Firm challenge

 そんなこと、絶対に言うものか。

 ユニコーンに会いたいと言い出したのは私だ。

 私から「行きたい」と言っておいて、私が「帰りたい」とぐずるなんて、どこの腑抜ふぬけお嬢様じょうさまよ。虫がいいにも程がある。

 頭と心を傷つけまくる鋭利な言葉も、この苦しさも煩わしい。

 全て燃やしてしまおう。

(赤——火——【全部ぜんぶ燃焼ねんしょう】!)

 私の体内、脳裏や心に、真っ赤な火がメラメラと燃えているのをイメージする。そして、煩わしい言葉も、声も、傷も血液も、重さも、全部全部が燃えてなくなる。

 そして、私は苦しみから開放される——。

 

 ふう。上手くいった。


 痛みも苦しみも、煩わしいのも全て消えて、身が軽くなった。

「もう、平気だよ」

 身が軽くなったことによって、気分も上がり、皆に笑顔を見せた。

 急に笑顔になったものだから、皆驚いていた。

「平気って、治ったの?」

 とラブラくん。

「うん、魔法で全て、吹き飛ばした」

「どうやったの?」

 とモモちゃん。

「赤の炎で燃やしたんだ」

「色の魔法か。オールマイティーな能力だな」

 と虎隆こたかさん。

「色の可能性は無限大ですから」

 私は、にっこにこだ。


『あー、ニクたらしー! アンタ、さいきんつまんネェ!』

 

 それは私にとっては、最高の祝辞になるわね。ありがとう。


『ムッカー! おぼえとけヨ、こんやは“ナイトメアパーティー”ダ』


 あれ? 最後、メアーが何か言ったような気がするが……まあいいや。


『大丈夫よ。あんたには、ウチがついているから』

 この声は……?

 

 狼は、草むらの盆地を越えて、また山を登った。

「こっから、気を付けろよ。変な奴らに襲われる危険が高ぇから」

 直列の先頭を走る虎隆さんが警告する。

「変な奴ら?」

「トロールっていう、イカれた妖精どもさ。異種属のやつを見つけりゃ、問答無用で襲いかかってくる。何が目的かは知らねぇ」

盗人ぬすっととか?」

「盗みはしない。ただの戦闘狂さ。倒したやつを食って、パワーアップするってのが有力な理由にあるけど、たしかではねぇんだ」

 そんな怖い魔物がここらにいるんだな。

「ねえ、ラン。いっぱい来るよ」

 警告が入ってから、しばらく走ったところで、モモちゃんアラートが光った。

「ああ、お出ましだな」

 トロールが来るのか。私は、大筆を取り出して構えた。狼はそのまま走った。

 けたたましい笑い声が辺りから聞こえてきた。

 じんわり汗が湧き出るような、緊張感が走った。

 すると、私とラブラくんが乗っている狼(名:バナナトースト)が、突然横にジャンプした。

 瞬間、もといた地面から、針のような鋭い岩が飛び出してきた。

 間一髪のところだったようだ。危ない。

「これは……」

 すると、高い岩山の上から、何者かの群れが、ぱらぱらと飛び降りてきた。

 気の狂ったおじさんたち。プロレスラーと力士を合体させたような太っちょで、気味悪くニカニカ笑いながら、棍棒を握っている。

「出たわね、トロール」

 これがトロールか。見るからに野蛮だ。

 ただでさえデカい図体の上に、10人をとう超え、30人程の数に囲まれて、身動きが取れなくなった。

 虎隆さんはため息をついて、狼から降りた。

「ったく、毎度毎度メンドくせーな」

 そんな頻繁に遭遇してるんだな。

 と、カクタスさんとラブラくんも狼を降りた。私も降りた。

「ランちゃん、ここは俺らに任せて」

 ラブラくんが言う。なんと男らしい。お言葉に甘えて、私は皆のサポートに徹することにした。

(赤——火力アップ——【ルビーパワー】)

