Go meet a unicorn

 ついに行くとしますか。ユニコーンに会う旅へ!

 その前に、いくつか知らねばならないことがたくさんある。私は、同居する(というか、もうけっこう長いこと居候いそうろうさせてもらっている)マムくんとクレームくんに、質問をなげた。

「そういえば、ユニコーンって、どこにいるの?」

 第一に、これだ。これを知らなければどこにも行けない。レインホークの町から近いところにいるのか、かなり遠方の場所にいるのか。

「じゃあ、まず、ランちゃんが想像するユニコーンってどんなの?」

 どんなのって、決まっている。どうしてそんな問いをするのか疑問だが、素直に答えた。

「そりゃあ、綺麗な白馬に、カラフルな立て髪があって、可愛いツノが額に生えてるようなのだよ」

「……ずいぶん、メルヘンなユニコーンを想像してたんだね」

「だったら、神秘しんぴもりってところにいるよ」

 神秘の森……まさにユニコーンがいるにぴったりの場所ではないか。

「それは、どこにあるの?」

「めっちゃ遠いところにあるよ。虎隆こたかさん家に、マップとか資料があるから、今から行ってみよ」


「ほう、ついに行くのか」

「はい」

「地図ならこっちにあるぜ」

「ついでに、生物図鑑も一緒に見せてください」

「了解ー」

 レインホークの町の中心的な組織、ダストホークの総大将、虎隆こたかさんは、書斎部屋から、一枚の古ぼけた紙と一冊の本を持ってやってきた。

 私とモモちゃん、マムくんとクレームくんは、客間にてしばし待機していた。

「これが、地図と図鑑な」

「ありがとうございます」

 さっそく、地図を開いた。この世界の大陸の全体を表したものだという。精密だが、大雑把な手書きの地図だった。

「この地図は、誰が描いたんですか?」

「俺だよ。鉛筆一本で書いたから、色はねーけど」

「じゃあ、私が彩ってあげます」

 と、私の色の魔法で、鉛筆の黒を青や緑などの色に変化させた。

「おお! すげー!」

 喜んでくれてよかった。

 新たな試みとして、私以外の人、今回は虎隆さんのイメージする色を紙の上にのせた。私が想像していたのとは少し違う。

「あの、この紫のところは何ですか?」

「ソレが神秘の森。ランのお目当てがいるってトコさ」

 これが神秘の森……ダストホークと書かれた地点から、北東方面の一番離れた場所にある。そして、その地点に行くには、大規模な山岳地帯を越えなければならない。行くとすれば、かなり険しい旅になることは必須だ。

 虎隆さんは、今度は、図鑑を開いた。

「これも、虎隆さんが?」

「いや、これはリザードマンからもらったんだ」

 もともとこの世界にあるものなんだな。これは貴重。

「この世界の魔物というのは、大きく六種ある。その中の一つに、ユニコーン類っつうやつがあンだ」

「ユニコーン類……」

「ユニコーンつうのは、一角獣。つまり、ユニコーンみてぇに、額にツノが一本生えてんだ」

「それも、可愛いってモンじゃなくて、脅威に感じるほど長くて鋭い」

「しかもその硬さは、鋼鉄並だってね」

「さらに、神秘の森にいる伝説のユニコーンのツノは、ダイヤモンドで出来ているとか」

 すごい。ロマンがあるなぁ。

「こいつがその伝説のユニコーン。“ユニコーン・ペガサス” 」

「ユニコーン・ペガサス!?」

 ユニコーン一角獣のペガサスってことか。

「てことは、翼が生えてて、空を飛べるってこと!?」

「そういうこと」

 ユニコーン類の中でも、最上位の伝説の魔物であるユニコーン・ペガサス。その特徴は、汚れのない純白な体と翼に、レインボーの毛色。ツノやヒズメは、本当にダイヤモンドでできているらしく、それで攻撃でもされたら、一溜まりもないだろう。

