Crisis of life
そして、引っこ抜くと、マムくんはそのまま倒れた。
「マムくん!!」「ムーちん!!」
闇エルフのモノクロの左手は、真っ赤に染まっていた。赤はポタポタ滴っていた。
私とクレームくんは、一目散に走った。私は、マムくんのところへ、クレームくんは、闇エルフの方へ。
「テメェ!! よくも!!」
クレームくんは、闇エルフに、攻撃を吹っかけた。
「ランちゃん、回復魔法は使えるか!」
「た、たぶん」
「俺がこいつの相手してるから、回復を頼む!」
「は、はい」
回復魔法……緑のイメージがある。これでできるか。一考の余地はない、すぐにやってみる。
呼吸を整える。
そして、筆ではなく、手の平を近づける。
(緑——回復——【
手の平から、癒し緑の、円盤状の光線が放たれた。UFOから放たれる光線みたいなものをイメージした。
しかし、これ効果ある?
「ランちゃん、手ぇもっと近づけて!」
クレームくんに言われて、傷に触れるかぐらいの至近距離まで手の平を近づけた。すると、みるみるうちに、傷が塞がって、元通りになった。
虫の息だった呼吸も、一気に吹き返した。
よかった! 死ななかった!
でも安静にしていて欲しいから、紫の睡眠魔法をかけた。
「クレームくん! マムくん、回復したよ!」
苦戦ながらも、必死に相手をするクレームくんに、そう叫ぶと、彼は安堵の表情を見せて、後退した。
「誰が下がっていいと言ったんだ」
闇エルフは、また背後に回り込み、こう口にした。
危ない! またやられる!
そう思った瞬間、闇エルフは一瞬にして吹っ飛び、森の奥へと消えた。
代わりに立っていたのは、
「すまねぇ、ちいと遅れたな。大丈夫か」
大きな安心感に包まれた。強き総大将が来てくれた。
「マムは」
「あ、えっと、ついさっきまで致命傷を負わされてたんですが、全回復しました」
「そうか、ランが回復させたのか?」
「は、はい。……命じられてですが」
ギリギリのところで救われたクレームくんは、張り詰めた気が抜けて、ぺたんと座りこんだ。
「……助かった」
そして、地を
「わ〜ん、よかった……よかったぁ〜、ムーちん!」
心底から湧き出る、安堵の気持ちが、溜まりに溜まった悲痛の塊を、爽快に消し飛ばした。それだけでは止まらずに、親愛なる兄弟の胸に突っ伏して、力いっぱい解き放った。
その頭に、虎隆さんがポンと手を置いた。
「クレーム、お前よくランとマムを守ってくれたな。ありがとう」
たしかに。マムくんがやられてしまったとき、咄嗟の判断で、自分が応戦することを決めた。勝算はあっただろうか。自分だって、同じ目に遭うかもしれないのに。あのクレームくんの姿はカッコよかった。
「ありがとう、クレームくん」
君は私の、命の恩人だ。
「おーい、ラン〜」
声がしたので、後ろを振り返ると、モモちゃんや他の隊の隊長さんたちがやってきた。
モモちゃんは、私のもとへ近づくと、ぎゅーっとハグをした。
「モモちゃん、あのエルフの大群、全部やっつけたの?」
「うん、みんなが来てくれたおかげでね」
そこへ、イナさんとチドさんもよってきた。
「あの紫の光線、ランが出したやつなんだってな」
「あれのおかげで、わたくしたちは駆けつけられたんです」
「ランもいろいろ、大活躍だな。でかしたぞ」
虎隆さんは、にっと歯を見せて笑った。
ええっ、そんな。私はただ、怯んで逃げてきただけ。
「私はべつに大したことはしてませんよ」
「でも結果的に、大したことになってんだから、それでいいじゃねーか」
お前は、超有能なお姫様だ。ラン。
その言葉を聞いて、私は瞳をきらりと光らせた。
星が瞬く夜の下、マムくん宅の縁側にて、まるでドームに映した映像のような、満天の星空を見上げていた。
モモちゃんは、私のすぐ隣で、うさぎの姿で眠っている。
「ランちゃん」
マムくんだ。あの後、すぐに目を覚ました。
