Enemy and ally

 マムくん、クレームくんの家に戻って、空いた時間は絵を描いて潰している。二人は、他のみんなと話でもしているのだろう。モモちゃんは、お昼寝中だ。私は、銭湯で出会ったみんなを思い出して描いていた。私の記憶力も完璧ではないが、みんな印象的だったから、ある程度は覚えている。やや漠然とした資料を手がかりに、線を引いていった。

 コンコン。戸を叩く音が聞こえた。目の前の紙に注いでいた集中力が、一瞬にしてそちらに持っていかれた。

 誰だろう。立ち上がろうとするも、ちょっと待てよ? これって、安全か? もしかしたら、隊長や町の誰かかもしれない。しかし、もしかしたら、毒りんごを持ったお婆さんかもしれない。

『もしもし、ランさんですかッピッピ』

 どこかから声がした。ピッピ? 変なの、一体誰だ。

『わっしは、ダストホークの闇隊隊長、ローカーだッピッピ。副隊長、ジョーピエともども此方こなたさまとお会いしたく、参りましたですピッピ。怪しいものではないので、どうかご安心していただきたく思います』

 マムくんたちも、モモちゃんも、二人のことを怪しいだとか、言っていた。闇属性だからとか、変だからとか。でも、今聞いた感じだと、独特な口癖などはあるが、丁寧だ。一応、大筆を装備して、ちょいと身構える。

 恐る恐る、戸を開けた。

「どうも、ランさん。すいませんね、急にお邪魔してピッピ」

「こんにちは、ランさん。何かの邪魔になってしまったら、すいませんジョー」

 この二人が、ローカーさんと、ジョーピエさん。カラフルな二人だ。

 片方は、背が私よりも低いくらいで、特に下半身が、雪だるまのように丸く太っている。これがローカーさん。まさしくピエロって感じの衣装を着ている。そして、全身真っ白な肌に、取って外せそうな、まんまるな赤っ鼻だ。ピカピカ光ったりするのかな。

 もう片方は、ずっとずっと高身長で、細身。こちらが、ジョーピエさん。こちらもまさしくトランプカードのジョーカーって感じの身なりだ。西洋のスノーマンのように、背が高くノッポだ。鼻も、人参をぶっ刺したような赤いナガッパナである。

「で、どうされたんですか?」

「いえ、特に用はないんですピッピ」

「幹部会では、話す機会がなかったですし、あっしら共々、公衆浴場は苦手でして……しかし、なんとも可愛らしいお嬢さんをお見かけして、話さないわけにはなりませんと思いましてッジョー」

 割と紳士的な方々だと思った。

「おやおや? うしろに構えているのは、お絵描きの筆ですか? でも、ずいぶんと大きいですねッピッピ」

「あ、はい。これは、私が持っている魔法を発動するために使うステッキです。別になくても一応できますが、あった方がより魅力的だと思うので。基本的には使うようにしています」

「なるほど。見た目にも、気を使うタイプですなッピッピ」

「なかなかに愉快なお嬢様にありますねッジョー」

「ええ、そうですねッピッピ。わっしは、あなたの能力、非常に気になりますピッピ」

「よろしければ、共に散歩でもしながら、いろいろとお見せしていただいてもよろしいですかジョー?」

 これは……何か調べられている? 行かない方がいいかな。

「あ、いや、ごめんなさい。私は今、作業中でして」

「おや、そうでしたかピッピ。しかし、ランさん、此方さまは幹部会での時、ひどく熱くなられていましたよねッピッピ」

「そうですね。ちょっとジェラシーで」

「なるほどピッピ」

「お相手は、やはりヌクレオ様ですかジョー。彼は非常に有能な方ですよねッジョー」

 何だか色々と見透かされているようで、少し気味が悪い。やっぱりここは、乗らない方がいいな。

「そこでですピッピ。少し早い今のうちから、わっしらが町の警備に当たって、不審なエルフをとっ捕まえてしまいましょうピッピ」

「そして、いち早く手柄を立てて、虎隆こたかさんやマムさん、クレームさんなどに、“有能”だと褒められてしまいましょうジョー」

 有能——とマムくんから褒められる——虎隆さんにも、クレームくんにも。そんな日ほど、私にとって冥利な日はないだろう。

 でも、本当に信じてもいいのだろうか。何だか、強引な気もするし、彼らについていって、悪い方向に事が向いてしまったりしないだろうか。騙されたり、裏ぎられたり、酷い目に合わされるとか。

