2章:ユニコーンに会う旅編
Devils threat
「ああ、クソっ! 忌々しいガキめ! 忌々しいガキめ!!」
魔王ブルーザは、酷く腹を立てていた。
「この俺に、ずうずうしい口、叩きやがって!!」
「俺も同じ気持ちですよ。あのガキも、そいつが大事にしているというモンも、早々に潰してやりやすよ。不幸に不幸を重ねて、重ねて、重ねて、重ねて、重ねて、重ねて、重ねてよぉ!」
「ネェ、バッドちゃん、そのコってさ、ちょっとまえに、オレがあそんであげたコじゃネーノ?」
イヤらしく色っぽい声の、エロティックな格好をしている男は、
「ウッセェ、知るか、バカ!」
「マアマア、オチツキナヨ、バッド。シッテルヨ、ハデにアバレテタネ」
下肢にうねうねと動く触手を生やし、頭部に二本のツノのようなものがついた、妙な生物、
「デ、ソノコハ、ドウスンノ?」
「当然、潰すに決まってんだろ?」
「ソれも、そのコがいちばんクルシむヤリかたでネ」
その様子をじっくりみているのは、明らかにだらけきった様子でチップスを食っている男、
「あー、めんど」
パリッ。
闇エルフと戦った日の、夜遅くの時間帯に、モモちゃんの体を通して、
『
「はい、とっても楽しいです」
『それは、よかったわ』
「用件ていうのは、魔王のことですか」
『そうよ。昼間の戦いで、あなたのお仲間が、ダークエルフを通し、厄魔バッド、そして魔王ブルーザに
「は、はい」
『ブルーザもバッドも、傲慢で短気だから、今頃カンカンに怒っているわね』
「……それって、ヤバいですか」
『ええ、すごく』
うぅ……はっきりと言われた。私からすれば、カッコいいの極まりなんだけど、向こうからすれば、怒り案件。これはマズい。
「魔王の強さって、どれくらいなんですかね?」
『ブルーザは、闇に堕ちた、私の姿だと思ってくれるのが分かりやすいかしらね』
「要は、ミルザ様と同等の力を持っているということ。自分の思うがままに、世界を動かしたり、生物の命を生かしたり、殺したり」
マムくんが、補足で説明してくれた。
『魔王は動かなくても、幹部の悪魔たちが動くことも十分考えられるわ、その場合でも、非常に危険よ』
「悪魔って、どんなのがいるんですか?」
『幹部の悪魔の数は、全部で四体。
厄魔バッド。他者に不運呼び起こす力を持つ。虫を引き寄せたり、石につまずかせたりといった軽度のものから、雷のを直撃させたり、地を沈めて落としたりと、命を奪うようなものまであるわ』
マムくんが刺される前の、あの虫は、これの仕業だったんだな。姑息なやつだ。
『夢魔メアー。他者の夢の中や脳内に忍び込んで、悪夢を見させたり、暗示をかけたりする。暗示も、悪いことばかり吹き込んで、ときに人を狂気に
私にも? けれど、思い当たる節はあった。ここレインホークに来たばかりの夜や、あとそれより前の、オオカミの群れに襲われていた時。無能だとか、そういうのを吹き込まれて、苦しかった。あれは、あの悪魔の仕業?
