第26話
あれから綾都はひょっこり元気になって、朝斗とレスターを引き連れて、瀬希皇子を捜していた。
朝斗もレスターもあの場で得た情報は、綾都にも話していない。
内容があまりに重要すぎて話すのを躊躇ったからだ。
だから、綾都はなにも知らない。
ただ倒れたはずなのに突然元気になって喜んでいるだけだった。
勿論目覚めるまでに綾都の唇についていた朝斗の血は綺麗に拭いとられている。
だから、余計にどんな方法で自分が元気になったかわかっていない。
そのせいでもう少し安静にしろという兄を振り切って、今も自分を心配しているだろう。
瀬希皇子を捜しているのだ。
同じ頃、アレクもウィリアム大統領の来訪を聞き付け回廊を移動していた。
同じ国を背負うべき立場の者。
鉢合わせたなら挨拶するのが役目。
右手首には分厚い包帯が巻かれている。
怪我の具合があまりにも酷すぎて、周囲が退かなかったからだ。
しかしアレクは怪我をした理由は打ち明けなかった。
ただ自分の不注意だと言っただけで。
そのせいで理由を知っているカインは不機嫌だったのだが。
アレクの後をついて歩いているカインは、二度と兄には怪我をさせまいと意識している。
その彼の後ろをシャーリーが追っている。
それは三叉路。
一方向からは綾都たちが。
もう一方からはアレクたちが。
そして謁見の間から移動してきた瀬希たちが、ウィリアム大統領たちを連れて移動していた。
それはある意味で運命だったのかもしれない。
ルパートたちは口が利けないフリをして、大人しくウィリアムに従っている。
この国に近付いたときから、肌が突き刺さるような刺激を受けていたが、そのことも言っていなかった。
その影響は宮殿に入ると更に強くなった。
ここになにかあるのだろうかとルパートとルノエは顔を見合わせる。
「あっ」
それは誰が発した声だったのか。
三叉路の交差点で全員が鉢合わせて、瀬希は綾都が元気に歩いていることに驚いたが、綾都も朝斗も瀬希を見ていなかった。
視線の先を追えばウィリアム大統領の背後にいる男女に向かっている。
彼らの視線も真っ直ぐに綾都と朝斗に向かっていた。
「あ、あ、あ」
綾都がそれだけを繰り返す。
その声に導かれるようにルパートとルノエが声を出した。
「「主神……」」
確かにふたりはそう言った。
その声に(教えたこともない華南語だというのに)辿々しさがないことにウィリアムが驚く。
そもそも「主神」?
それは主なる神という意味だ。
誰に向かって言った?
と、すべての者がその場に揃っている者の顔を交互に見ている。
「火風霊、地水霊、か」
朝斗の口からも意外な言葉が漏れる。
本人は意識していないが。
さっき四精霊から情報を得ていたレスターは、さすがにマズイ気がした。
これが人知を超えた事態であることはわかる。
四人とも正気を失っている。
しかし自分になにができる?
どうやったら彼らを正気に返せる?
ただの人間にこれ以上の領域侵犯は良くないというのに。
方法はひとつしかない気がした。
人知を超えた世界なら人知を超えた者にしかどうにもできない。
『覚悟を決めて、レスター』
そういった水の精霊の声がよみがえる。
こういうことかと諦めた。
『四精霊っ!!』
レスターの呼び声に四精霊が姿を顕した。
恐縮しているのがわかる。
彼らにとってもこの場は禁忌なのだ。
だが、ここは彼らに頼るしかない。
『頼むから彼らを正気に返してっ!! これ以上の領域侵犯がいけないことくらい、みんなわかってるよね!?』
みんなは迷っている風だったが、まず水の精霊がルノエに近付き、風の精霊がルパートに近付いた。
そして大地の精霊が朝斗に近付き、最も高位と言われる火の精霊が綾都に近付いた。
その一連の動きから、やはり綾都が一番位が高いのかとレスターは納得する。
火、大地、風、水の順に位は定まっているという。
それが四人の力関係にも反映されているのだろう。
四精霊が四人の額に触れる。
その小さな身体が一斉に輝き出した。
限界まで力を放出しているのがわかる。
まず水の精霊がホッとしたように離れ、ルノエがその場に崩れ落ちた。
キョロキョロしている。
続いて風の精霊が離れ、ルパートも崩れ落ちる。
彼は肩で息をしていた。
だが、大地の精霊が中々離れない。
顔が強張っていくのがレスターにも見える。
『ふたりとも手伝って。わたしの力では御しきれない。朝斗様の力はもう目覚めているから』
風と水の精霊に大地の精霊が呼び掛ける。
すぐに集まって朝斗に力を注ぎ始めた。
朝斗が何度か瞬きを繰り返す。
だが、彼は崩れ落ちることはなかった。
これが力の差なのだろうかとレスターは思う。
しかし一番の問題は綾都にあった。
精霊たちが散々力は覚醒していないと言っていた綾都。
だが、潜在意識は最強なのか。
最高位の火の精霊でも御しきれない。
それを見た残りの三精霊が寄っていく。
四精霊が力を集結させても、綾都を正気に戻し、狂いかけた力のバランスを戻すのに、長い時間が必要だった。