「どうして、そんな私に協力してくれるんですか?」

「わっしは、問題を抱えたお嬢さんを見かけてしまうと、手を貸さずにはいられないタチでして。こんなんでも一応、男ですからッピッピ」

「あっしも同じ思いでございますジョー」

 男気あるって感じだな。意外と悪い人ではない? ……でも、まだ迷い途中にある。

「ご安心ください。あっしらが全力でランさまをお守り致しますので」

 ……まあ、とりあえず行ってみるか。もし、何かが起こっても色の力で対処するだけ。

「じゃあ、行ってみます」

「その意気ですピッピ!」

「お美しいですよ、ランさん」

「少しだけ待っててください」

 私は踵を返して、作業場に戻り、モモちゃんを起こす。しかし、起きなかった。仕方なしに頭にのせて、ローカーさんたちと共に、出発した。

 

 場所は、町と森との境目あたり。こういう人気のない、中心部から外れたところに、闇エルフは出やすいだろうと踏んだ。

「しかし、大丈夫ですかッピッピ? よくバランスが取れていますねピッピ」

「意外と安定するんですよ〜」

 しかし、うさぎというのは天使な生き物ですな。頭にのせるだけでも、こうも癒されるとは。ああ、癒される。

「ん?」

「あ、モモちゃん」

 起きたようだ。そして早々、ピンと立った。

「なんか、嫌な気配がする」

「何かいるの?」

「うん……って、今何してるの?」

「見回りだよ。闇隊のお二人と一緒にね」

「ええっ、闇隊!? なんで闇隊がいるのさ!」

 やはりその反応をしたか。でも、今のところ何もない。

「で、嫌な気配って何?」

「あっちの方から……」

 言葉を途中で断ち、モモちゃんは頭から飛び出した。

 追いかけていくと、モノクロで、目だけが際立って赤い、エルフと対峙していた。闇エルフだ。

 今はまだ、日没の時間の少し前くらいで、まだ明るい。

 私が見たのとは違う個体だが、同類なことは確かだろう。

「うさぎ。こんなチビなんぞ、話にならん」

「こっちは聖属性。相性悪いの相手にして、これだけの大口を叩けるなんて、見事なヤツだな。じゃあ、これならまだマシか」

 とモモちゃんは人間の姿になった。ピンと立ったうさ耳は健在のままの、幼い女の子。可愛い。

「チビなのは、そのままか」

「体は小さくて可愛くても、足の力には自信があるんだ」

 そういうなり、助走をつけて飛び上がった。エルフの身長を超える程の高さを軽々とジャンプして見せた。

「ホリー=【モモキック】」

 そのままエルフの頬を踏みつけて、それを踏み台に飛び越えて、綺麗に地面に着地した。

 エルフは倒れたまま、動きそうにない。口の割にはあっけないと思った。モモちゃんが強いのか、相性のせいなのかはわからないが、エルフはそのまま闇の中に引きずりこまれた。

