第21話





 カインが故郷で一夜を過ごした夜、瀬希はまたまた朝斗に責められていた。


 最近は自分が皇子であることを忘れそうになる瀬希である。


 そのくらい朝斗に遠慮なく罵られる日々が続いていた。


 保護者はこちらのはずなのに何故だか立場が弱い。


「だからっ。なんでそんな勝手なことを認めたんだ!?」


 喧々囂々と文句を言う朝斗に瀬希も負けじと言い返す。


「わたしだって拒絶はしたんだっ!! だが、相手が大国シャーナーンの世継ぎでは、抵抗するにも限度があるんだ!!」


「だからって綾を賭けの対象にするなっ!!」


「賭けの対象にしたわけでは……」


「どこを見たら違うって言えるんだよ!?」


 朝斗は綾都の身柄を賭けて、瀬希がアレクの条件を飲んだと聞かされて怒っているのだ。


 そんなどちらの側室になるか勝負するような賭けを引き受ける瀬希の気が知れない。


 それが朝斗の嘘偽りのない感想だった。


「本当に仕方がなかったんだ。あそこまで下手に出られて妥協されて、それでも突っぱねたら、遺恨が残って下手をしたら戦争になる」


 これには朝斗も答えられなかった。


 自分たちのために戦争が引き起こされる。


 それはさすがに嫌だ。


 そうなったら自分たちでは責任が取れないから。


「要するに綾が半月の間、アレク皇子になにをされても、靡かなければいいんだ」


「靡くってなに? そもそもぼくが賭けの対象ってなんの?」


「いや。それは……」


 寝台に腰掛けて足をブラブラさせている綾都にそう言われ、瀬希がしどろもどろになる。


 朝斗には幾らでも強気で言い返せる瀬希だが、相手が綾都だと何故かろくに反論できない。


 朝斗はそれを知っていて、綾都を利用している節があるから始末に負えなかった。


「綾ー。この皇子はな。お前を売ったんだ」


「売ってない!! 変なことを言うんじゃない!! 朝斗!!」


「どこまでほんとかねえ」


 朝斗に白々しい目を向けられて、瀬希もムッとする。


 それから綾都に近付いて肩を掴んだ。


 綾がじっと見上げる。


「明日から半月ほどの間、アレク皇子が綾に何度も近寄ってくると思う」


「え? それ嫌だ。あの人なんか苦手」


 綾都の顔がみるみる曇る。


 その様子に瀬希も心を痛めた。


「わかってる。だから、ふたりきりには決してならないようにするし、綾がひとりのときは近付かないように頼んである。向こうも誓ってくれたから、多分大丈夫だと思う。ただ」


「ただ?」


「綾がアレク皇子を信じると困ることになる」


「信じたらダメなの?」


「ダメというよりアレク皇子を信じたり、いい人だと心を許したら、綾が困ることになるんだ。綾だってなんとか元の世界に戻りたいだろう?」


「うん」


「そのためには出現したこの国にいた方がいい。それもわかるな?」


「わかるけど……ぼくはどこにも行かないよ?」


 あれだけ綾都の目の前で会話したにも関わらず、相変わらずわかっていない綾都に、瀬希はため息が出そうになる。


 本当に朝斗もどんな教育をしたのやら。


 綾都の純粋培養ぶりは普通じゃない。


 これで双生児で同い年?


 ある意味で奇跡だ。


「そう。綾はどこにも行きたくない。ここに居たいんだ。でも、アレク皇子を信じて彼を綾都も受け入れてしまうと、ここにいられなくなるかもしれない」


「どうして?」


「そのときは綾が自分からアレク皇子の国へ行くことに同意したことになるからだ」


「そんなの同意しないよ、ぼく。どうしてそういう話になるわけ?」


「だから、アレク皇子が綾に近寄ってくるのは、綾を自分の国に連れて帰るために同意させようとしてなんだ」


「嫌だ」


 はっきり言う綾都に瀬希は苦笑い。


「だったら彼がなにを言ってきてもなにをしてきても、例え彼が優しくて凄くいい人だと思えても、綾は彼を受け入れてはいけない。信じてもいけない。わかったか? 彼が優しくするのは綾を連れていくためなんだから」


「うん。わかった。ここに居たいから信じない。でも、できるかな? 人を疑うのって苦手なのに」


「疑えとは言っていない。ただ彼がどんなに聖人君子に見えても、信頼できる人だと思えても、わたしや朝斗以上に受け入れてはいけない。そう言っているだけだ」


「ああ。一番にしちゃダメってことだね? だったら大丈夫だよ。一番は兄さんと瀬希皇子だもん」


 この発言にはふたりとも顔を赤く染めてしまった。


 見上げる綾都だけが、どんな発言をしたかわかっていない。


 先が思いやられるなと瀬希と朝斗は顔を見合わせた。


「綾の方は取り敢えずこれでいいとして、あんたの方は大丈夫なのか? 瀬希皇子?」


「朝斗は情報収集が速いな。綾都とは大違いだ」


「綾は人が良すぎてそういうのとは無縁なんだ。で? 大丈夫なのか? あんたも縁談をごり押しされてるんだろ?」


「縁談って瀬希皇子、結婚するの?」


 綾都がビックリした眼を向けてくる。


 瀬希はため息をついた。


「結婚とは愛し愛されてするものだと思ってる。だから、正直なところ引き合わされるシャーリー姫がどんな姫君か、それによっても結果は変わるだろうが、多分……結婚はないな」


「いやにあっさり言うな。理由は?」


「獅子皇子と言われるアレク皇子の妹姫だぞ? お転婆なのは想像がつくし、それに今は……正直そういう気分になれない」


 どうしてそうなのか瀬希にもわからないが、結婚に意識が向かないのは事実だ。


 それでどんな魅力的な美姫を紹介されても、瀬希の心はチラリとも動かないだろう。


 わざわざ出向いてくるシャーリー皇女には悪いかもしれないが。


「そういう気分になれない、か」


 朝斗がどこか遠くを見てそう言ったが、瀬希にはなにが言いたいのかわからなかった。






 翌日の昼頃瀬希は正式にシャーリーと引き合わされることになった。


 それによりアレクも綾都に近付いてもいいという許可が出たことになる。


 綾都はアレクに瀬希はシャーリーに。


 特別な関係だと思われているふたりは、引き離されるべく働き掛けられることになる。


 朝斗は弟の傍でじっと護衛のように控えていた。

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