第28話





 瀬希はルパートとルノエを側室という形にはしなかった。


 ふたりが形だけとはいえ、瀬希の側室になることを嫌がったからだ。


 元の世界で皇族だったから、という理由も確かにある。


 ルパートは世継ぎの皇子だったし、ルノエは皇女。


 それが華南のような小国の世継ぎとはいえ、皇子の側室ごときになるということが、どうしても受け入れられない。


 同時に四神の愛し子とはいえ、瀬希が人間だからという理由もあった。


 同じ理由から綾都と朝斗が、幾ら人間の理から守護されるためとはいえ、瀬希の側室扱いされていることも許せなかった。


 ウィリアムに召還され、覚醒するまでの自分たちを思えば、瀬希の庇護はふたりには必要。


 それはわかっているのだが……。


 今、瀬希はアレクやウィリアム。


 そして父をなんとか振り切って、綾都たち4人とレスターを連れて自分の宮に戻ってきていた。


 一番大きな部屋に全員を連れ込んで、瀬希は皆を振り向いた。


 どう考えても自分ひとり、いや、綾都もか? とにかく自分と綾都だけが理解していない気がする。


 その証拠にあの場をなんとかしたのはレスターだった。


 つまり彼にはあのままではいけないことが理解できていたということだ。


 四神の愛し子と言われる意味は知らないが、そう言われる立場に瀬希があるのなら、説明を求めることはきっと過ちじゃない。


「さてと。説明をして貰おうか? 朝斗?」


 朝斗は黙り込んだがルパートが不機嫌そうに割り込んだ。


「貴方が幾ら朝斗様の夫という立場にあるとはいえ、その言い方は不遜です。ご自分の立場をもう少し理解してください」


「いいんだ。ルパート」


「ですが」


「俺だってすべてを理解しているわけじゃない。でも、今みたいに少しでも理解していないときから、俺は瀬希皇子には不遜に振る舞ってた。瀬希皇子にだけ態度を改めろと望むのは、傲慢というものだろう? それに今更態度を変えられても薄ら寒いだけだし」


 態度を変えると薄ら寒いと言われた瀬希は苦い顔である。


 しかし今のやり取りから、朝斗でもすべてを理解しているわけじゃないのかと、意外な気持ちになっていた。


 さっきまでのやり取りを見ていると、朝斗はすべてを理解しているように見えたのだが?


「どこから説明するべきか悩むな」


 朝斗の眼が綾都に向けられる。


 兄に視線を向けられた綾都はきょとんとしていた。


「言える範囲でいい。説明してくれ。特に大統領に召還されたそこにいるふたりとの関係も。それとレスター王子が四精霊の愛し子、わたしが四神の愛し子と言われた意味は、どうしても説明してほしい」


「それはボクも知りたい。さっきの説明ではよくわからなかったし」


 いつの間にかレスターは瀬希に対しても、礼節を取り払うことに決めたようだ。


 少し驚いたが打ち解けてくれたようで嬉しい。


 そんなふたりに朝斗はため息をついてから説明を始めた。


「大まかな説明しかできない。俺もまだすべてを理解しているわけじゃないから。ただこの世界は元々、宗教はひとつで言ってみれば、イズマル大神も四精霊の火の精霊も、そして太陽神もただひとりの神を指していたんだ」


「つまりすべての宗教は呼び名が違うだけで同じ神を信仰している?」


「そういうことになるな。考えてみろよ、ふたりとも。イズマル大神も火の精霊もそして太陽神の主神も、すべて同じ特徴を持っていないか?」


 レスターが綾都が大神殿の主だと言われたことを思い出した。


「確かにすべてに熱が関係しているね」


 初めて綾都たちと逢ったときに、精霊たちは「その輝きが消えないように。その熱がすべてを焼き尽くさないように」と言っていた。


 つまりそういうことか?


「その元になった神のことを主神という」


「「主神?」」


 ふたりの視線が綾都に向いた。


 まだ確信はない。


 だが、その可能性を秘めているのは、他ならぬ綾都だ。


 本人はきょとんとするだけで全く理解していないが。


「ここからちょっとややこしいんだけどな。主神に仕えていた第一の配下が四聖獣。その直接の配下が火風霊と地水霊。四聖獣の元にいた直接の管轄下にあったのが四神。火風霊と地水霊が統べていたのが精霊なんだ」


「えっとつまり? 全世界精霊教の主神とも言えるのが、その火風霊と地水霊と呼ばれている方々ですか?」


 レスターは遠回しにルパートたちを指している。


 それが彼らを意味することは、さっきの会話で何度も登場したからだ。


「そういうこと。ただどこからそうなるのかわからないけど、その4人は途中からこの世界から消えた。死んだのか、それとも違うのか、その辺はちょっと俺にもわからない。ただそれにより世界は混沌とし、結果として宗教は四つに別れ、主神のことを覚えている人々もいなくなってしまったんだ」


「ちょっと待ってほしい。この場合、太陽神とイズマル大神は省いて訊くが、精霊と四神を統べていたのは四聖獣と火風霊、地水霊と呼ばれている人々? 神々? なんだろう? だったらその主を失った精霊と四神はどうなった?」