「このユニコーンは、警戒心がめっちゃくちゃ強くて、俺も神秘の森には何度も行ってんだけど、一回も会えた試しがねぇ」

「ユニコーンて、たしか純潔の少女を好んで、そういう子になら心を開いて近づくって聞きます」

「そうだ。だから、ランじゃねぇといけねぇってこった」

 私じゃないと、会えない。

「でも、ダストホークには、他に女の子いますよね。チドちゃんとか、イナちゃんとか」

「あいつら、肉食だろ? ペガサスつっても馬だし、食われる対象になり得るから、より警戒されそう」

 たしかにそうだ。

「じゃあ、町の女の子とか……」

「そもそも、そこ神秘の森にいく道が険しすぎる。山登らないといけねぇし、山岳地帯には、ここらの森のヤツらよりも、ずっと強くて野蛮なヤツらがいんだ。そう易々やすやすと連れていけねぇ」

 そんなに厳しい道のりなんだな。

「あそこに行けるような、強くて純粋な女は、お前しかいねぇんだ、ラン。魔法だって、モノにできてるし、熱意だって本物だ」

「はい。会いに行きたいです」

 空を飛ぶユニコーンに。

「よし、分かった。いいぞ。お供をつけてやる」

「ありがとうございます」

 やったー! 行ける!

「では、そのお供は、俺ら水隊に!」

「お任せを!」

 マムくんとクレームくんも、興奮気味のようだ。

「悪ぃが、今回はお前らじゃなくて、違う隊のやつらにしようと思う」

「えー!」

「なんでですか」

「ランには、お前ら以外とも打ち解けて欲しいってのもあンだけど、より冒険のプロと一緒にいた方が安心だしな」

 二人と行けないのは心寂しいけど、虎隆さんにそこまで思ってもらえているのは嬉しかった。

「ありがとうございます」

「もちろん、モモも行くよ! モモの“うたっち”で、危険を察知できるよ」

 うたっち? なにそれ、可愛い。

「そりゃあ、うさぎに備わる、防衛の習性だな。獣の勘てのは的確なこと多いからな。いいぞ」

「へへん♪」

 やっぱモモちゃんは可愛い。

 その後、虎隆さんは、土隊の隊長、副隊長の二人を呼び出した。

 隊長のカクタスさんと、福隊長のラブラさん。

 カクタスさんは、入ってきて早々、ゲっとなぜか眉を潜めた、

「……なんでテメェがいんだよ」

 すっごい嫌そうだ。

「よぉ、冒険のプロさん。相変わらず、ツンツンしてんね」

 マムくんは、いつもよりも陽気な感じで話しかけた。

「うっせぇ! テメェのせいだ」

 カクタスさんは、不機嫌な顔で、そっぽを向いた。

「虎隆さん、任務とは何ですか」

 かわりにラブラさんが口を開いた。

「ランが、ユニコーンとこに行くから、その護衛役だ」

「神秘の森のですか」

「ああ、そうだ」

「確かに、コイツなら、可能性は高い」

 冒険のプロと呼ばれるだけあってか、色々と物知りのようだ。

「俺もその旅、行くかんな!」

「虎隆さんも行くんですか!?」

「ああ。俺も会いたいし」

「というか、男の人が同伴だと、会える可能性が下がるのでは?」

「分かんねぇよ? 逆のパターンもあるかもしれねーじゃん。純潔の少女と同伴していれば、男でも会えるって可能性もあンじゃん」

 言われてみればそうだが、前者の方がパーセントの数字は高い気がする。

「こりゃあ、賭けだな!」

 虎隆さんはまるで、好奇心旺盛のわんぱく少年みたいだと思った。


 旅の準備をしていた。レインホークから、神秘の森まで行くには、最短で丸2日はかかるとか。

 前々から用意してもらっていた、冒険者らしく、女の子らしい軽装に衣装チェンジする。母神ミルザ様に頂いた、赤いベレー帽と、鞄も忘れない。鞄の中には、マムくんが用意してくれた、二日分の水筒とお弁当を入れた。ミルザ様に頂いた画材類も、大国から持ってきた『泣いた青鬼』の絵本も、置いていく。

