あったとしても、優秀なお姉ちゃんにぐらいで、出来損ないの私には、ありえない。

 母が私に「将来やりたいことは何か」とか聞くこともないし、聞いて言ったとしても、応援してくれることもないだろう。

 父が、私の夢のために、わざわざタブレットを買ってくるなんてことも、ありえない。

 絵を描くことなんて、両親からしたら、ただの“遊び”でしかない。そんなのを将来の仕事にするだなんて、ふざけてる。

 ネットで調べてみたところ、マンガやイラストの技術なんかを学びながら、高校卒業の資格を得ることができる高校もあるみたいだが、それを言ったって「なんだそれは」で、説明もまともに聞いてくれない。

 両親は私を何にしたいんだろうと思う。日本国の軍人か。

 だから、一番最後のは、悲しいけれど、全く嘘の、私の理想の夢であった。

 


 パッと目が覚めた。5分たったらしい。

 夢の記憶は、ぼんやりと覚えている。どれも幸せな夢だった。

「夢は楽しかったですか?」

 カスタードくんが尋ねた。

「うん。よかったよ!」

 と私は答えた。

「あ〜、マジ、最高っす……」

 横を見ると、ラブラくんは、まだ夢の余韻に浸っていた。いったい、どんな幸せな夢を見ていたのだろう。

「あ、ねえ、カスタードくん」

「はい、何でしょう」

「あっちに行ってくれない?」

「かしこまりました」

 目を引くものを発見した。

 つややかな真っ白なりんご。他と比べても、明らかに異質なものだった。

「きれい」

 一口かじってみた。

 頭の中のぼやぼやが、一気に解消された。夢の余韻も、もやもや気持ちも、全部がクリアになった。

 やはり、他のものとはちがう。

 気になるし、美しい見た目だから、その果実を鞄の中にしまった。

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