『それについては、すでに私たちの方で対処しているけれど、また仕掛けてくることもあり得るわ』
「対処って?」
『私の側近の神たちの中に、悪い夢や思い込みを食べてくれる、
夢神バクさん、あのときに会っていないだけか。心強い情報をありがとうございます。
『触魔テンテコ。下肢に生える触手を、壁や床など、どこからでも生やすことができる。さらにその触手は、自在に伸ばしたり、太くできたりする。主に、他者を拘束するのに使うことが多いわね』
何その、想像しただけで、身震いするような気味悪い能力は。「下肢に生える触手」……って、その悪魔は、タコかクラゲ人間だったりするのかな。
『疫魔センダー。あらゆる病原体を操り、病を引き起こす。植物を枯らしたり、動物の命を奪ったりする』
これが一番恐ろしい力かもしれない。
『どれも人を容易く殺すことができるから、気をつけてね。私たちも手を貸すから、何かあったらいつでも呼んで』
「はい。ありがとうございます」
『では、またね』
ミルザ様との通信が途絶えた。
「そういうことよ♪」
モモちゃんは、素のモモちゃんへと戻った。
「……で」
するとモモちゃんは、まっすぐマムくんの方向に飛び跳ねると——
「まった、モモちゃん!」
危機一髪のところで、モモちゃんを捕獲した。マムくんの顔に蹴りでも入れられる前に。
「このアンポンタン! なに魔王にケンカ売ってんのよ!」
これで怒りはおさまらず、エアにキックを入れまくる。
「ごめん、でも、ランちゃんや町のみんなに危害を加えようとする存在は、見過ごせない」
「でも、これでランに何かあったら、どうするの!」
「約束するよ。ランちゃんは、俺が絶対に守る!」
怒るモモちゃんに、マムくんはキッパリと言った。
「じゃあ、もし、それが守れなかったら、ただじゃおかないわ」
「モモちゃん……」
「わかった」
「当然、俺だってそうさ、ランちゃんに手出しはさせねぇぜ」
胸の奥がジーンと揺らいだ。みんな、私のことを思ってくれている。嬉しい。ありがたい。でも、守ってもらうだけじゃ、自分の命は守れないだろう。私自身も、強くならないと。
こうして、自分の持つ能力を、もっとパワーアップさせる修行を行うことを決意したのだった。
町からけっこう離れた、大森林の中。
ここで、より厳しい修行を行う。モモちゃんも一緒だ。
(赤——血——【
まがまがしい、血と肉の臭いを四方八方に放った。これで、魔物とか猛獣などを
お、さっそく、お出ましだ。身を引き締める。
茂みの中から現れたのは——丸くてぷるぷるした、謎の生物。
「スライムね」
これは予想外だった。もっと獰猛な魔物や獣なんかがでてくると思った。
「スライムは、魔法能力を持たないけれど、体の硬さを調節できて、強烈な打撃攻撃をしてくるの」
「侮れないね」
丸くてぷるぷるの可愛らしい生物だが、ここの世界の鉄則は弱肉強食だ。レベルアップのための、糧となってくれ。
(青——氷——【
スライムの上空に、無数の氷の矢尻のようなものを作り、勢いよく降らせた。
しかし、スライムは、形が崩れただけで、倒れてはいなかった。もしかしてスライムには、鋭い攻撃は効かない?
潰れたぐずぐずなゼリーは、場所を移動し、再生した。
じゃあ、次。
(紫——毒——【
紫色で作った、お洒落な
蝶はスライムのすぐ上を飛び回り、パラパラと鱗粉を落とす。落とした鱗粉にふれた、スライムのぷるぷる肌は、シューっと煙を上げて、溶けていく。
仕舞いには、またぐずぐずに形を崩して、もう動く気配は無かった。
「よし、まず一体目」
だが、気を抜いては居られない。臭いの効果はまだ続いている。
決して鋭くないが、集中して耳を研ぎ澄ませる。
来た。こちらに向かってくる音。ドシン、ドシンと、これは、かなりデカイものかも。音のした方を向き、ちょいと距離を取る。
現れたのは、デッカいデッカいクモの魔物。全体的に薄い緑色をして、目玉は青。
これには、怯まずにはいられない。
「ジャイアントタランチュラ。風属性のものね」
「風属性……」
魔法が使えるのか。
タランチュラは、私を見つけると、即座に攻撃に出た。風を緑に染め、こちらに次々と飛ばしてきた。
(【
連想することなく、ダイレクトに技を繰り出した。下から、淡い青の水が勢いよく吹き出してきて、私の体を大きく持ち上げ、上空に打ち上げた。
恐怖心を押さえて殺し、タランチュラに、次なる技を繰り出す。
(赤——炎——【
赤で炎を現し、膝丈のドレスの、踊る女の子の形を作った。その女の子の炎を、筆をタクトのように動かす。彼女の足跡は、火の海だ。
そのままタランチュラに体当たり。タランチュラは、炎に包まれた。
さてどうしよう。何か、クッションとなるものを用意するか。こう、モチモチっとしたもの——お
(白——もち——【モチモチおもち】!)
