第13話


「瀬希め。あのような輩を持ち出してくるとはな。己の点数稼ぎのつもりか?」


 まだ若い宰相、大志が毒々しく呟く。


 彼は第一皇子、瀬希をとても個人的な理由で嫌っていた。


 いや。


 憎んでさえいたかもしれない。


 歪んだ瀬希への感情は、そのまま不遇な第二皇子、古希への偏愛へとなっていった。


 瀬希を嫌う理由は彼が誰もが認める正当で、そして優秀な世継ぎの皇子だからだ。


 彼なら安心だと誰もが認めている。


 それが憎らしい。


 王位を継ぐなら古希でも別にいいではないか?


 古希は天真爛漫で素直な良い子だ。


 兄の後を追い掛けて回る些か困る一面もあるが、大志には可愛くて仕方のない皇子である。


 なのに誰も古希を省みない。


 誰もが瀬希ばかり見ている。


 それが……腹正しい。


 まるで自分を見ているようで。


 古希の不遜さに自分を重ねてしまう。


「あのふたり……邪魔だな」


 宰相は淡々と呟く。


 瀬希の傍に他国の言葉を自在に操り、精霊とすら意思の疎通ができる者などいてもらっても困る。


 それはそのまま瀬希の手柄になる。


 しかしひとりは瀬希の側室だし、彼には手を出せないだろう。


 下手に瀬希から遠ざけようとしたら、幾ら宰相とはいえ大志の方が危なくなる。


 彼を側室として迎えるなんて、瀬希のこれまでを考えると信じがたいが、どうやら上手くやられたようだ。


 例えシャーナーンの皇帝であっても、正式に瀬希のものと判断された側室である彼には手が出せない。


 手を出せば略奪ということになって、格好の戦争の理由を与えてしまう。


 そして誰が見ても皇帝に非がある以上、全ての国々は華南に瀬希に味方する。


 そうすれば如何に世界一の大国シャーナーンとはいえ滅びかねない。


 大志は権力ある宰相とはいえ、シャーナーンの皇帝ではない。


 皇帝にすら無理なことをすれば、絶対に己の身が危うくなる。


「遠ざけられてもひとりだけ、か」


 朝斗と名乗っている側室となった少年の兄。


 彼なら遠ざけても多分問題視はされないだろう。


 瀬希の側室というわけではないのだ。


 そう……思っていたのだが、会食のあった夜のことだ。


「なに? 瀬希皇子があのふたりと閨を共にした?」


 そんな報告が隠密行動をさせていた間諜から入った。


 これで瀬希は側室をふたり迎えたことになる。


 双生児の兄弟をそれぞれ側室としたことになるのだ。


 だが、瀬希は一度にふたりとそういう関係になれる男だっただろうか?


 そもそも第一位の側室に当たる綾都と呼ばれている子供は、ついこの間まで倒れていたのだ。


 それで無理矢理こんなに早く事に及ぶなんて、あの瀬希にできるだろうか。


 もしかして……まだ手は出していない?


 それとも元々こうする気だった?


 判断材料が少ない。


 暫く様子を見た方がいいだろう。


 事実だったらふたりに手を出せば、自分の方が危なくなるのだから。






 そんなことを宰相が企んでいるとは知らない3人は、綾都を間に挟んで瀬希と朝斗が揉めていた。


「だからっ。なんで俺たちがここで一緒に寝ないといけないんだっ!?」


「何度も言っているだろうっ!! 綾都は狙われても身を護れないし、なによりも側室と閨を一緒にしないということは、側室から外すということ。そうなれば父上に譲るようなものだっ!! それでもいいのかっ!?」