朝斗の目が綾都に向いている。
無表情に佇んでいる綾都に。
ルパートやルノエも綾都を見ていた。
彼を見てなにを驚いたのか、今のふたりにはわからなくて。
それにふたりの目にも精霊の姿は見えていた。
あれがなにかふたりは無意識に理解する。
自分たちが統べるべきもの。
それが今のふたりにはわかる。
同時に意外なことかもしれないが、現場は瀬希も見ていた。
何故見えるのか瀬希にもわからない。
ただ異常な空気がこの場に満ちたとき、押さえきれない力を感じて、同時に瀬希の中でなにかが弾けた。
そうしたら精霊が見えたのだ。
瀬希には見えている「あれ」が精霊だとすぐにわかった。
綾都や朝斗から聞いていた特徴と同じだったから。
だが、なにが起きているのかは、そして自分の身になにが起きたのかは、瀬希にはわからない。
現場を飲み込めていないのは、ウィリアム大統領とアレクたち三兄妹、そして華南の帝だけだった。
『どうして……意識を封じるの?』
ぼんやりと綾都がそう言った。
その声は現場を見ている者にしか届かない。
誰もが怪訝そうな顔をしていた。
それを頼んだレスター以外は。
『貴方はまだ覚醒していない。今力を解放すれば、貴方の身が危うくなる。お許しください。綾都様』
火の精霊が代表で答える。
その顔には精霊にはない脂汗が浮き全力を尽くしていることを示している。
『そう。ぼくはまだ早かったんだね。四聖獣や火風霊、地水霊がいても、ぼくはまだ覚醒めてはいけないんだね。大神殿に行っていない。四神に逢っていない。四聖獣が統べる四神に』
『はい。わたしたちの愛し子が、レスターが貴方を大神殿までお連れして下さいます。そのときこそ貴方の覚醒めのとき。それまでどうかご辛抱を』
『レスター? 彼がきみたちの選んだ愛し子なんだね。だったら四神の選んだ愛し子は誰? 誰が四神の封印を解いてくれるの? ぼくを四神に逢わせてくれるの?』
『……瀬希が』
名前を出された瀬希がビクリと身を強張らせる。
『瀬希が貴方を四神へと導いてくれるでしょう』
『つまりすべての鍵は揃ったんだね。だから、ぼくは呼び戻された。少し早すぎたみたいだけどね』
そこまで言って綾都は目を閉じた。
グラリと身体が揺らぎそうになるが、彼は踏みとどまった。
その瞬間、四精霊は一時的に力を使い果たし宙へと消えた。
レスターが焦ったように視線を巡らす。
『大丈夫。四精霊の力の源は大自然。すぐに復活するよ』
精霊の言語で綾都がレスターにそう言った。
彼の心配の種を取り除こうと。
それからパチパチと目を瞬く。
「あれ? ぼく。どうしてたんだろう?」
いつも通りの暢気な声に瀬希はホッとした。
それは現場を見ていていつもの綾都を知っている朝斗やレスターにも言えるが。
朝斗は放心していた間のことは覚えていないのだが、綾都が呟いた「四聖獣」や「火風霊」「地水霊」という言葉には反応していた。
それは四精霊と同じ意味合いの言葉に聞こえる。
目がルパートとルノエに向けられる。
ふたりはまだ立てないようだった。
そんなふたりに朝斗が近付く。
そうして目の前に跪いた。
その目をまっすぐに覗き込む。
「火風霊?」
その声にルパートが反応する。
「地水霊?」
今度はルノエが反応した。
ふたりともそれが自分を意味する名称だと無意識に理解している。
ああ、そうかと朝斗は納得した。
精霊たちが言った通り、このふたりは朝斗の直属の配下だ。
どうしてそう思えるのかわからない。
でも、そうなのだ。
「お帰り」
朝斗は一言そう言った。
悠久の時を越えて巡り会うとはこんな感じだろうか。
そんな懐かしさを3人は感じていた。
さっきの出来事を覚えていない綾都はキョトンとしていたが。
やがてルパートとルノエの口から言葉が漏れた。
ハッキリと朝斗に届く。
「「永らく留守をして申し訳ありませんでした。只今戻りました。御主人様」」
「朝斗でいいよ。まだその関係は受け入れにくい。それに……」
じっと弟を見詰める。
それを受け入れたら弟との関係も変わりそうな気がしたから。
なにがどう理解できたわけじゃない。
ただ自分たち4人には力関係があって、ルパートとルノエは朝斗の配下。
そして朝斗の上に立つべき存在が綾都だと理解しただけで。
それはまだ受け入れられない。
受け入れたくない。
だから。
「俺たちは対等。な? 火風霊、地水霊」
「ではわたしのことはルパートとお呼びください。朝斗様」
「わたくしはルノエと申します、朝斗様」
「それが今の名前?」
「「はい」」
答えたふたりの視線がなにも理解できていない綾都に向かう。
「「あの御方の今のお名前は?」」
「綾都。俺の大事な双生児の弟だよ」
「「綾都……様」」
その一言だけで朝斗が己の使命を全うし、綾都を守り抜いてきたのだとルパートたちにはわかる。
やはりこの方には敵わないとふたりは微笑を返した。
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