 すると、後ろから、ゾッと何かを察知し、素早く反応すると、ローカーさんとまた新たな闇エルフが、刃らしきもので取っ組み合っていた。

 このエルフは、私を狙っていたのか。私は危機を感じて、少し離れた位置に移動し、大筆を構えた。

 前を見ると、いつの間にか、闇エルフの数が大きく増えていた。こちら側の人数よりも、ずっとずっと多い。

 彼らの目的は何だ? その疑問は二の次で、まずはここをどう突破するかだ。

「二人、我らと同じ闇属性であろう。なのに、何故そちら側につく」

「属性がどうとか、今のわっしには、些末な問題だッピッピ」

うるわしきお嬢さん方に、薄汚い手を出そうとする輩には、容赦はしませんよッジョー」

「ほう。それじゃ、貴様らは魔王様に楯突くのか」

「仮にも、今現在、わっしらが仕えるのは、虎隆さんピッピ」

「そうである以上、あっしらは同族の仲間であるが、此方様らと対峙せねばなりませんジョー」

 カッコいいことを言う二人だ。やはり、この二人は信じられるか。

「そんじゃ、全員始末するとしよう」

 ヤバい。これは、ヤバい。私も参戦しなければ。

 ……でも、何の色で対抗すればいい?

 色の攻撃は色々とあるから、攻撃に使えそうな色を使う。それはどんな色だ?

 赤、青、黄色? 朝に練習したようにやればいい。

 いいや。まず、それ以前の問題だ。

 頭の中が真っ白になっていた。

 何も考えられない。これでは、色をイメージするのは難しい。

 でも、早くやらなければ、やられてしまう。それに、皆の足手まといになってしまう。

 だけど構えても、手が足が強張って、動けない。


『お前は無能だ』


 そうか。これを無能というのか。確かにみっともない。私は無能だ。

 私がそのまま、この場に突っ立っているのは、ただの足かせにしかならないだろう。

「ランさん! 危ないですジョー!」

 ジョーピエさんが飛び込んできて、私を突き倒した。

「すみません。お怪我はありませんかジョー?」

「はい」

「闇属性の技には、指先から弾丸のようなものを飛ばして攻撃するものがあるんですジョー。まさにそれで、ランさんを狙っていました」

 闇エルフたちは、完全に私も殺しにかかっている。

 こんな絶対絶命の危機のさなかにあるっていうのに、一向に奴らに刃向かう勇気が持てない。

 今、私にできることと言えば、これくらいだ。

(白——透明——【クリア】)

 姿を消して、この場から離れることだ。

 でも、どうせなら。

(赤——赤の力——【情熱じょうねつ】)

 イメージは、心の中にメラメラの炎が現れて、闘争心が湧き出るという感じ。そんな魔法を、他の三人にかけた。

 それから、

(紫——光——【ひかりはしら】)

 紫色の、天まで届くくらいの高い高い光の柱を現した。これで、みんなの目に伝われば、加勢に来てくれる。色が紫なのは、闇属性だからだ。

 そして、そっと、モモちゃんのそばに近づいて、

「……ごめん、モモちゃん。助けは呼んだから、そのまま戦ってて」

 そう告げると、すぐにこの場を離れた。

 まばらに立っている、闇エルフたちの間を進んだ。針糸で縫うように、音を立てないように、感づかれないように、慎重に進んだ。

 なんとかエルフの群れを潜り抜けて、そこからは怖れるままに走った。

 途中、マムくん、クレームくんとすれ違った。そこで一度足を止めて、彼らにもメラメラの炎を分け与えた。

 ほっと息をついて、再び足を動かす。

「ナメるなよ」

 すぐ背後から、低い声で脅す声。指を差されているのが分かった。これで私を撃ち殺すつもりだ。

「我らの背後には、魔族方がいるのだ。透明化しようが、この目から逃れられると思うな」

 体中に緊張感が走る。


「ウォーター=【シャークバースト】!」

 