そして、事が終わると、早々に夕飯作りに入った。
魔法で回復したとはいえ、命を失いかけたばかりなのだから、もう少しゆっくりしていればいいのに。と言うと、「平気、平気! ランちゃんからもらった炎で、じっとなんかしてられねーよ!」と、満面の笑みをみせた。その笑顔に押されてしまったが、青色の力で、その炎を消してしまおうかとも考えた。結局、やんなかったけど。
晩になって、ダストホークのみんなや、町の人たちとともに、食卓を囲った。今晩の夕食はおでんだ。またもや、日本食である。しかし、具材は、大根、卵、こんにゃく、巾着の定番ものもある一方で、人参、ロールキャベツ、ガッツリとしたお肉の「洋」の要素も入っていた。彩り鮮やかで、人参はお花の形をしていて、可愛らしい。
こりゃあ、ずいぶんとたくさんの仕事をしていますなぁ。
隣同士で座ったイナさん曰く、マムくんが気合を入れて作る夕飯は、煮込み料理がでてくることが多いそうだ。まさに、手の込んだ母の味。
ちなみに、人間の姿になれば、肉食獣でも野菜が食べられるようになるんだとか。けれど、好物は大抵、お肉だそうだ。
このおでんも、具材の一つ一つを丁寧に仕上げていて、本当に手が込まれていた。
優しい風味のだし汁がじゅわっと染みていて、それを噛み締めるたびに、心にもジーンと染み渡る。ホカホカの温かさはまるで、母の抱擁のようだ。——あのときの、マムくんによる優しい抱擁を思い出す——彼のお母さんみたいな優しさが、詰まっている。
「うん、うめーな。マムが気ぃ入ってるだけはあるな」
「うん、すごくおいしい」
美味しい。心が温まる。ほっとひと息ついて、安らぐことができる。こっちの世界に転生してから、そういうのにさらされることが多くある。逆にいえば、前の世界では、少なかった。
私の両親は共働きで、どちらにも、子どもや家庭の面倒をみる余裕はあまりない。四つ上の姉は、優等生で、学校の部活や塾、その他習い事で、毎日多忙だった。
だから、家族で食卓囲うなんてことも全然なくて、私だけのひとりぼっちで食べることも日常だった。
学校でも、家でも、皆から無能呼ばわりされていた私には、心安らぐ場所などどこにもなかった。
それ故なのか、この世界で誰かの優しさにふれるたびに、それが心にとても響く。特に、マムくんの“母の愛”は、泣きたくなってしまうほど強烈に響くのだ。
満天の星空の下、実質、マムくんと二人きりで座っていた。
「今日は、本当にありがとう。ランちゃんが救ってくれたから、今こうして生きていられるんだよ」
「あ……いや、あれはね、クレームくんが咄嗟に指示を出してくれて、敵を引き付けてくれたからで、すごいのはクレームくんだよ!」
「それ、クレにも似たようなこと言われたよ。まったく、もっと素直に喜べないのかねぇ」
たしかに、素直に喜べなかった。今日の一件で、みんなから大いに賞賛されたときも、私は別に凄くもなくて、大したことはしていないと、素直に認められなかった。認めてしまうのは、なんだかいけないことだと強く感じた。
なんでだろうな、嬉しいなら、ちゃんと嬉しいと思えばいいのにな。せっかく、念願の有能だと誰かから言われたのに、なんだか自分には似合わないって、罪悪感が漂った。
素直に喜んでもいいはずなのになぁ。
「ねぇ、マムくん」
「ん?」
「私ね、虎隆さんみたいに、別の世界で死んで、こっちの世界にやってきた、転生者なんだよ」
「え! そうなんだ」
「うん」
「どうして、死んじゃったの?」
「自殺」
「え……」
マムくんの顔は、急激に青ざめた。
「なんで……」
「私、無能だったから。親を含めて、まわりの皆から、毎日のように無能って言われ続けてて、苦しかった」
今、思い出しても、辛い日々だった。
「私の親は、教育熱心で厳しくて、小さい頃から勉強、勉強で、幼稚園もエリートのところでさ。本当は小学校、中学校もエリートのところを望んでたけど、受けた入学試験、全部落ちて、普通のところに入ることになって、落胆された」
