第6話





「全くっ!! どうしてくれるんだっ!!」


 イライラと怒鳴り散らすのは朝斗である。


 場所は華南の王城、佐那城。


 第一皇子、瀬希の居室である。


 瀬希はふたりを連れ帰ると、すぐに事情を説明したが、ここでひとつの問題が浮上。


 ふたりが異世界から来たこととか、ダグラスやルノールとはなんの関係もないことは、信じられないが瀬希の一言だけで信じて貰えた。


 瀬希は相当発言力のある皇子らしく、彼がそういうならと皆信じたのだ。


 ふたりを宮殿に置くという発言にも、特に反対意見は出なかった。


 しかし問題はここからである。


 朝斗が同性であることは見ればわかる。


 しかし綾都はどうしても少女に見えるし、しかも一見すれば物凄い美少女だ。


 お陰で瀬希皇子が見付けてきた側室扱いされ、綾都は否応なく女装させられていた。


 しかも悲しいかな。


 さすがに女の人に風呂の世話をされるのは嫌だったので、兄である朝斗にして貰っているせいか、未だに少女だと誤解されている。


 何度かは男だと言ってみたが、皆冗談を言っているとしか受け取ってくれない。


 これには瀬希も途方に暮れていた。


 別に側室にする気なんてないし、そもそも綾都は男である。


 これで今夜夜伽なんて用意されたら、どうやって逃げようかと彼も悩んでいた。


「しかしお前そうしていると驚くほど綺麗だな。本当に男なのか?」


 思わず確認してしまう瀬希に寝台に腰掛けている綾都が彼を睨んだ。


「男だよ。なんなら脱いでみせようか?」


「……いや」


 さすがに顔が美少女だと抵抗があるのか、瀬希はそう言って赤い顔を背ける。


「瀬希皇子は幾つなんだ?」


 弟が倒れないように寝台に腰掛けて支えている朝斗が訊ねる。


 このふたりは仲がいいなと感じつつ瀬希は答えた。


「この間19になった」


「ここの成人年齢は?」


「20歳だ」


「じゃあ来年成人?」


「ああ。だから、今のわたしは未成年だし、なによりも帝というわけでもないからな。そんなに心配しなくても、周囲だって夜伽の準備はしないだろう」


「よとぎ?」


 ろくに学校に行けなかった綾都は意味がわからず首を傾げる。


 自分の知識の中にその言葉がないと、どうやら便利な変換脳を持っていても、意味は理解できないみたいである。


 学校に行けなかったのは同じでも、勉強する暇はあった朝斗はムッとして瀬希を睨んだ。


「あんた本気で綾が男だって主張したのか?」


「ああ」


「だったらなんで未だに女装なんだよ? 綾はこれでも弟だっ!!」


 喧々囂々と非難され瀬希は困った顔になる。


「何度も言ったんだが信じて貰えなくて。まさか皆の前で裸になれとも言えないだろう? それでは晒し者だ」


「っ」


 グッと詰まる朝斗に瀬希は赤くなる。


 大勢の前でストリップなんて御免である。


「それに兄であるお前の呼び方もまずいんだ」


「どうして?」


「お前は綾と呼んでいるだろう?」


「それがなんだよ?」


 瀬希はまだわからないのかと言いたげな顔になった。


「綾って普通は女性名だろう?」


 これにはふたりとも口を噤んだ。


 綾都と呼べば男性名になるが、愛称の綾は普通は女性名と受け取られがちだ。


 今まで特に気にしたことはなかったが。


「お前が綾なんて呼ぶから、周囲は性別を疑っていないんだ。逆にわたしたちが男だと言っても、冗談だとしか受け取ってくれない」


「だったら綾都と呼べば……」


「呼んでも誤解は解けない気がするが」


 だったらどうすればいいんだと朝斗は瀬希を睨む。


 睨まれた瀬希は咳払いしてみせた。


「問題は父上が絡んだ場合なんだ」


「えっと確か帝……だっけ?」


「そうだ。帝は一夫一妻制だが、夜伽の相手に指名するくらいなら特に問題視されない。非常に言いにくいが、相手が男だとしても、だ」


「えー。ぼく嫌だよ。男相手なんて」


 綾都は意味はわかっていないのだが、男を相手に女みたいに扱われる可能性だけは理解していて嫌そうな顔になる。


「どういう意味だよ?」


「さすがの帝でも他の皇族の側室、または正妃に手を出すことは認められていない。つまりそんな事態を回避するためには、この誤解は必要ということだ」


「そんなっ」


 感情的に言い返しそうになってから、朝斗は矛盾点に気付いた。


「あのさ、さっきこの国は一夫一妻制だって言ったよな?」


「ああ。それが?」


「だったらなんで側室もてるんだ?」


「側室は所謂妾だからな。妻という扱いにはならないから、何人迎えても自由。ついでに言うと男でも側室にはなれる。この世界がそういう風習だからな」


 これは他国でも同じことが言える。


 悪い癖だと瀬希も思うのだが、寝台の相手に男女の区別はあまりなかった。


 皇族以外なら同性との結婚も許されているほどである。


 全員が全員同性と結婚されると出生率が落ちるので、認められるための条件みたいなものはあるが。


 皇族はどこの国でもそうだが、后を迎えなければならないという決まりがあるので、同性とは結婚できない。


 その代わり側室扱いにして傍に置き寵愛することは自由とされていた。


 そういう風習だが他人のものに手を出すことだけは禁じられていて、これには国の統治者とか関係ない。


 つまり帝に目をつけられる事態を回避したければ、性別を誤解されていようと誤解を解こうと、瀬希の側室扱いという誤解だけは解いてはいけないのである。