 大筆を装着し、完璧だな。

「ランちゃん、準備できたー?」

 外から、ラブラさんが呼んでいる。ちょうどのタイミングだ。

「出来ましたー。いこっか、モモちゃん」

「うん!」

 モモちゃんは、私の頭に登った。

 私は、ブーツを履いて、家を出る。

 外には、ラブラさんと、カクタスさんも素っ気なく腕を組んでいた。

「行くぞ」

「はいっ」

 素っ気ない人だと思っていたが、実は頼れる人だったりするのかもしれない。

「マジック=【シャドーポケット】・“バナナトースト”!」

 ラブラさんは、魔法の言葉を唱えた。……バナナトーストって何だ。

 すると、ラブラさんの影がぐーっと伸びて大きくなって、そこから、一頭の狼が出てきた。ラブラさんよりも大きく、額には細く長いツノが生えていた。

「“シャドーポケット”ね。属性関係なく使える日常魔法の一つで、名前を与えた魔物を影にしまうことができるの」

「それって何体まで?」

「三体までよ」

「各隊の隊長、副隊長の必需品のユニコーン・ウルフだ。こいつの個体名は、“バナナトースト”。俺の好きな食べ物からとった」

 なるほど、そういうことか。イカつい見た目とは裏腹の可愛らしい名前だ。

「俺らも当然、持ってるよ。ユニコーン・ウルフ」

「個体名は、“スパゲッティ”と“コロッケ”。俺はスパゲッティが好きなんだ。トマトソースのね!」

「俺も、コロッケが好きなんだ。ムーちんの作ったコロッケは最高なんだぜ〜」

 見送りに来た、マムくんとクレームくんも口々に言った。一種の流行りなのだろうか。

 カクタスさんも、自身の狼を出し、早々に飛び乗った。

「ラン、お前は、ラブラのやつに乗れ」

 と、冷ややかに命を下した。

「隊長が乗せてやればいいだろー!」

 マムくんは、猛反発。

「うるせぇ! ……俺はあいつみてぇに甘くねぇからな」

 感じで分かります。しかし、マムくんの新しい一面が見れた。こんなアグレッシブに攻撃するんだな。

「もっと、人に優しくしてやれよ!! カクのナルシス……」

 その瞬間、マムくんの頭上に、漬物石のような大きさの岩石が落ちてきた。

「トはっ!」

 マムくんはそのまま倒れた。クレームくんは、すっと腰を落として、マムくんの頭に手を置いた。

「行くぞ」

 まったく、淡白な人だ。マムくんの頭に石をぶつけるなんて。

「二人はいつもこんな感じだよ。めっちゃ仲悪い」

「どっちもどっちって感じね」

 モモちゃんは、呆れた様子で言った。 

「いってらっしゃーい。帰ってきたら、皆の好きなもの用意しておくから!」

 クレームくんが挨拶に、手を振りながらそう言った。ラブラさんは、振り返って、手を振り返した。この二人は仲良いみたいだ。

 虎隆さんとも合流し、いざ出発!

 町の皆が、総出で見送りに出てきていた。主将が村を離れるからか。

 手を振る皆に、私も手を振った。


 狼の足は速い。レインホークを出て早々に森を抜け、山岳地帯に入った。これは、神秘の森まで、二日もかからないのではないかと思った。

「あのラブラさん」

「ん?」

「ラブラさんとカクタスさんは、どんな関係ですか?」

「タメ口でいいよ。俺ら歳近いっぽいし」

「俺はね、カクタスさんに忠誠誓ってんだよ。めちゃくちゃカッケェんだ。——いつもは、ポーカーフェイスで、あまり表情は変わらないんだけど、カリスマ性パネェし。特に、こういう冒険に出ると、マジで頼れてカッケェし、マジで一生、ついていくって決めてんだ!」