すると、巨大な丸いおもちが、でーんと出現した。そこにもちっと落ちて、無事だった。
おもちを消去する。火の海は消滅していた。タランチュラの焼き跡は残っていた。
一旦、血肉の臭いも消去して、倒したものを片付けよう。
ここで、思いついた技の中でも、特に気に入ったものを使用するとしますか。
「出でよ! 【サボテンマンズ】!」
緑の魔法の一つ、四肢の生えたサボテン——大きさは私の二分の一程度の、二頭身……いや、一頭身の小人さんだ。これをいくつも出現させる。
「さぼ」「さぼさぼ」「さぼさぼさぼ」
「おお! 新しい生物が誕生したね」
「可愛い♡」
このサボテンマンたちに、スライムやタランチュラの亡き骸を回収し、町へ持っていってもらう。そんで何かしら、有効に活用してもらおう。
さて。
(緑——回復——【
回復魔法で、体力を回復し、再び血肉の臭いを放った。今度はいっぺんに複数体現れた。
(黄色——雷——【
皆の頭上に雷を落とし、一気に片付けた。
しかし、また次から次へとモンスターが現れる。色の魔法を駆使して、一つ一つの状況に対処していく。
これで、今日のところは終わりにしよう。
血肉の臭いを消して、残った魔物たちも倒した。そして、サボテンマンたちに回収してもらう。
よし、帰るとするか。
「……ちょっと待って、ラン」
私の頭の上に立つモモちゃんが、緊迫した様子で言った。
「モモちゃん、どうしたの」
「来るよ! デッカいのが、何体も!」
嘘!? 臭いはもう、消したはずだ。
「それも前の方から」
前から?
「サボー!」
サボテンマンたちの、けたたましい悲鳴が聞こえた。
レインホークのある方向からだ。一体、何が出てくるの?
私は構えて、後退りした。
出てきたのは、二足で歩く、シルバーカラーの巨大な
「があああああああああああ!!」
あの群れの大将らしい一体が、威嚇するように、大きく鳴き声をあげた。
「何コレ! 群れた熊なんて、異常よ!」
モモちゃんも、驚愕の様子だ。
目を赤く光らせて、凶暴化でもしているらしい。このあいだのエルフを思い出す。まさか。
でも、まずは、倒すことを考えよう。
しかし、私はさっきの威嚇に、あの凶暴な赤い目に、まんまとハマって震えあがっていた。手もガクガク震えるし、頭も真っ白になって、働かなくなってしまった。こうなってしまうと、終わりだ。
「【大噴水】!」
私は
それから、冷静を取り戻す。
「黄色—— !」
技を繰りそうとした時、目の前に熊がいた。熊も飛んだのか?
熊は、腕を大きく振り
ヤバい。
そう思った瞬間、熊の頭はスパッと斬られ、下に消えた。
熊の動きも止まり、体も下へと落ちていく。
私とモモちゃんも一緒にだ。
しかし、私とモモちゃんは、落ちる途中で、キャッチされた。
それは、飛んでいる何かの上に。
目を開くと、マムくんの顔があった。強くて優しい微笑み。
「よお、プリンセス」
「マムくん……」
「ラン殿、お怪我はないか」
「は、はい」
乗っているのは、大きな大きな鷹だった。声からして、ヌクレオさんだ。
「ランちゃーん、大丈夫!?」
クレームくんも、別の大鷹に乗って、後をついてきていた。
「ご無事のようで、よかったです」
あの大鷹は、チドちゃんだ。水隊と風隊の隊長、副隊長が来て、助けてもらえた。
ほっと安心する間も刹那で、残りの熊たちも一斉に飛びかかってきた。
「ここはわたくしにお任せを」
「任せた、チド」
「暴風=【
緑に染まった、斬撃の風を乱雑に繰り出した。風属性の操る風は、緑色なんだな。
熊たちの体のあちこちに傷をつけた。熊たちは、皆、苦しむ様子は見られなかたが、体にかなりのダメージが入ったのは確か。まるで魂でも抜かれたかのように、気をなくし、そのまま落ちていった。