 突然背後のすぐ近くで、水風船が割れたような音が聞こえて、闇エルフの気配が消えた。

 見ると、闇エルフは倒れていた。

「大丈夫?」

 さっきすれ違ったマムくんが、走って戻ってきた。

「ムーちん! そっちに何かいんの?」

 やや遅れてだが、クレームくんも一緒だ。

「いるじゃない、うるわしきプリンセスがそこに」

 完全に私だと気づかれていた。

「え?」

 クレームくんはよく分かっていないみたいだが、これじゃあ、透明化の意味がない。

 しかし、まだ解除はしない。クレームくんには気づかれていないからという理由ではなく、二人に見せる顔がなかった。

 ろくに戦うこともできずに、尻尾を巻いて逃げた腰抜けの顔は、一体どんなだろう。

 私は、下を向いて、そのままとぼとぼ歩いた。

 ドスンと誰かにぶつかった。

「貴様、何処に目ェつけてんだ?」

 また新たな闇エルフが現れた。

「一人倒せたら、それで満足とは、お粗末なことだ」

 この闇エルフたちは、何体いるのだろう。

「下がってて」

 マムくんにそう言われて、闇エルフと距離をとった。

「クレ、ランちゃんを頼む」

「ランちゃん?」

 いい加減、透明化を解除して、姿を現した。

「わ! ランちゃん」

「やあ、クレームくん」

 一方、マムくんは、厳格な背中をこちらに向けて、敵と対峙していた。

「お前らこそ、俺をナメるなよ。俺はダストホーク水隊隊長、マムだ。マムは母さん、町のみんなの母を任せられてる」

「母? お前、男だろ」

「ああ、そうだ。俺は男。でも、母さんだ。愛するものを、何がなんでも守りぬく。聞こえてんだろ? 魔王ブルーザ」

 魔王ブルーザだって? 

 すると、目の前の闇エルフの様子が急変した。

 しばらくして、口を開きはじめた。

「おい貴様。誰に向かって物を言ってんだ、この腐れたゴミが」

 冷酷で、凄く高圧的な声に変わった。

「お前が魔王ブルーザか」

「は? ちげェに決まってんだろ!」

「ちげぇのかよ!」

 これは私も全く同じ気持ちだ。ブルーザじゃないのか。

「オレは厄魔ヤクマバッドだ。魔王様が自分から動くことはネーから、オレが変わりにやってんだ。メンドーなことさせやがって、ゴミが」

 厄魔バッド——恐らく、前にモモちゃんが言っていた、悪魔の一人だろう。母神ミルザ様でいうところの、ラッキーたちみたいなポジション。魔王ブルーザとも距離は近いと思う。

「俺が言いたいのは、ただ一つ。“俺の大事なモンを傷つけるな”」

「“無理だ”と言ったら?」

「ぶっ潰す。魔王もろとも……」

 話を最後まで聞くことなく、闇エルフは……いや、厄魔バッドは、攻撃を仕掛けた。

 しかし、マムくんも即座に反応して、攻撃を防いだ。

「すごい」

「水隊隊長は、伊達じゃねぇだろ?」

「クソがっ! 魔界の悪魔様をナメんじゃねェゾ!」

 その後も、両者は互角に渡り合っていた。相手は闇エルフだが、その裏では、悪魔の一人である厄魔バッドが操っている。それとやりあえているんだ。マムくんの強さは、並大抵のものじゃない。強い。私も見ているだけでなく、色の力でマムくんのスピードを上げた。

 一旦距離を取って、体勢を整える。

小癪こしゃくな奴め!」

「俺も同じことを思っている。お前と話していると、マジで虫酸むしずが走る」

「チッ、これで終わりだ」

「俺はまだ終わんねーよ!」

 すると、どこからか小さい何かがやってきた。まるで勝負に水を差しにきているように。あれは、ハチだろうか。

 ハチらしき虫は、マムくんの顔周りをぐるりぐるりと飛びまわった。あれは鬱陶しいやつだ。マムくんは手を振って、虫を払い除けようとする。

 これによって生まれた、マムくん側の大きな隙を、当然、厄魔バッドは見逃さない。

 ふわっと消えたかと思えば、一瞬にして、マムくんの背後に回り込んだ。

「ダーク=【ナイフ】」

「ムーちん危ない!!」

 クレームくんの叫びも一歩遅く、闇エルフの左手は、マムくんの背中のど真ん中のあたりを貫通した。

 そして手を引っこ抜くと、マムくんはそのまま倒れた。

「マムくん!!」「ムーちん!!」

 

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