 瀬希の側室と思われていれば、瀬希にも綾都を庇ってやれる。


 自分さえ手を出さなければ、身体の弱い綾都に無理をさせることもない。


 だから、瀬希は性別の誤解こそ解こうとしたが、側室扱いとして迎えたという誤解だけは、積極的に解こうとはしなかった。


 そのせいで余計に性別の誤解が解けないのだが。


 この他人のものとなった人物には手を出せないという決まりは、自由の国ダグラスでも同じだという。


 その辺はやはり世界最古の王国の末裔だなといった感じだ。


 但し皇族に限って言えば、一度側室から外せば、他の者になるのは自由とされている。


 一般の庶民で言えば婚約者、或いは恋人でなくなれば、他の誰と付き合おうと誰のものになろうと自由ということだ。


 これは夫婦にも言えて離婚すれば、それは可能となる。


 つまり関係性が持続しているときだけ有効なのだ。


 簡単に言えば法的に認められていようといまいと特別な関係にある場合に浮気は許されないということだ。


 他の相手とそういう関係になりたければ、関係性を解消しなければ法的な罪に問われる。


 そのため、略奪婚とかはあり得ない世界なのだった。


 まあそれも本当に性的関係を持っていればの話だが。


 だから、どこまで手を出さずに庇えるか、瀬希にも自信はなかった。


 瀬希が手を出していないと悟られると、下手をしたら側室ではなくなる可能性もあるのだ。


 これは瀬希が未成年であることを最大限に活用するしかないだろうと瀬希は今からため息の嵐だ。


「つまり帝に手を出されないために、瀬希皇子の側室という身分が必要? でないと綾は夜伽に指名される恐れがある?」


「そうだ。これだけ美しければ、その恐れは当然出てくる。男だとはっきりしても、だ。父上は特に拘りはないし」


「えっと。ごめんなさい。手を出すっなに? そくしつってなに?」


 真面目に問われて瀬希が狼狽した。


 そんなこと真面目に問われて、どう説明しろというのか。


 これには兄の朝斗がやんわりと弟を諭した。


「綾は知らなくていいことだよ」


「でも、よとぎとか知らない言葉が沢山出てくるし、全部ぼくに関わってくるんでしょ?」


「大丈夫。俺が護るから綾はなんにも心配しなくてもいいんだ」


 抱き締めて頭を撫でられて、綾は困った顔をする。


 知らないとなにが起きても回避できない気はしたが、綾都は兄を疑う気にはなれない。


 兄が一度護ると言えば、絶対に守ってくれるからだ。


「わかった。兄さんを信じるよ」


 ニッコリ笑って言われ、朝斗は笑顔になって弟の頭を何度も撫でた。


 そのやり取りを瀬希が信じられないと凝視している。


「お前たち……本当に兄弟か?」


「……どういう意味だよ?」


「いや……どこから見ても恋人たちの逢瀬の場面だ。兄や弟の振る舞いではないぞ?」


 染々と瀬希はそう言ったが、綾都は言葉の意味を理解しなかったし、理解している朝斗は特に反論しなかった。


 元の世界でも散々言われたことだ。


 今更である。


「兄上っ!!」


 バンッと扉が開いて元気な声がした。


 振り向けば弟皇子の古希がいる。


 宰相大志のお陰で微妙な関係になりつつあるが、瀬希はこの幼い弟をとても可愛がっていた。


「どうした? 古希?」


「側室を迎えたってホントっ!? あれだけ男の人も女の人も近付けなかったのに!! それに兄上は妃以外は迎えないってあれほど」


 言いかけて古希の目が丸くなった。


 寝台の上にそれは可愛らしく美しい姫がいたからだ。


 当然だが綾都である。


「綺麗。これなら兄上が誘惑されるのも無理ないかも」


「綺麗? あんまり嬉しくない」


 やはり綾都も男だ。


 綺麗と言われるより格好いいと言われたい。


 まあ過ぎた望みなのは理解しているが。


「……声。思ったより低いね? 女の子としては」


 古希は綾都を女の子だと信じて疑ってもいない。


 瀬希は近付いていくと弟の髪を撫でた。


「周囲に何度も言ってるんだけどな。男なんだよ、あれ」


「……兄上。冗談はもっと上手く言ってよ。あれのどこが男の人なの? どこから見ても麗しい姫だっては」


「いや。冗談じゃないんだけど」


 瀬希は困ったように笑っている。


 兄を疑わない古希はマジマジと綾都を見た。


「ホントに男の人?」


「あ。うん。今年17になる。綾宛っていうんだ。よろしくー」


「17っ!?」


 古希は絶句したが、瀬希も振り向いて絶句していた。


 朝斗なら今年17と言われても納得はできる。


 しかしあの外見で今年17と言われても、それこそ冗談にしか聞こえない。


 どう見ても古希より少し年上。


 大人びて見えると解釈したら、同い年くらいにしか見えない。


 それで瀬希とふたつ違い?


 悪い冗談だと思った。


「あのさ。俺と双生児なんだ。外見がどんなに幼くても17になるんだよ。そこまで絶句するなよ、ふたりして」


 朝斗がブスッとして口を挟む。


「いや。しかしどうしたらそんな17歳ができるんだ? 女の子ならともかく」


 瀬希は信じられないとそう言ったが、すぐにそう言ったことを後悔した。


 綾都の事情を忘れていたのだ。


 ムッとしたように朝斗が説明する。

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