 売り言葉に買い言葉。


 さっきから延々と続いているやり取りで、ふたりの間に挟まれて寝ている綾都は、「うるさいなあ」と顔に書いている。


 綾都は兄と寝るのに慣れているので、同性と一緒に寝ることに特に抵抗はない。


 だが、何故か兄は頻りに嫌がっていて、こうやって無駄に食い下がっていた。


 なにが気に入らないのかは知らないが。


「だから、なんで俺までっ」


 納得しない朝斗に瀬希が白々しく言い募った。


「ほう。だったらわたしが綾ひとりを置いて部屋に戻れと言って朝斗は同意するんだな?」


「っ」


 グッと詰まった朝斗に瀬希はため息をつく。


「わたしだってなにも考えずに言っているわけじゃない。そもそもふたりを寝室に招いて一夜を過ごせば、自動的に朝斗」


「なんだよ?」


「お前も側室に迎えたことになるんだ」


「なんで俺がっ!!」


「それを言いたいのはわたしの方だ!! 全てわたしの趣味という判断になるんだぞっ!?」


 確かに一時的にこの世界に来ているだけの自分たちより、死ぬまでこちらで生きていて、帝となり結婚しなければならない瀬希にとって、この事実は大きな意味を持つ。


 一番大きな被害を受けるのが瀬希なのだ。


 これには朝斗も言い返せなかった。


「もう諦めてこの部屋で寝るか。それが嫌でも綾は置いて行ってくれ。でないと困る」


「……どっちも嫌だ」


「往生際が悪いぞ、朝斗」


 ふたりが譲らず睨み合っていると、それまで大人しくしていた綾都が、眠そうに口を開いた。


「どうでもいいけど、もう寝ない? ぼくは眠い」


「「綾……」」


「どこで寝てもおんなじじゃない。どうして兄さんはそんなに嫌がるの? ぼくが寝ているとき、兄さんもよく一緒に寝てくれたじゃない」


「そうだったのか?」


 瀬希がなにを考えているのかわかるので、朝斗は赤くなって怒鳴った。


「寝込んでいたときにひとりは寂しいって泣きつかれて、一緒に眠っていただけだ。こっちの世界の奴らと一緒にするなっ!!」


「失礼な」


「どっちが」


 本当にどちらも譲らないので、綾都は放置して寝ることにした。


 こんなに遅くまで起きているなんて、綾都には初めてのことである。


 そろそろ限界だった。


 時計を見れば午後9時を指している。


 腕時計はソーラー式なので今でも正確に時間を刻んでくれる。


 半永久的に動くのだ。


(9時。こんなに遅くまで起きてたの初めてだよ。もうダメ。寝る)


 無意識に綾都は瀬希の方を向いて目を閉じた。


 スヤスヤと安らかな寝息が聞こえてくる。


 睨み合っていた瀬希がふとそれに気付いた。


 自分に身を委ねるように寝ている綾都に。


 肩が出ていたので瀬希は寒くないように、そっと布団をかけてやった。


 それを見ていた朝斗がなにを思ったのか、眠っている弟の肩に手をかけて、瀬希の方から自分の方へと向かせる。


 さすがに瀬希もムッとした。


 下心はなかったので。


「おい」


「この部屋で寝ろっていうんだろう? 綾も寝てしまったし。これくらいで妥協してやる」


 それだけ言うと朝斗も目を閉じた。


 早寝早起き。


 これが朝斗の習慣だった。


 何故なら綾都が早寝で遅く起きるのが習慣だからだ。


 綾都の起床時間は体調に左右されるので遅くなることが多い。


 そのため看病をする日課のあった朝斗の朝は早い。


 眠っていただ綾都に異常がなかったか確かめるためだ。


 寝ると言ったらもう寝ている朝斗に、つくづく扱いづらいと瀬希は顔に書いていた。


 綾都を構いすぎても怒るし、逆に構ったら怒るからと放置していても怒る。


 どうしろというのか教えてほしい。


 兄の腕の中で寝ている綾都に目を向ける。


「本当に綺麗だな」


 頬にかかる解れ毛を直してやって、頬に触れた瀬希は、ちょっと戸惑って自分も横になって目を閉じる。


 誰かと眠るのは初めてだが熟睡できるだろうか。


 そう思って眠ってどのくらい経っただろう。


 ふと腕の中に温もりを感じて瀬希は目が覚めた。


 眠い眼を開けば、いつのまにか綾都が腕の中で寝ている。


 どうやら寝返りを打ったときに瀬希の方に来てしまったらしい。


 まあいいかと判断して瀬希は目を閉じた。


 綾都が勝手に寝返りを打ってきたのだし、それにまた朝斗の方を向くだろうと思ったからだ。


 ただ冷え込んできたので、寒くないようにしっかりと抱いて眠った。


 これが悪かった。


 寒くないようにという、これでも思いやりだったのだが、本当に寒かったのか、綾都は朝になるまで瀬希の身体にひっついて、しがみついて寝ていたからだ。


 そんなものだから必然的に瀬希も綾都をしっかり抱いて寝ている。


 一番に目覚めた朝斗が怒り狂うのは、まあ当然だったかもしれない。


 これでも四大国家のひとつ。


 華南の世継ぎだというのに、拳骨で起こされた瀬希は、怒り狂った朝斗を宥めるのに、かなりの時間を費やすことになる。


 当然かもしれないが後になって目覚めた綾都は、原因でありながらなにがあったのかさえわからず、ふたりの不仲の原因を問い詰めたのだった。

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