 皆の心の中に、炎を現す魔法だ。情熱や闘争心を授けるやつ。それに、素敵な技名をつけた。シンプルだけど。

 これで皆の心は燃え滾っている。

「ヒヒヒヒヒヒ」

 トロールたちが、飛びかかってきた。

 虎隆さんは、仕掛けてきた攻撃をかわすと、目標に向かって大きく跳び、蹴りを食らわせた。飛び蹴りだ。その一発で、相手のトロールはKOした。強い。

 だが、まだまだ数はいる。虎隆さんは、魔法も使わず、身一つで次々にトロールたちをノしていく。

「グレイス=【トーンバイン】」

 ラブラくんの唱えにより、地面からトゲトゲの蔓が生えてきた。トゲ蔓は、トロールたちを傷つけながら拘束した。

「植物?」

「土属性はね、地面から植物を生やす力もあるのよ」

 岩や土を動かすだけじゃないんだな。

(ソイル=【スネークアーム】)

 カクタスさんは、砂や土などを集積させて、より太く、より長い腕を作っていく。大蛇のような、長い長い腕が完成すると、ラブラさんが拘束したトロールたちを一気に薙ぎ払った。

 すごい。

「あれ、どうなってんの?」

 モモちゃんも興味が湧いたみたいだ。

「へへん、すげぇだろ。ありゃあ、カクタスさんにしかできない大技さ」

 ラブラくんは、自慢げに言った。

「土属性は、重力も操ることができてさ。それを駆使して、あの大岩の腕を動かしてるわけ。にしても、あれはめちゃくちゃ重いから、かなりの技能と筋力が必要になる」

「ラブラくんは、出来ないの?」

「ああ、俺も試してみたけど、全然無理だった」

 魔法の力は、簡単なばっかりじゃないのね。

「それを平然とやってのけるカクタスさん、まじハンパねぇっしょ!」

 ラブラくんのテンションは、一気に増大した。

「うん、カクタスさん、とってもすごいんだね」

 と私も同調して言った。

 するとラブラくんは、私の両肩を両手でぎゅっと掴んだ。

「ランちゃん! わかってくれる〜? 俺が大大尊敬するあのお方のことを!」

 俺らは、大親友だな! と、一人でお熱くなっている。

「ハッ! 危ないランちゃん」

 トロールは、まだ片付いていない。その中の数体が、まとめて私たちの方へ飛びかかってきた。

「ソイル=【グラビティ】」

 宙を飛んで近づいてくるトロールたちを急激に落下させて、動きを止めた。

「=【マウンテン・オブ・ソード】」

 地面から、針のような鋭い岩を何本も飛びださせ、動けなくなった隙を、文字通りに突いて、攻撃を食らわせた。

「お返しだ、バカヤロー!」

 最初は、30体といたトロールたちは、虎隆さんと、カクタスさん、ラブラくんの手足や魔法によって、すべて倒した。私もちょいと技を繰り出して、援護をした。

 そして、先を進んだ。

「誰も怪我なく倒せたことはいいけどよ。ラブラ、お前、戦いの場で少しでも気ぃ抜くんじゃねーよ」

「すいません、以後気をつけます」

「……ったく」

 こういう、面倒見のいいところもあるんだな、と私は思った。


 トロールの生息地帯を抜け、もう少し走ったところに河原があった。そこで今日のところは、休むことにした。

 マムくんが用意してくれたお弁当を食べた。長距離の険しい移動によって、大量に消費したエネルギーが、みなぎってくる。幸せのひとときだ。マムくんには、マジ感謝しかない。恩に着るよ。