 瀬希の驚愕の声に朝斗はちょっとだけ笑う。


「四神は眠りについてるよ。ルノールの大神殿で」


「大神殿って全世界精霊教の聖地と言われている? だが、あそこは全世界精霊教の加護を受けた国で」


「ボクが四精霊から聞いた話によれば、大神殿だけは管轄から外れるそうです。あそこは本来四神の領域だとか。精霊の上に立つべき存在が四神だとすれば、それもおかしなことではないけどね」


「常識が崩壊しそうだ」


 瀬希の混乱は無理もないとレスターも思う。


 一番最初にそう言われたとき、レスターもそうだったから。


「四神がそこで眠っているとして精霊は? 普通に存在しているようだが?」


「さっきから気になっていたんだけど、もしかして精霊を復活させる前から、精霊が見えていたのか、瀬希皇子? 突然精霊が見えるようになっても特に驚いてなかったし」


「ああ。何故かは知らないが、レスター王子が呼び出したときから見えていたし声も聞こえていた。なにが起きたのかわからなくて混乱してるんだが。これでも」


「そうは見えないな」


 朝斗が笑う。


「精霊が存在できたのは精霊使いのお陰だよ」


「ボクら? どうして?」


「精霊使いは確かに精霊の力を借りて力を発揮するけど、代償として精霊も精霊使いから力を貰ってる」


「え?」


 初耳の話を聞いてレスターが青くなる。


「あんまり悪い意味に取るなよ? ただ本来精霊に力を与えるべき火風霊、地水霊がいなかったから、精霊もどこかで力を補充しないと全滅していたんだ。そうしたらこの世界が滅ぶから」


「一体どんな力を奪っていたと?」


「精霊の力の源は大自然だけど、元々火風霊、地水霊から力を与えられるべき存在でもあったんだ。そこで精霊使いを生み出し、力を貸す代わりに精霊使いから気を貰ってた」


「気?」


「簡単に言えば生命力?」


「……生命力?」


「命そのものじゃないからな? あくまでも精霊使いの持つ生命力。つまり命の放つ気の力を貰ってたんだ。だから、特に影響なかっただろう?」


 レスターはそれほど力を使い慣れていないが、力をこっそり使っても、ほとんど疲れたことはない。


 ただ精霊にまとわりつかれるので、それには少々参っていたが。


 つまりそれも精霊使い、それも最上級であるレスターから気を奪うため、か。


「精霊使いは利用されていた?」


「あんたにそんなふうに言われたら精霊たちはショックだと思うよ」


「でも」


「気を貰うことより、精霊たちが精霊使いに与えていた力の方が大きい。そう言ってもまだそう言えるか?」


「確かにそうだね。こちらにはほとんど影響の出ない程度しか得られないのに、精霊たちは身を挺して力になってくれる。さっきだってボクがあんな無茶なことを頼んだから」


 四精霊が消滅したのはレスターのせいだ。


 なのにレスターの気の力では助けてやれなかった。


 確かに一方的な犠牲を強いられているのは精霊の方だ。


 レスターたち精霊使いは加護を受けていた方なのだろう。


 それで多少気を奪われても文句を言えるはずがない。


「精霊と精霊使いに関する講義はこの辺にして。愛し子というのは?」


 瀬希が割って入ってレスターも我に返った。


 確かにそれは聞いておきたい。


 それについてはレスターもさっきが初耳だったし。


「愛し子というより、それぞれが鍵となる人物ですね」


 ルノエがふとそう言った。


「鍵?」


「四神はともかくとして精霊の愛し子なら、これまでにも存在しました。それはレスター王子でしたか? あなたならご存じだと思います。これまでに四精霊から加護を受けた精霊使いは実在したでしょう? 凄く数は少ないでしょうが」


「いたね、確かに。最上級の精霊使いで加護を受けたのは、ボクが初めてだけど」


 この言葉に瀬希は驚いたが声にはしなかった。


 今は割り込むべき場面ではないと思ったので。


「それは仕方がありませんね。最上級の精霊使いというのが、そもそも数が少ないですから。最上級に加護を与えるとき、その人物は鍵となり得る。だから、そう簡単には加護を与えられなかった。そもそも最上級の精霊使いに加護を与えてしまうと不老不死にしてしまいますから」


「ちょっと待ってほしい。レスター王子が不老不死?」


 ギョッとした眼を向けられて、レスターは弱ってしまう。


 覚悟はつけつつはあったが、まだ受け入れるところまでいっていないから。


「その事実を知っているのは加護を与えられた人物だけなんだけどね。加護を受けるときに不死になるよ? とは精霊たちに言われていたし」


「それでよく加護を受けたな」


「精霊の加護は断れないから。ほとんど一方的だし」


 そういえば朝斗のときも意思の確認をしなかったらしいと思い出し、瀬希はギョッとしたように朝斗を見た。


「もしかして朝斗も不老不死なのか?」


「あー……うん」


 朝斗は言いにくそうに答えて、じっと意味も理解できずに話を聞いていた弟を見る。


 さすがに不老不死の意味はわかったのか、綾都が驚いた顔で兄を見ている。


「不老不死の場合、どこまで成長するの? レスターは普通に成長しているように見えるけど?」


 綾都は兄が不老不死になったことを嘆くでもなく気になる点を聞いた。


 自分が先に死んでしまうこと。


 兄みたいに健康になれないことはショックだが、そのことで兄を責めようとは思わない。


 綾都が兄を残して先に逝けば、きっと兄は気が狂いそうなほど苦しむんだろうから。

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