 ラブラくんは、それからも、熱く、熱く、物を語りまくった。まるで、推しを語る熱狂的ファンそのものだ。

「はぁ〜。カクタスさん、マジ最高〜」

 私からは見えないが、彼は今、目をキラキラと輝かせているに違いない。

「マムとクレームとは、またひとつ違った関係性だよな」

 虎隆さんが言う。そうかもしれない。マムくんとクレームくんは、親密な家族のような関係。カクタスさんとラブラくんは、主従の関係……もしくは、アイドルとそのファンみたいな関係か。

 しかし、どちらとも互いに信頼し合ってるようで、素敵だと思う。

 いつも通りの晴れた空。山脈に囲まれた盆地のエリアを走行していた。

 そこは、自由奔放に伸びまくっている、草むらの中。ちらほら、お花も咲いているのを見つけた。

 蒼々あおあおとした匂いが立ち込める。向かい風を突き破って、進んでいく。狼たちは、ビュンビュン飛ばして、新たな道を作っていった。

 モモちゃんは、私の頭の上で、ピンとうたっちをして、警戒していた。まあ、無理もない。周囲は草むら。何が飛び出してくるか分からない。RPGゲームの冒険者も、実際はこういう緊張感が走っていたのかもしれない。

 

『お前は、帰れよ』


 私の脳裏に過ぎった。


『お前なんて、とっとと帰れ』


『お前なんかが行っていいトコじゃねぇんだよ』


 聞き覚えのない、誰が言ったのかも不明な、罵倒の言葉が次々に響いてくる。

 それらは次第に刃物に変わって、脳裏中を傷つけまくる。

 傷から流れた血流が、心にまで流れ込んで、気持ちの面でも大混乱。


『帰れ』『帰れ』『帰れ』『帰れ』


 煽りコールの如く、浴びせられる「帰れ」という言葉。

 苦しい。頭も心も痛くて、重くて、吐いてしまいたい。

「ラン、どうした?」

 私の異変に気づいた虎隆さんが、声をかけた。しかし、応答する余裕など無かった。

 虎隆さんの呼びかけで、ラブラくんとカクタスさんも、私の方を振り返った。

「ランちゃん、大丈夫か?」

「ラン……またあれが来たの」

 そう。モモちゃんの言う通り、実は、この症状が起こったのは、今回が初めてではなかった。

 村にいた頃でも、気まぐれに起きていた。寝てる時が一番多いかな。よく悪夢にうなされる。日中でも、魔法の修行に出ている時や、昼食後にも、起きたことがあった。

 モモちゃんや、マムくん、クレームくんがいつも一緒に居てくれるから、そういうことが起きても、すぐに対処してくれた。

 今は、二人はいない。小さく気がかりに思っていたことが起こってしまった。

 原因はとっくに分かってる。夢魔ムマメアーだ。悪魔の一人。やたらと私に絡んでくる。

 今回は、何の目的だよ、メアー!

 

『ナニって、いまぜっこうのオアソビびよりじゃんかー。それをみすみすとのがすノ、ぜったいイヤなんだワー、オレ』

 

 お遊びって何よ。


『そりゃあ、キミをつかったアソビだヨ。キミののーないをめちゃくちゃにして、くるわせて、まわりのヤツラもメイワクこうむって。そのアリサマがおもしろくて、そそられル。オレのさいきんのシュミだから、じゃますんナヨ』


 イカれた趣味だこと。


『さあ、いっちゃいナ。「かえりたい」って。いーたくて、いーたくて、しかたネーんだロ?』


『いっちゃえヨ。あのコにあいたいんだロ? いっちゃwヨ。「かえりたい」って』


 本当にそう思う。「帰りたい」って。町に帰りたい。マムくんに会いたい。馴染みのある景色に、彼の大海のような優しさに、浸っていたい。そんな思いに囚われて、苦しい。


『だったラ、いっちゃエ』


 言わないよ。


 

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