そして、残った全員の熊も飛びかかってきた。
私たちの方と、クレームくんたちの方の二手に分かれた。
「今度は俺たちが!」
「ランちゃんも一緒にやろうぜ」
私も!? それなら、青の魔法の必殺奥義を披露するとしよう。
「青——宇宙——【
それは、青い空の果てにある宇宙。海底よりも、もっともっと大きなところ。定めた対象を宇宙空間に閉じ込める。そんな幻想を見せるのだ。空気も生命も一切存在しないような場所は、さぞかし孤独に苛まれて、戦うなんて意欲も覚めて沸かないだろう。
宇宙の幻想を見せた熊たちは、ぴたりと動かなくなって、ぼとりぼとりと落下していく。
そこに、水隊の二人が
「「ウォーター=シャークバースト」」
共に伸ばした両手から、水で形作った小型の鮫を連続で発射。すべて熊に直撃させた。
「やった?」
「仕留めた?」
「たぶん。今回はより強力にしたからな」
「俺のやつもな」
下に降りて見てみると、不審なことに熊の体の色が変わっていた。シルバーカラーだったのが、茶色い普通の熊。
「やっぱり、魔族の仕業……」
「この前のエルフ見たいな感じ?」
「うん、でもこれは、普通の熊を闇化させて、操っていたみたい」
熊たちは皆、びくともしない。
複雑な気持ちが渦巻いた。この熊たちは魔族の誰かに操られて、戦わされていた。倒したのは自分たち。慈悲の心など拭い捨てよう。この世界の鉄則は弱肉強食。今回は別に、魔族への怒りは沸かない。私だって、個人的な都合で生き物をたくさん仕留めた。
「緑——サボテン——【サボテンマン】」
サボテンマンたちに、倒した熊たちを全部、レインホークの町へ運んだ。
突然、大量の熊が運び込まれて、町のみんなは驚いていた。
「なんだよ、この熊」
騒ぎに駆けつけた
「私の魔法の修行で倒したのを持って帰ってきました。せっかくだから、有効に活用してもらいたいなと思って」
「んじゃ今日の晩飯は、熊肉パーティーだな。マム、頼むぞ」
「了解っす!」
今晩の夕飯は、洋風の煮込み料理だ。熊肉の。
熊肉なんて、初めて食べる。
「ムーちんの
「おはこ?」
「ヒューマン大国じゃ、熊肉は普通に市場に並んでんだよな。だから、日常的に食卓に並ぶんだ」
「そうなんだ」
前の世界では、熊肉なんて全然並んでいなかったから、意外だ。
「大国に住んでたころは、よく母さんに教えてもらったんだ」
それを言った後、マムくんはどこか苦い顔をしていた。でもすぐに、ハッと何かを思い出したような表情に変わった。
「そういや、モモちゃんは食べれる? 今日、めっちゃ肉料理だけど」
そういえばそうだ。今は、人間の姿で席についている。見てみると、あからさまに気分を落としていた。
「……だ、大丈夫? モモちゃん」
「だ、大丈夫、大丈夫。モモはいま、人間だからね。こんくらいの肉なんて平気だよ……」
とは言うが、全身から“無理です”オーラが漂っている。
いくら人間になって、肉も食べられるようになっても、草食動物のうさぎであるモモちゃんは、肉は好まないのだろう。
「無理しないでいいよ!」
「りんごあるから、それでサラダ作ってあげるよ」
マムくんがそう言うと、モモちゃんは一瞬にして目を輝かせた。
「ホントー!!」
モモちゃんは、りんごが大好きだ。
熊肉料理のかわりに、モモちゃん専用のりんごサラダを用意してくれた。
「わーい! りんごだー」
「ありがとう、マムくん」
「こんくらい、お安い御用だよ」
カッコいいなー、これが母なる器だなー。
さてと、そんな母の味を、いただきます!
初めて食べる熊の肉は、ガッシリとした豪快な厚みと旨み。スパイスや、洋の香りが鼻を抜けた。
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