そこから、無能だ、馬鹿だとか言われて、強く当たられるようになった。
「お姉ちゃんが一人いるんだけど、お姉ちゃんはずっと優秀で、エリート学校の試験にも受かるし、テストの点もいつも満点近くて、まさに親の理想そのもので。私は真逆の、いつものテストの悪くてさ、成績もいつも悪い」
まさに親の理想を大いにぶち壊している。
「比べられて、お前はダメだっていわれる」
それが日常茶飯事なことだったから、自信なんてつくわけがない。
「私は本当に何もできなくて、無能だった」
「ねぇ、ランちゃん」
「ん?」
「ランちゃんには、何か好きなこととか、勉強以外になかったの?」
「あったよ。絵と色と本」
「あー」
「現実はいつだって辛かったから。絵描いてるときや、本読んでるときは、辛い現実から離れることができたから、それが唯一の心の拠り所だった」
本では、とくに好きなのが、かの有名なアニメ映画シリーズのプリンセスが出てくる文庫小説だ。物語のなかで、困難に見舞われながらも、強く生きようとする、華麗なヒロインたちの姿は、憧れるし、勇気をもらう。
「絵は、大好きなプリンセスとか、ファンタジーなものを描くのが好きだった。人魚や妖精、ユニコーンとか! 空想上の綺麗な生物をよく描いてた。そんでそういう生物に出会えたらなーって、空想もしてた」
「ふうん」
「でね、絵描く時には、必ず色もつけてたんだ。その方が、彩り鮮やかでより素敵になるんだ。で、そしたら、なんで色をつけるだけで、こんなに綺麗になるんだろうなって気になったんだ。それから色に興味をが湧いたんだ」
そして、最寄りの図書館に行って、色に関する本をたくさん読んだ。色彩の心理学の本から、さまざまな色の名前がのった色の辞典などの、隅から隅まで読んで、その知識を身に付けた。
「いつも無理やり押し付けられている勉強なんかよりも、色の勉強をする方がずっと楽しいし、好きだった」
「それで色の魔法にしたんだね」
「うん、そう。私の空想で描いていたことが、一つ本物になって嬉しいの」
「そうやって喜んでるランちゃん、とっても魅力的だよ」
「へ?」
「別にランちゃんは、無能ってわけじゃないんじゃない。持っている興味関心が、周りの人たちとは少し違うだけでさ」
「そうかな」
「俺は、そう思うよ。ヒューマン大国から捨てられて、この町に来る人の中には、子どもも結構いるんだよな。その子どもの大抵は、学校で落ちこぼれていたり、周りから疎まれてたりする。でも、必ずしも堕落してたり、能が全くないわけでもなかったりするんだ」
学校で習う勉強ではない、別の何かに熱中して、それで、学校成績が悪くて、不用品として、捨てられてしまう。
「なんだか、もったいないよね」
「うん、すごいもったいないことしてるね」
「レインホーク《この町》じゃ、何の縛りもないから、みんな好きにやってるよ。虎隆さんのおかげで親交の深い、リザードマンてトカゲの種族の王国に行けば、ヒューマン王国並に発展してるから、どんなことでも勉強しほうだい」
「色の勉強もできるのかな!」
「たぶんね。要望があれば、ダストホークの誰かのお供付きで、旅に出ることもできるよ」
「手厚いんだね!」
「結果的に、伸ばしまくった子どもの能力が、レインホークにとって、有益なものになるんだよな」
「へぇー!」
「だから、ランちゃんの持つ、色の知識だって、必ずみんなの役に立てるよ。レインホークじゃ、何でも好きにしていいんだからさ」
自由なんだなぁ。こういうのを私は、どれほど憧れたことであろうか。
「……じゃあ、私は、レインホークだけじゃなくて、この世界を彩る、勇敢なプリンセスになりたいな」
「その意気だ。そんなら、俺はそのプリンスになってやる」
「え」
えーーーーっ! 今、何を言った?
