第19話

「全く。アレクも無茶をさせる」


 一日で国まで戻れと命じられたカインは、物凄くとんでもない無茶をやって、それこそ死ぬ気で国まで戻った。


 シャーナーンから華南まで、一体どれだけ離れているか。


 行きはルノールにも寄ったから、まあ比較するのもおかしいものの、そこから華南に辿り着くまでどれだけかかったか。


 それを考えれば一日で戻れというのは無理難題に過ぎない。


 しかし兄の命令を絶対とするカインにとっては、死んでも(まあ本当に死ぬわけにはいかないのだが)実行しなければならないことだった。


 何故ってそれだけアレクが本気だったからだ。


 別れ際の兄の様子を思い出す。


 瀬希皇子が正論で妹を拒絶したことを、大層な侮辱だと言ってキレまくっていた。


 カインはもしかして瀬希なら、大国の皇女であっても、気に入らないなら拒絶するんじゃないかとは思っていた。


 しかし謁見の間で全く考慮の余地もなく、しかもアレクの目の前で妹を振るとは、さすがに予想していなかったのだ。


 謁見から戻ってきたアレクは手がつけられなかった。


 とにかく一日で戻って、次の日には妹を連れてこい、としか言わない。


 破ったらどんな目に遭うか怖かったが、それ以上にアレクをそこまで怒らせた瀬希皇子に感心してしまった。


 普通できないことである。


 カインが使った手は流れの精霊使いを利用することだった。


 ルノー人でも国に属さない精霊使いはいる。


 彼らは金さえ払えばなんでもしてくれる。


 だから、カインは馬ごと国まで移動させたのだ。


 最速で。


 一日で着くようにと指定して。


 そのために大金を支払った。


 慣れていない移動だったので、ちょっと酔ってしまったが。


 しかし宮殿にまで移動させる術はない。


 何故かというと精霊使いの術が通じないように結界が張られているからだ。


 これも流れの精霊使いにやらせたことで、上級精霊使いの仕事なので、それ以上、つまり最上級の精霊使い出もないかぎり破れない。


 つまり王都に出現した後は馬を利用するしかない、ということである。


 上級同士の力だと相殺してしまって、通用しないので残る選択肢は最上級のみ、ということになるから。


 そして今現在公には最上級の精霊使いは実在しないとされている。


 あのときの話し合ったことが事実で、レスター王子が最上級であれば話は変わるが。


 但し最上級が実在しないという情報を持っているのは、ごく限られた一部の者だけだ。


 それはルノールの生命線とも言える情報なので。


 もしあの推測が事実なら、それを掻い潜ってきたレスター王子は、やはり並の器ではない。


 アレクが警戒するだけはあったということだ。


 王都から愛馬を走らせながら、カインはそんなことを考える。


 城門が見えてくると衛兵たちは制止するような動きを見せたが、近付いてくる馬がカインの愛馬だと気付いて、慌てて城門を開いた。


「ご苦労っ!!」


 それだけを叫んでカインは城へと入っていく。


 中庭を突っ切り出てきた兵たちに愛馬を厩舎へ戻すよう指示すると大股に回廊を移動した。


 用件である妹に逢う前に皇帝である父に報告する義務があったからだ。


 皇帝は突然のカインの帰国を知らされ、既に謁見の間で待っていた。


 この辺の機敏さをカインは我が父ながら高く評価している。


 なにを優先するべきか父はよく心得ている。


 他国へと密偵を帯びた旅をしていたカインが、アレクとは行動を別にしてひとりで帰ってくる。


 それだけで重要な用件だと見抜いたのだろう。


 謁見の間で玉座に腰掛ける父に、カインは正式なお辞儀をした。


「只今戻りました。陛下」


「ご苦労。アレクはどうしたのだ? そなたはアレクの護衛ではなかったか?」


「その兄上のご命令で戻って参りました。実は……」


 ここでカインは詳しい説明をした。


 ルノールの第一王子レスターが精霊使い、それも上級、もしくは存在しないとされている最上級の精霊使いである可能性があるということを。


 そしてその彼と鉢合わせしたのが華南で、そこには華南の第一皇子、瀬希の側室で綾都と朝斗という双生児がいること。


 その双生児がルノール語を操ること、精霊を見られることなど、一連の出来事を説明した。


「つまりなにか? アレクはその綾都という子供が大神の化身だと判断したと?」


「状況はあくまでも推測ではありますが、すべてそれを指しています。レスター王子の態度がおかしいと。ルノール人でありながら周囲とは見出だす価値が違うということ。どれをとっても綾都という側室が、普通の人間ではないことを指しています」


