第27話

「四精霊を復活させてくれないか? ふたりにならできるだろう?」


「それは……」


「できますけど……」


「自然に任せて復活するのを待っていたら、どれくらいかかるかわからない。俺たちのせいなんだ。四精霊の愛し子が泣くから復活させてやってくれ」


 朝斗の眼がレスターに向かう。


 揶揄されたレスターは赤くなった。


 四精霊が消滅したときにパニックになったのは事実なので。


 ルパートが立ち上がる。


 その足取りにはもう迷いがない。


 自分をしっかり掴んでいた。


 同時にルノエも立ち上がる。


 ふたりの周囲に異なる色の魔方陣が広がった。


 ルパートには赤と白の魔方陣。


 ルノエには黒と青の魔方陣。


 ふたりが言の葉を紡ぐ。


 言の葉自体に力を込めて。


「目覚めなさい。大地の精霊。目覚めなさい。水の精霊。地水霊の名において、あなた方の復活を命じます」


 ルノエの魔方陣が眩いばかりの光を放ち、やがて中空に大地の精霊と水の精霊が復活した。


 消滅する前より力に満ちている。


 産まれたばかりのせいか、精霊の姿はすべての者に見えていた。


「目覚めなさい。風の精霊。目覚めなさい。火の精霊。火風霊の名において、ここにあなた方の復活を命じます」


 その命に従って風の精霊はすぐに復活した。


 だが、火の精霊が復活しない。


「どうした?」


 異変を感じとり朝斗が問い掛ける。


「火の精霊は力を使い果たし過ぎたようです。わたしの力だけでは今すぐの復活は……」


 綾都の暴走を抑えるのに一番全力を尽くしたのは火の精霊だった。


 その代償だ。


 朝斗は少しだけ考えて、すぐに綾都を振り向いた。


「綾」


「なに?」


「ルパートの、火風霊の魔方陣に立ってくれないか? それだけでいいから」


「わかったよ、兄さん」


 なんの疑問も持たずに綾都がルパートの魔方陣に入る。


 綾都が入っただけでそれは燃えるような輝きを強めた。


 次の瞬間、ポポポンと音を立てて火の精霊がよみがえった。


 全身に炎を巻き付けて。


「レベルアップしてる……」


 呆然とレスターが呟いたが、その意味を理解できたのは、消滅前の火の精霊を知っている、さっきの現場を見た者だけだった。






 すべての現象を見ていたウィリアム大統領に、朝斗が真っ直ぐな視線を向ける。


 彼が火風霊と地水霊を召還したのだとわかる。


 召還できるだけの能力を持っていたから。


 朝斗の視線を見てふたりはすべてを理解した。


 真っ直ぐにウィリアムに近付く。


「ウィリアム大統領」


 ルパートが声を投げる。


 ウィリアムはじっとふたりを見た。


「わたしたちはもうあなたと行動を共にはできません」


「何故……突然話せるようになった? そもそも召還獣でありながら召還主に逆らうというのか?」


「わたくしたちは召還獣ではありません。ただ異なる世界で転生したわたくしたちを、あなたが元の世界へ召還できるだけの力を持っていただけ。わたくしたちの主は他にいます」


「それが……あの少年だと?」


「「そうとも言えるし違うとも言えます」」


「先程誰を主神だと言った?」


 ウィリアムの問いにふたりが黙り込む。


 そこへ呆然と見ているしかなかったアレクも割り込んだ。


「それはわたしも知りたいですね。主神とは誰のことですか? どうして瀬希皇子の側室のおひとりが、あなた方の主なのです?」


「答えるべき権限をわたしたちは持ちません」


「それは神の領域。あなた方は神から天罰を下されたいのですか?」


「世界を変える鍵は揃った。わたしたちは本来あるべき場所へ戻ります」


 それだけを告げてふたりはもうウィリアムには目もくれず、朝斗と綾都の下へ戻ろうとした。


 反射的にふたりを引き留めようとして、ウィリアムが召還術、いや、返還術を行使しようと魔方陣を展開させる。


 だが、ギュルギュルと渦を巻いた魔方陣は、ふたりを取り込むことなく宙に消えた。


「……バカな」


 ウィリアムが信じられないと声を出す。


 召還されたものが召還した者の返還術をはね除けるなど聞いたこともなかった。


 ルノエが振り返る。


 朝斗に浸水する兄はもう振り向いてもいない。


「あなたがわたくしたちを召還できたのは、わたくしたちがまだ覚醒していなかったからです。覚醒めたわたくしたちを返還することは人間には不可能です」


 それだけをルノエは答えた。


 その足取りはもう止まることがない。


 ふたりは朝斗と綾都の前に行くと跪いた。


 わざと綾都ではなく朝斗の前で。


 綾都の力が覚醒していない今、彼のことは悟られるわけにはいかないので。


「「これからお傍に置いて頂けますか?」」


「えっと。兄さん? これ、どういう事態?」


 事情が飲み込めていない綾都は混乱している。


 どうしてこういう事態になるのか理解できていないからだ。


 四精霊はとっくに姿を消している。


 レスターは彼らがよみがえってホッとしていた。


 自分が無茶なことを頼んだせいで消滅したと気にしていたので。


「お前は気にするな。気にしないといけないのは、寧ろ瀬希皇子だよな?」


「朝斗。お前な」


「だって俺たちふたりは瀬希皇子の側室だし」


「「おふたりが側室?」」


 ルノエは綾都のためにルパートは朝斗のためにギッと瀬希を睨んだ。


 睨まれる意味がわからなくて、瀬希は困った顔になる。


「そう睨むなよ。今は今の理があって、瀬希皇子はその人の理から俺や綾を護ってくれてる。だから、ふたりを傍に置くためには、彼の許可が必要なんだ」


「四神の愛し子ごときが」


「おいおい。確かに四精霊や四神の愛し子は、お前たちより立場下だけど、一応鍵だよ? 鍵がないと俺たちそもそもここにいないわけだし?」


 話せば話すほど朝斗の脳裏には必要な情報がよみがえってくる。


 言ってもいいこと。


 言ってはいけないこと。


 それを朝斗は意識して区別する。


 そのために朝斗は綾都より頭がキレるのだ。


 綾都が天真爛漫でトラブルメイカーなのは、これはもう宿命だ。


 だから、朝斗はこうなるしかなかった。


 そのことが今ならわかる。


 綾都がああなるしかなかったように、朝斗も綾都のためにこうなるしかなかったのだと。


「四神の愛し子。わたしたちはおふたりの傍にいてもいいですか?」


 ルパートが苦々しさを隠しもせずにそう言う。


 このふたりにとって綾都や朝斗は特別らしいと、今更だが瀬希は理解した。


 明らかにこのふたりは瀬希を、もしくはレスターさえも格下だと思っている。


 その瀬希に確認を取らなければならない立場を、とても不服に感じているのだ。


 その気高さは神の領域だ。


「それが必要なんだろう? だったらわたしは構わない。それからその四神の愛し子という呼び方はやめてほしい。知らない者が聞いたら誤解する」


「貴方は四神の愛し子です。他の呼び方など知りません」


 あっさりとルパートが却下する。


 なにか嫉妬されている気がして瀬希は眼を瞬く。


「瀬希よ。そなたが四神の愛し子とはどういう意味だ?」


 父に問われて瀬希は瞳を揺らす。


「さあ? どういう意味でしょうね?」


 そういうしかなかった。


 この場では。

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