第22話


 自由の国ダグラスでは最近召還されたという人形の召還獣については、厳重な箝口令が敷かれていた。


 それというのも、そのふたりが異端だったからだ。


 これまでにダグラスの召還師が獣以外の召還獣を召還したことはない。


 霊を召還することはあるが、その場合、実体がないのでほとんど術は長続きせず、途中で効力を失う。


 つまり召還獣は存在するのに召還霊と言われるべきものが存在しないのは、現状の召還術は霊を長期間使役するのは、事実上不可能だからである。


 従って人形を取る者を召還するなど有り得ないし、すべての召還師は普通は獣に焦点を絞って召還する。


 しかし最強の召還師との呼び声も高い大統領ウィリアムが、久し振りに召還した満月の夜。


 そこに現れたのは美しい容姿をしたふたりの男女だった。


 双生児だとすぐにわかるほど似た顔立ちで、見慣れない立派な服を身に付けていた。


 後でわかったことだが、身体にはどこにも傷も痣もなく、青年の手には剣ダコこそあったが、乙女の手は荒れてさえいなかった。


 そのことから元の世界では身分は高かったのだろうと判断して、ウィリアムはふたりにダグラス語(元々はフォール語と呼ばれていた全世界共通語)を教える傍ら。


 ふたりを丁重にもてなすように命じた。


 そうして片言ではあったが、意思の疎通が図れるようになったと聞いて、ウィリアムは久し振りに召還獣の下を訪れた。


「久し振りだな」


 声を投げられてルパートが振り返る。


 色彩は全く同じで赤毛に金の瞳、褐色の肌をした3人だが、ウィリアムとルパートの美貌は意味を違えていた。


 ウィリアムが剛ならルパートは柔。


 ウィリアムが太陽ならルパートは月。


 そんな対照的な美貌を持っている。


 そのルパートによく似たルノエもまた月の精霊に見えるほど美しい。


「貴方、忙しい、違った?」


 辿々しくルパートが問い掛ける。


 正確に意思の疎通が図れるのはいつのことだろうと、ウィリアムはそっとため息をつく。


「片言でも話せるようになったと聞いて、こちらに召還されてからの変化について訊きに来た。なんでもいい。変わったことがあったら教えてほしい」


 ウィリアムは傲慢ではないので、強気に命じることはない。


 こうして頼んでくるのがほとんどだ。


 だが、現状召還獣扱いで、そもそも彼に頼らなければ、命の保証のないふたりである。


 答えを探しながらも、なにかは答えなければならない。


 眼を彷徨わせるルパートにウィリアムは一言だけ問う。


「熱湯や火で火傷をしないそうだな?」


 仕方がないのでルパートは頷く。


「そしてどういうわけか高いところを好んでいると聞く。何故だ?」


「風、感じる、落ち着く」


「なるほど。高いところが落ち着くわけではなく、風を感じていると落ち着くのだな?」


 コクンとルパートは頷いた。


「名はなんといったか」


 ウィリアムの目が突然向いてきて、多少戸惑いながらルノエも答えた。


「ルノエ」


「変わった名だな。まあ異世界の名だから当然か。そちらは怪我をしないと聞く。それはこちらに来てから怪我をしないということか? それとも怪我をしても傷を負わないのか?」


「怪我、負う、でも、傷、血、流れない。すぐ癒える」


「……他の者に試したことは?」


「ある。無理」


「つまりその治癒力は自分にしか働かない?」


 コクンとルノエも頷く。


 素直に答えているのは、ある程度はふたりの能力がバレているからだ。


 ここで隠せばウィリアムの不興を買って、ふたりにどんな処罰が与えられるかわからない。


 人々は召還獣だというが、人間だと認識するふたりには、現状は囚人と同じだった。


 決定権はウィリアムにある。


「どういうことだ? その能力はどちらかと言えばルノールの精霊使いと同じものだ。しかし特徴は華南?」


 ウィリアムはぶつぶつと呟いている。


 ふたりの持っている能力を、こちらの常識に当て嵌めた場合、能力の資質自体は精霊使いと同じものだ。


 しかしルパートの力は火に強く風に通じるもので、ルノエの力が治癒力だとしたら。


 それが可能なのは華南の四神の力だ。


 四神なら怪我を治すくらいわけないだろう。


「敢えて断定するならルパートは火と風に通じ、ルノエは大地と水か? だから、癒せる?」


 特徴は華南を意味し力の傾向はルノール。


 危険だがこのままここに隔離していても、これ以上のことがわかるとも思えない。


「ふたりとも。明日旅に出る」


 自分たちも? とふたりが自分を指差す。


「そう。ふたりもわたしと一緒に旅に出るんだ。行き先は先ずは華南。一番近いからな。華南にはふたりは口が利けないということにするから、絶対に喋らないでほしい。そんな外見でダグラス語が話せないなど、問題視されるだけだからな」


 それは故郷の言葉でも話すなということだ。


 ふたりは今以上に自由を奪われると知って、そっとため息を漏らした。






 これは綾都たちがアレクの問題で、厄介事に巻き込まれるより前のことである。


 アレクがカインを故郷に戻した頃には、ウィリアムはふたりを連れて華南に向かっていた。


 華南は他の国々と違って近いので、比較的直ぐに着く。


 だからこそレスターもダグラスに行った帰りに華南にも寄ったのだ。


 帰り道に丁度華南があったので、国交を開く機会に丁度いいと。


 すべてが集結しつつある華南。


物語は華南から動き出す。


 四大宗教と四大国家を巻き込んだ物語が。

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