「そして双生児の兄の方は全世界精霊教の理を無にする力を得ている。なのにレスター王子はそれを大して気にしておらぬ、と」


「はい。そのことからも重要なのは兄ではなく弟の綾都様かと」


「だから、その子供が複数の宗教の理を無にする存在である可能性があると?」


「はい。その場合、華南は最強の力を得たことになります」


「……不味いな」


 皇帝は難しそうな顔付きで黙り込んでしまった。


 右手は顎に当てられている。


「レスター王子については今はまだ知る術がありません。時の流れに身を任せ様子を見るしかないとは思うのですが、綾都様についてはそうもいきません。瀬希皇子が正式に側室として迎えているため、こちらも手が出せません」


「アレクはそのことについてなんと?」


「兄上は瀬希皇子にシャーリーを嫁がせ、その交換条件として綾都様の身柄を兄上の第一側室として迎えると申し込んだのですが」


「それしかあるまいな。遺恨を残さず奪うには、価値が知られてからでは遅すぎる」


 皇帝は受け入れられると信じて疑っていない。


 父まで怒らせることにはなりはすまいかと、カインはちょっと困った。


「ですが瀬希皇子は、それは受け入れられないと」


「やはりそう来るか」


「シャーリーとの縁談もなかったことにしてほしいと拒絶されたらしく、兄上は大層憤慨していらっしゃいました」


「シャーリーとの縁談を断った……だと? わたしの皇女との縁談を」


 皇帝の顔色がみるみる白くなる。


 カインは慌てて説明した。


「シャーリーに問題があるわけではありませんよ? ただ瀬希皇子は結婚とは愛し愛されてするもの、という価値観を持っている皇子としては、ちょっと変わった人物らしく、面識のない皇女とは結婚できないと」


「……随分甘えた皇子だな」


「そうでしょうか」


「カイン?」


「兄上の噂は華南にも伝わっているはず。それで兄上の目の前で申し込まれた直後に、そうやって拒絶できる。それだけでわたしには瀬希皇子の無謀とも言えるほど大きな器が理解できます」


「確かにアレクを怒らせるなど並の度胸ではできまいが」


 それだけ獅子皇子の名で知られるアレクが恐れられている、ということである。


 アレクに逆らえるのは、それだけの度胸と器を持った男か、もしくはただのバカか、どちらかだ。


 そして瀬希はどこから見ても、無謀なバカには見えない。


 彼はすべて承知して拒絶したのだ。


 そこから彼の器の程がわかる。


「それで? アレクは次はどんな手を打つと?」


 父の問いにカインは不器用ながらも微笑んだ。


「面識がないから結婚できないというのなら、面識を作らせればよいのです」


「シャーリーを華南にやれと?」


「はい。明日中に連れてくるよう命じられました」


「アレクも無茶を言う」


 皇帝にもそれが無茶苦茶な要求だとわかるのだろう。


 その顔には苦笑が浮かんでいた。


 娘を政略結婚させることについては、特に抵抗はなかった。


 何故ならアレクの言ったように、こちらの者にとって皇族とは政略結婚するのが常識だからだ。


 シャーリーは失うが、娘はその代わりに大神の化身を連れてくる。


 ならばそれでよいと皇帝は判断する。


「しかしシャーリーとの縁談を、もし認めたとしても、その綾都といったか。その側室を瀬希皇子は手放すか?」


「それについては兄上が綾都様を同意させれば奪ってもよいと、最終的な返事を貰っています」


「つまりアレク次第と」


 アレクを信じないわけではないが、皇帝もちょっと心配だった。


「お顔の色が優れませんね、陛下。兄上が信じられませんか?」


「いや。これが女相手なら特に不安は感じないが、相手は子供とはいえ男なのだろう?」


「はい」


「子供でしかも男。今までのアレクの相手にはいなかったタイプだ。違うか?」


「それは……」


 確かに兄はカインと比べれば、数多の女性たちと付き合ってきた。


 年齢層も広く女性関係で兄に敵う同性はいないと、カインは思っている。


 その男振りでは瀬希皇子やレスター王子も負けていないとは思うが、いかんせん。


 瀬希皇子はこれまでが潔癖すぎて、浮いた噂のひとつもなかったというし、レスター王子に至っては、まだ子供でそういう噂を聞かない。


 つまり世継ぎの皇子の中で、一番遊びなれている人種がアレクなのである。


 だから、父の言うように女性相手だったなら、特に問題は感じない。


 絶対に相手の男から奪うだろうと自信を持てる。


 しかしあれだけ幼い子供は、アレクの守備範囲外だったし、おまけに男である。


 男はもっと条件範囲外だ。


 アレクが男で近付けた相手というのが、本当に限られているからだ。


 救いは綾都が少女にも見える顔立ちであることだろうか。


 だから、口説くことに抵抗はまだ少ないはずだ。


「取り敢えず兄上を信じましょう。我々にはそれしかできません」


「そうだな。今宵は歓迎の宴は開かぬから、ゆるりと疲れをとるといい」


「ありがとうございます。助かります」


「シャーリーとアレクのこと、よろしく頼むぞ、カイン?」


「はい」


 皇帝の言葉にカインは深々と頷いた。

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