第23話
アレクとカインの印象は、綾都的には最悪だった。
本能的にふたりから驚異を感じ取り、綾都はビックリしてレスターにしがみついたものだ。
そうして瀬希がシャーリー皇女と引き合わされているとき、条件に合わせるためカインと共に訪れてきたアレクは、眼を見開く綾都に小さく微笑みかけた。
そうしてわざとらしくアレクはルノール語で話し掛ける。
綾都の傍に控える朝斗が睨む中で。
そういう意味では瀬希が居なかったのは痛かったかもしれない。
綾都と同じ特徴を持つ朝斗では、アレクの意図を察することは、どうしてもできないので。
『初対面のときは失礼した。シャーナーンのアレクという。これでも第一皇子、シャーナーンの世継ぎだ。名を聞いても?』
ふたりともこれがルノール語だと気付かずに答えてしまった。
うっかりと。
『ぼくは綾都です。知ってたんじゃないですか?』
普通にルノール語で返す綾都にアレクもカインも絶句する。
理解できるとしても、ここでルノール語を使う意味がないからだ。
何故ならアレクたちはシャーナーン人でルノール人ではない。
それがルノール語を使ったなら、普通は警戒して華南語を使って訊ね返すはずだ。
だが、綾都はルノール語で答えた。
これは一体?
『あんたらもしかして今、違う言語を使ったか?』
これは慎重な朝斗にしてみれば迂闊な言動だが、ふたりの驚愕の顔からついそう訊いてしまった。
使った言語を聞かれた?
つまりふたりは自分たちが何語を使っているか自覚がない?
アレクは次はシャーナーン語を使って話し掛けてみた。
『そういうつもりはありませんが? 普通に華南語ですよ?』
アレクが母国語を使いながらも華南語だと言ったので、カインは唖然としている。
そんな見え見えの嘘に誰が引っ掛かるんだと。
しかさ言語が区別できないふたりは、あっさりと引っ掛かった。
『それにしては変に驚いていた気がするんだけど。なあ? 綾?』
『うん。驚いてたね。なんで?』
シャーナーン語を話しながらも、首を傾げるふたりに驚きたいのはこちらだと、カインは口をパクパクさせる。
そんな弟にアレクはわざとダグラス語で話し掛けた。
『カイン。そんなに口をパクパクさせるものじゃない。みっともない。なにかあったのか?』
あったもなにもカインが華南語で言いかけると、綾都が振り向いてプッと吹き出した。
『ほんとだ。まるで金魚みたい』
『綾。失礼だろ。金魚って例えは』
『えー? あんなに口をパクパクさせてたら、酸欠の金魚だよ?』
このふたりの会話は理解できる部分と理解できない部分があったが、アレクはやはりなとひとり頷いた。
このふたりはすべての言語を操れるのだ。
そして多分ふたりには言語が違うという認識がない。
「おふたりはどうやらすべての言語を話せるみたいですね」
アレクに指摘されて綾都はキョトンとしたが、朝斗がすべてを悟った。
「あんたさっきから言語を変えて喋ってたな!?」
「そして言語が変わったという認識をふたりは持てない。違うか?」
これにはふたりとも黙り込むしかなかった。
カインはようやくアレクの意図を知ってふたりを凝視した。
「便利な能力もあったものだ。わたしがすべての言語を習得するのにどれだけ掛かったか」
わざとアレクはそう言った。
今はそういう能力があるとわかっただけでいい。
これ以上ふたりを警戒させるのはバカがすることだ。
今は綾都を手懐けること。
それを優先するべきだった。
「それだけ?」
綾都はキョトンとしたが、朝斗は大体のところを悟った。
アレクの意図を読んだのだ。
「あんた獅子皇子と呼ばれてるんだっけ」
「……俺を相手に対等な口を利くのはお前が初めてだ」
「俺には身分なんて関係ないんでね」
朝斗はじっとアレクを睨む。
「弟はどこにもやらない。さっさと諦めてくれ」
「それを決めるのはお前じゃない。幾ら双生児の兄とはいえ引っ込んでいて貰おうか」
バチバチとふたりの間で火花が散る。
ふたりの睨み合いを見て綾都は小さくなる。
またアレクに驚異を感じたのだ。
気付いたカインが兄の脇腹を小突く。
振り向いた兄に意味はないかも知れないが、母国語で話し掛ける。
『すべての言語を操れるなら意味はないかも知れないが、怯えてるぞ。どうやら兄と違って気性がそんなに激しくないらしい。アレクには難しい相手だな』
言われてアレクは綾都を見た。
確かに怯えて小さくなっている。
なんだか扱いにくい。
アレクは今まで気の強い女性としか付き合ったことがなかった。
綾都みたいなタイプだと大抵怯えられて深い仲にはなれないので。
「そんなに怯えなくても別にとって喰ったりしないぞ?」
頭を撫でられて諭され、綾都は小さく首を傾げてアレクの青い瞳を見上げる。
「なんで……ぼくに構うの?」
「理由が必要か?」
「ぼくなんて身体が弱くて、しょっちゅう熱を出して倒れるから。兄さんにも瀬希皇子にも迷惑をかけてるし、いいところなんてひとつもないのに」
綾都から意外な情報が聞けて、アレクは内心でほくそ笑む。
身体が弱いというのは想定外だが、それなら瀬希がまだ手を出していないという推測が当たっている可能性が増すからだ。
「確かに細いし色も白いな。きちんと食べているか?」
「あんまり?」
「食べなければダメだ。食事は健康の基本だ。瀬希皇子はそんなこともしてくれないのか?」
「違うよ。ぼくが少食で食べられないんだよ。瀬希皇子は悪くない」