 やがて空は、茜色に染まって、一夜を迎えた。私の赤の炎で、明かりをとった。

 それ以外は真っ暗だ、故に見える夜空は、満点の綺麗な星空だった。

 人間になったモモちゃんと、二人並んで、星空を観賞した。

 夜空は、キラキラと明るい。特に星が集まって、明るいところは、まるで川のようにもなっていた。これが天の川ってやつかな。

 天の川は英語でミルキーウェイという。ミルザ様の名前を彷彿とさせる。

「モモちゃん」

「ん、何?」

「あの空の向こうに、神の住む神界があって、そこにミルザ様たちがいるんだよね」

「うん、そうだよ」

「ミルザ様は、神界から、ここ地界を見ているんだよね」

「うん」

「じゃあ、今も私たちのこと、見てるんだね」

「うん、見てるよ」

 特に私たちのことは、より注意して見てるんだろうな。

 私と虎隆さんは、転生者という特別な存在。魔族たちにも狙われている身っぽいし。

 天の川、そして、その向こうから私を見ているであろう、神々などに、手を降った。

「母神ミルザに手振ってんの?」

 ラブラくんがやってきて、側に座った。

「ミルザ様のこと、知ってるの?」

「もちろん。ヒューマン大国じゃ、神族や魔族の話は、ガキのころによく教えられる話の定番さ。だから、俺も、たぶんマムさんとかもよく知ってると思うぜ」

 桃太郎みたいなものということかな。神族、魔族の話だから、神話の類か。

「どんな話なの」

「壮大な話さ。この世界の始まりと、神々の話」

 神話か。

「話の一番最初は、何もないところから、原初の神・バナルってのが誕生したってとこだ。バナルは、あり余る莫大な量の魔力を持っていた」

 その魔力を存分に使って、世界を作ったわけだが、バラルの溺愛していた雌鳥めんどりが産んだ卵から作ったんだ。

「その雌鳥は、どこから来たの?」

「さあ、知らね。気づいた時にはいたんじゃね」

 いろいろと雑だな……。

 ともかく、バナルは、持っているだけの魔力をその卵に注ぎこんで、卵の中に、三つの世界をつくった。

 一つ目が、神々の住む世界で、ミルキースクエアと名づけた。

 ミルザ様たちがいるところだ。

 二つ目が、多様な生命が生きる世界。ライフレイヤと名つけた。

 私たちが今いる世界か。

 三つ目は、死んだ生命が、送られるところ。スクラップベッドと名づけた。いろいろあって、魔王の住むところになっちまったけど。

 ブルーザや、悪魔たちがいるところか。

「どうしてなの?」

「その話はおいおい出てくるよ」

 世界を作ったことによって、バナルは力尽きて死ぬ。そしたら、その死骸から五人の神が生まれた。

「どうして、死骸から生まれてくるの?」

「そこはツッこんじゃダメだ」

 五人の神は、それぞれ、聖の神、水の神、土の神、火の神、風の神。まさしく、魔法の属性だな。

 まずは、聖の神ホリーが、神界ミルキースクエアに、世界のはしらとなる存在、母神ミルキーを誕生させる。そして、他の四人の神たちがそれぞれの力を使って、地界ライフレイヤを創造していく。

 水の神ウォーターは、バラルの作った大地に大雨を降らせて、海や川などをつくって、大地を潤せた。

 土の神ソイル・グレイスは、元ある地形を崩したり、動かしたりして、掻き混ぜて、生きる大地を確立させる。そこに植物を生成させ、大地のほとんどを緑で覆う。

 火の神ファイヤーは、生成した植物の一部を燃やして、他の植物を活性化させて、空気中に酸素を放出する。つまりは、光合成で、生き物が生きていくに必要な、酸素を発生させた。

 風の神ウィンドは、西から東へ風を起こして、空気の流れを造った。各地によって、気候がちがうのも、ウィンドの力によるもの。

「こうやって、地界は出来たんだね」

「地界が出来るのと同時進行で、母神ミルキーには、男女二人の子どもが生まれた」

 それが、姉のミルザと、弟のミルマダ(のちの魔王ブルーザ)。

 ついに登場、ミルザ様! てか、ミルザ様とブルーザは、姉弟だったんだな。

 聖の神ホリーの役割は、ミルキーなど、神たちの様子を監視して、命令やら、罰則やらを下すこと。

 姉のミルザは、母親譲りの美徳びとくの持ち主。ホリーだって、認めるほどに。

「美徳って?」

「良いこととされていることだよ。謙譲や慈悲、勤勉とか。ミルザはそういうのをたくさん兼ね揃えた」

 対してミルマダは、美徳とは正反対の要素の一つである、怠惰たいだの持ち主で、いつも怠けてばかりいた。

 ホリーは、命令をも聞かず、怠けてばかりいるミルマダを許さず、神界から追放。さらに、名前をミルマダから、ブルーザへと変えて地界よりも下の、魔界スクラップベッドに軟禁した。