「プリンセスに、プリンスはつきものだろ」
それはそうだが、そんなすんなりと何を言う! まったく。
「あ、そういえばさ」
「ん? 何」
「マムくんは、どうしてレインホークにいるの?」
気になっていた。働き者で、明るく笑う、魅力たっぷりのマムくんが、どうして捨てられるのか。
するとマムくんは、暗く俯いた。
気に障ることを聞いてしまったかな。
「……あの……マムくんみたいな素敵な人がさ、捨てられるって、何かよほどの何かとかあったのかなって……」
「うん、まあ、いろいろあったんだよ」
いろいろあったのか。
「さっきランちゃんが言ってた、人魚、妖精、ユニコーン、この世界には全部いるよ」
「え、ホント!? 全部いるの?」
「いるよ。特に、人魚なんか虎隆さんとめっちゃ仲良いんだぜ? 妖精とも会ったことあるって言ってたな」
「ユニコーンとも?」
「いや、ユニコーンは唯一会ったことがないんだ」
「珍しいの?」
「そうだな、ユニコーンは、心の優しい少女を好んで、気配を感知するとその少女の前に姿を現して、すぐに懐くと言われてるってな。つまり、男じゃダメってこと。ランちゃんなら会えるってことだ」
「会ってみたいなー」
「行ってみよ。生息地自体は、分かってるからさ」
「私、その前にちょっと準備したいことがあるからさ、それ終わったら行こうよ」
「いいよ!」
空想上の憧れの存在であるユニコーン。実際のって、どんな感じだろうか。
「ラン、何してるの?」
翌日の朝、私は机に向かって、絵描きではない、作業をしていた。
「技を考えてるの」
「技?」
「色の魔法で、出す技。また戦うってなったときに、ちゃんとした型があった方がいいと思って、考えてるの。この世界は創意工夫で強くなるのよ」
たぶんだけど、でも神様たちも言ってたし。
「どんな技考えてるの?」
「ええっとね、私、接近戦とか向かなそうだから、遠距離から攻撃できるようなものがいいかなって」
「弓とか?」
「そうだね、弓みたいに何か飛ばしたり……あと、なんか、プリンセスが使うような、優美な魔法とか使いたいなって」
「乙女だね」
「そうよ。あと、やっぱり、あんま殺傷しないようなのがいいな」
「それは?」
「色っていうのは、人を傷つけるためにあるもんじゃないし、第一、生き物を殺傷するの、あまり進まない」
「ランは、優しいなぁ」
「モモちゃんはどう思う?」
「うーんと、この世界の鉄則は、弱肉強食だからね。でも、殺すことがすべてじゃないし、でも、傷つけないってばっかりだと、厳しいときもあったりするなーって感じかな」
「そーかー」
もっともなご意見だ。甘いばっかりだと、強く生きていけない。
「両立だな」
結局、殺傷攻撃と非殺傷攻撃、あとサポート系の技を習得することにした。
色は、複雑過ぎない方がいいな。虹の七色の色、「
この八色から、技を考える。そして可憐な技名も。
モモちゃんと色々案を考えて、面白いもの、そそられるものを採用していった。あんまり多くなっても困るから、取捨選択をして、整える。
こういうアイデアを考えるのって、案外、時間がかかるものだ。いつの間にか、真昼間になっていた。
マムくんが、お昼ご飯を持ってきてくれて、ありがたかった。それを食べると、技をまとめた手帳を持って、家を出た。
「おや、ランさんじゃないですかッピッピ」
この声は、闇隊隊長のローカーさん。
「どこに行かれるんですかジョー?」
隣にはジョーピエさんもいる。
「ちょっと、修行へ」
「わっしらも共にいってもいいですかッピッピ?」
「ごめんなさい。モモちゃんと二人でやりたいので」
「そうですか、ではまたいつか、お誘いくださいピッピ」
「また今度ですジョー」
今日は、割とすんなりと引いた。
「さ、行こうかモモちゃん」
新技習得の修行を行うため、町の外れの、ずっとずっと離れたところまで歩いていった。
色魔法の勇敢なプリンセスへの道へ、急発進だ!
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