「そうか? 食べられないなら食べるように手配することも大事だ。瀬希皇子はそれもしてくれないのかと訊いているんだが?」
しているのかしていないのか綾都は知らない。
黙り込む綾都を庇って朝斗が声を出した。
「瀬希皇子はきちんと医師をつけてくれてるよ。今は無理に食べさせようとしないで安静にするように言われているんだ。別に無責任なわけじゃない」
これは嘘ではない。
瀬希は世継ぎとして忙しいので、綾都の治療には関わっていないが、きちんと医師をつけてくれていて、その専任の医師から綾都は今は安静第一と言われている。
それを朝斗は聞いているし、医師を手配してくれたのが、瀬希皇子であることも知っている。
兄が嘘をつかないと知っている綾都は明るい笑顔になった。
「あれ。瀬希皇子がしてくれてたんだ? 知らなかった」
「あの皇子はそういう自慢になりそうなことは自分からは言わない。綾も気付いてやれよ。結構親身になってくれてるんだぞ?」
ふたりの会話を聞いてこの方向性は逆効果だなとアレクは気付いた。
この双生児の兄の朝斗という少年。
どうやらかなり手強いらしい。
さりげなく弟の意識がアレクに向かないように調整している。
どうやら彼を排する必要がありそうだ。
守護神のように彼が付き添っていては綾都は落とせない。
「カイン」
「なんだ?」
兄が礼節を無視しているのでカインも普通に話す。
そんな弟に兄は意味ありげな笑顔を向けた。
「朝斗殿とシャーリーを引き合わせてくれないか?」
「なんで俺がっ!!」
「瀬希皇子の側室なら妃候補のシャーリーとは逢っておくべきだろう? 綾都殿が妹に逢うのはまずいが」
「綾とはふたりきりにならない約束だっただろ!!」
「側室としての義務だと言っている。そもそもこの部屋には侍従や侍女がいる。ふたりきりではないから約束は破っていない」
アレクに睨み据えられて朝斗が答えに詰まる。
そんなものになった覚えはないのだが、身を守るため建前でそうなっているのは事実。
義務だと言われれば拒否はできない。
「綾」
「なに? 兄さん?」
「なにかされたら悲鳴あげろよ?」
「なにかって?」
「なんでもっ!! とにかく必要以上に近付かれたら悲鳴をあげて逃げろ。瀬希皇子に駆けつけてもらうから」
「よくわからないけどわかった」
ふたりの会話を聞きながら、アレクは笑いそうになる。
わからないけどわかったって、それはわかったとは言わないだろうと。
「カインは彼をシャーリーに引き合わせたら帰ってきてくれ。ふたりきりにはならないという約束だからな。なるべくならカインにいてほしい」
「わかった。では。行こうか?」
カインに促され朝斗は何度も振り向きながら部屋を出ていった。
ふたりが出ていってすぐにアレクは扉を見ている綾都の手首を握った。
ハッと綾都が振り返る。
警戒されないように優しく握りながら、アレクは染々と言ってみせた。
「本当に細いな。病弱ってどこか悪いのか?」
「……ただの気弱体質だよ。昔から健康とは縁遠いから」
「もしかして兄とこれだけ体格が違うのもそのせいか?」
コクンと綾都は頷いた。
「本当の歳は幾つだ? 普通に見ればレスター王子より年下に見えるが」
「今年17になるよ」
「17!? これでっ!?」
思わず叫んでしまうアレクだった。
17でこの成長の仕方はあまりに異常だ。
もしかして秘める力が強大すぎて成長を害している?
「しかし今年って。今年はもう後僅かしか残っていないぞ? いつが誕生日なんだ?」
「え? 夏産まれだけど?」
季節は既に冬である。
夏産まれと言われ、アレクはわからないように目を細める。
「夏なら既に通り過ぎている。その場合、もう17と言わないか?」
「あ」
ダラダラと綾都が冷や汗を掻き出した。
素直だなとアレクは苦笑する。
「16なのか17なのかどっちだ?」
「あうあう」
綾都はこれ以上口を開けばボロが出そうで途方に暮れる。
綾都の今年はまだ始まったばかりだ。
日本では新年が明けたところで、綾都の誕生日はまだまだ先だった。
しかしそんなこと言えるはずがない。
アレクはこれアレクはこれ以上問い掛けても答えないだろうなと判断して素早く話題転換した。
今は綾都を落とすために、より多くの情報を掴むべきだったから。
「瀬希皇子とはどうやって知り合ったんだ?」
「あ。うん。王都の宮古で変なお兄さんたちに絡まれて」
「変なお兄さん?」
綾都の呑気さにアレクは内心で呆れる。
絶対いい魂胆は持っていなかっただろう。
その輩は。
綾都はそのくらい綺麗だ。
「兄さんがぼくを庇ってくれたんだけど、その兄さんに乱暴を振るわれそうになって」
「そこへ瀬希皇子が助けに入ったのか」
「うん。最初はちょっと瀬希皇子に怯えたけど」
「怯えた? 何故だ? 彼は助けに入ってくれた方なんだろう?」
「だって剣なんて持ってたし、おまけに真剣だったし」
それのなにが怖いのだろう?
と、アレクは思い問い掛けようとしたのだが、問い掛けながら正解だったとこの後で思うことになる。
何故なら綾都が意外な言葉を続けたからだ。
「真剣なんて時代劇でしか見たことないし。そんなもの持ち歩いている人いないから、最初は瀬希皇子に怯えたんだ」
「じだいげき?」
「えっと。今の時代じゃない昔の時代を舞台にした劇?」
この世界にはテレビはないだろうと思いとっさにそう言った。
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