 ミルキーとミルザにも、そこには行くなと命じたが、ミルキーは反抗し、スクラップベッドに強行した。

 そこは、色のない、冷淡な世界で、絶望や憂鬱をひしひしと感じながらも、ミルマダを探す。

 すると、モノクロの世界に、赤黒い色の大きな液溜まりがあった。そこには、液溜まりの色と同化したような、全身赤黒い肌をした、生身の姿で立っている男の子がいた。

 ミルマダかと聞くと、冷淡な顔で「そんなものはいない」と返答し、「今すぐここを立ち去らないと殺す」と言う。

 諦められないミルキーは、息子であるミルマダに会いたいと言うと、彼は「俺はブルーザだ。お前を殺す」と言う。

 彼の背後に、液どろの怪物が現れ、ミルキーに襲いかかる。

 ミルキーは、一旦引き換えすことにし、応戦しながら逃げていく。

 しかし、出口まであと少しのところで、入ってきたときにはなかった扉が立ち塞がった。

 これは、ホリーによるもので、扉は頑丈に閉ざされていた。

 焦るミルキーに、「これは、言いつけを守らなかった罰だ。お前は一生ここから出られない」と脳に伝達した。

 そして、ミルキーは、追いついた怪物に殺害された。

 ブルーザはその後、魔王として君臨し、スクラップベッドを自分の国とした。

 神界に取り残された、ミルザは、悲しみにくれるも聖の神ホリーの命令で、母神ミルザとなり、地界にたくさんの種類の生命を誕生させた。

「その多くの種類が異世界から取り入れて、魔法属性を与えたり、形を改造して、変化させたものだとかな」

「まあたしかに、私も馴染み深い動物もたくさん見かけるし」

「そこに、聖の神ホリーが弱肉強食という鉄則を加えたことによって、食物連鎖が巻き起こって、ヒューマン大国の社会の弱者を国外に捨てるという仕来りも、その鉄則を口実に正当化されてんの」

「……聖の神ホリー、いろいろと冷酷な神様ですね」

「でも、大国では大人気だぜ? 弱肉強食の鉄則があるおかげで、心を鬼にできるし、国の王なんかは、聖の神ホリーの化身の末裔だってな」

「そうなの?」

「さあ、知らね。今の俺は、あんま信じてねーけどな」

「ふうん」

「人を捨てるという、国の仕来りは、今よりもずっと大昔から行われてきた、伝統みたいなものさ。馬車で人を積んで、国外に出て、森の中に遺棄して。レインホークが出来る以前は、森に住む魔物を誘き寄せられて、みんな食われちまうってな」

 残酷な話だ。

「それを救ったのが、我らが虎隆さん☆」

「まさに救世主だね」

「この神話は現在も進行中なんだぜ」

「え、今も!?」

「だって、ミルザもブルーザもガチで存在してるんだろ? 大国に住んでたころは、ただの話の中の存在だと思ってたけど、今、目の前に、ミルザと知り合いだって子がいるし、ブルーザの魔の手が迫ってるって状況にあるだろ?」

「まあ、そうだね」

「現在の話の中心人物は、まさしく君だろうね」

 私が……。

「そんで、俺は、君の守護を任されているわけだ。ワクワクするな!」

 瞳を輝かせて、ラブラくんは微笑んだ。

「おーい、もうそろそろ、寝ろよー」

 虎隆さんが声をかけた。

 二人で、「はーい」と立ち上がった。モモちゃんは、とうに眠っていた。

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