第56話
第十三章 ルノールの希望
毎日毎日内政に追われて力を温存しているレスターは、ふと虚しさを覚えていた。
これが自分にできることだと納得している。
これしか道がないのなら、これが自分にできる最善の道だとわかっているのだ。
なのに周囲にわかって貰えない。
レスターが手を抜いているように思われている。
民の苦しみを見てみぬフリをしていると思われている。
なによりもそのことが辛かった。
「レスター」
不意の呼び声に扉を振り向いて、レスターは驚いた顔になった。
「母上」
レスターの執務室に入ってきた母は、すこしやつれていたが、それでも毅然と振る舞っていた。
その瞳に慈しみがあって、なにも言っていないレスターは今更のように罪悪感を感じた。
「あなたに少しお話があったのです」
「なんでしょうか?」
身構えつつ問いかければ、母はそっと髪を撫でてきた。
きょとんとする。
「あなたのことは信じています」
「母上」
「ですからこれまではなにも言わずにきました。あなたが力を温存させているのも、きっとな
んらかの考えがあってのこととわかっていましたし」
「はい。なにも考えずに力を温存しているわけではありません。ボクはボクなりに最善を尽くそうと努力しています」
真っ直ぐなレスターの瞳を見て、王妃はそれが言い逃れではないことを確信した。
やはり息子にはなにか考えがあったのだと。
「その考えとやらを聞かせては貰えませんか?」
「え?」
「臣下たちのあなたへの不満が高まっています。苦しむ民たちを犠牲にして平気でいると」
「それは誤解ですっ!」
思わず立ち上がり否定するレスターに母は慈しみの笑みを投げる。
「わかっていますよ、わたくしはね」
「‥‥‥」
「わたくしは母だから無条件にあなたを信じられます。そう育ててきたのもわたくしですしね
。ですが臣下たちは違います。王子としてのあなたを見ているのです。怠慢に見られて誤解を解くことすらしなければ責められても仕方がないでしょう」
考えがあるならそれを打ち明けて同意を求めること。
自分のやろうとしていることを納得してもらうこと。
それは統治者としては欠かせないことである。
それを忘れた統治者は独裁者となる。
そう言われてレスターは迷いを瞳に浮かべた。
「言えないのですか?」
「いえ。事はとても重要なことなんです。それを打ち明けるということは、母上たちが思って
いるより事態が悪化していることを明かすことになるんです。それがわかっていて打ち明ける
のも気が進まないと言いますか」
「国王陛下の代理として命じます。あなたの考えとやらを聞かせなさい」
「陛下の代理として?」
「事がそれほどまでに重要なことだというなら、尚更それを打ち明けて理解を求めるのはあなたの義務です。違いますか?」
重要な事柄を独断で判断して実行する。
これはあってはならないことだと母に諭され、レスターは思わずといった素振りで深いため息をついた。
確かに母の言っていることは正しい。
その正当性も理解している。
しかしすべてがそれに合致しないことをレスターは知っていた。
国を世界を救うために、国が混乱に陥るとわかっていることでも実行しなければならないことがある。
それはレスターが世界の真理の一端を知ってしまったからこそ感じていることだ。
これだけは母には言えないだろう。
最終的には聖火を消すことも考えているなんて。
でも、言えるところは打ち明けなければならないのかもしれない。
そのことも認めた。
国王代理として母が正式に動くほど、臣下たちの不満が高まっているというなら、それほど重要な行動だろうから。
「どこからお話すればよいのか迷うのですが、昔、精霊たちを統べている人々、いえ。神でしょうか。神とも言うべき人々がいたようです」
「そのような伝承は残っておりませんが」
「四精霊から聞いたことだから確かですよ。逆から言えば四精霊と会話できないなら、精霊使いとはいえ、知りえない世界の真相ということになります」
「あなたが最上級の精霊使いだから知りえた真相ということですか?」
問いかけにコクリと頷いた。
「詳しくはボクも知りません。世界の成り立ちは色々複雑なようで、人間に理解できる範疇を超えていますから。ただ」
「ただ?」
「精霊を統べていた人々は精霊に力を与える存在だった。こういえばわかりますか? どうして今精霊が活性化し暴れているかが」
「まさか」
「はい。実は悠久の時の果てにその精霊を統べるべき人々が復活されたんです。自分たちに力を与える頂点にいるべき神々の復活によって、精霊は力が刺激され活性化しているんです」
「そのようなことだとは思ってもみませんでした」
王妃はあまりに人智を超えた話を聞かされ、思わず額に片手を当てて何度もかぶりを振った。
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