第7話
「綾は一年のほとんどを病院に入院しているか、軽くて家で寝ているか。どっちかだったんだ。体調のいいときは学校にも行ったけど。ほとんど外には出てない。それで普通に成長できるわけないだろ。失礼だろ。そんな態度」
「……済まない。病弱なのを忘れていた」
「兄上」
古希が兄を見上げ兄は弟を見下ろした。
「凄く綺麗だから兄上が誘惑されるのもわかるけど、ほんとに男の人なら男の格好をさせた方がいいよ? それにひとりも女の人と付き合わない間に男の人を、それもこんなに綺麗な人を側室に迎えるのってどうかと思うよ?」
「……古希」
嬉しいんだか嬉しくないんだかわからないと瀬希の顔には書いていた。
それから一週間ほどが過ぎて、寝込んでばかりだった綾都も、なんとか出歩けるくらいにまで回復した。
帝とは逢っていない。
これが皇族の決まりだと聞いているが、帝や皇子たちはそれぞれ別の棟で暮らしているらしく、瀬希の元にはあまり現れないという。
そのせいで瀬希が側室を迎えたと聞いても、特に確かめるようなこともなかったのだ。
だが、綾都が元気になってきた頃に事情が変わった。
ルノールの王子一行が華南にやってきて、綾都は一応瀬希の側室ということで、謁見はともかくとして会食には出なければならなくなったからだ。
しかしこの世界のテーブルマナーなんてわからないし、そもそも綾都は未だに女性と誤解されている。
女装にも大分慣れたが、だが、テーブルマナーに関しては、未だに瀬希から注意される綾都である。
綾都は勉強をしてこなかったので、実は物覚えが悪い。
一度覚えてしまえば間違わないが、覚えるまでに時間がかかるのだ。
覚えるコツを知らないので、効率よく覚えるという真似ができないせいで。
その点、綾都とは違い普通に勉強してきて(何故かというと弟がわからないとき教えるためだ。自分が理解していないと教えられないので)朝斗は、完璧にテーブルマナーを覚えている。
それだけではなく最近はこちらの歴史の勉強なども始めていた。
綾都はテーブルマナーで精一杯で、それどころではなかったが。
朝斗が歴史を勉強しているのは、この世界の知識を得ることで、元の世界に戻れる可能性を探るためだった。
こんな寝台の相手に男女の区別もない世界に、しかも皇子の側室として最愛の弟を置いておきたくなかったので。
まあ瀬希が悪い人でもなければ、皇子の権力を嵩にきる者でもないということは、彼に対して好意を抱いていない朝斗にも理解できてきていたが。
綾都が倒れていたからとはいえ、瀬希は綾都に仕掛けるような真似はしなかったから。
「ねえ、兄さん」
「なんだよ?」
机で勉強していた兄の傍に近付いて綾都が覗き込む。
その姿は華南の皇族の、それも側室だけが着る衣装で、しかも女物だ。
着飾っているため、とても綺麗だ。
この頃、弟がとても眩しく見えて朝斗は戸惑う。
女装しているから、だけではないだろう。
最近綾都は特に綺麗になった。
こちらの空気が合っているのだろうか。
「ルノールの王子との会食に兄さんも出られない?」
「でも、俺にそんな権限は……」
「瀬希皇子に頼み込むから、お願いだから出てよ。ぼくテーブルマナーに自信……ない」
「しょうがないなあ。出られるようなら出てやるから、そんな泣き出しそうな顔するなよ」
「うんっ」
嬉しそうに微笑む綾都に朝斗は、さりげなく目を逸らした。
弟の笑顔が眩しすぎて。
そうしてルノールの王子が到着する日、綾都はなんとか女装姿ではなく、男として出られないか、瀬希に問い合わせていた。
これまでは瀬希しかいなかったし、周囲の誤解のせいだったから、別段構わなかった。
朝斗が気にしないと言えば嘘になるが、それで迷惑を被るのは綾都だけだったから。
だが、他国の王子の前で女装して出迎えるのは、さすがに非礼だろうと思われた。
「わたしは構わないが周囲がなんというか」
瀬希にしてみれば綾都は元々、同性だし男物の服を着ること自体は問題はない。
しかし周囲は未だに少女だと誤解しているのだ。
それで男物を着せることに同意するとは思えなかった。
だが、他国の王子の前で女装は失礼と言われてしまえば瀬希にも断れない。
反対する周囲を押し切って瀬希は綾都に男物の服を着せるように命じてくれた。
それでホッとした綾都である。
兄の会食への参加も認めてくれたし、瀬希ってほんとに好い人だと、綾都は染々と感じていた。
初めて華南の民族衣装で男物を着た綾都はご機嫌だった。
瀬希の側室ということで、服装は綾都とは違う。
だが、瀬希や朝斗を見て憧れていたのだ。
自分も着たいと思っていたので浮かれてしまう。
会食が始まるまで退屈だった綾都は、同じように正装に身を包み持っている兄に声を投げた。
「ルノールの王子様ってどんな人かな?」
「俺が調べたところによるとまだ15歳で、世継ぎの王子としては最年少らしいな」
「ふうん。大変そう」
15歳なら普通なら中3。
早生まれなら高1。
それで世継ぎの王子をやっているなんて凄いと綾都は思う。
それを言うなら成人を来年に控えた瀬希も立派だとは思うけれども。
あれ?
でも、地球でも王子に産まれた者は、年齢に関係なく王子なんだと気付いた。
王子として大変なのは生まれることではなく、王子として生きていくことだと気付いて、綾都は王子という役目の重責を思い眉を寄せる。
そんな弟に兄はここ最近で仕入れた知識を披露していた。
この世界では絶対に知っておくべきことだったので。
因みに何故朝斗が書物を読めたかと言えば、例の自動変換脳のお陰だ。
こちらの字で書かれていても、朝斗には日本語として理解できる。
同時に朝斗が日本語で書いた言葉も、相手が華南人だったら華南語として伝わる。
これは瀬希で確認済みだった。
また瀬希に違う言語を使って貰って、直後に同じ言葉を書くと、その言語になる。
これも確認済みである。
ふたりの自動変換脳は耳と脳が直結しているので、耳にした言語に引き摺られるという特徴を持っているようだった。
つまりふたりに限って言えば読み書きでは、どんな言語でも苦労しないということである。
そのことは綾都にも言っておいたが、テーブルマナーに苦戦している綾都は、まだそこまでの余裕はない。
そのせいかこの世界のことについて、あまり詳しくなかった。
「この世界は大きく四つの国と四つの宗教で分けられている」
「どういう意味で?」
「例えばこの華南国に東国に位置していて、東で最も勢力のある国であり、四大国家と呼ばれる国のひとつだ。そして華南が崇拝している宗教は四神教。火神。水神。風神。地神の四神を崇拝していて、その中でも火を司る火神を主神としている」
「だから、四神教なんだ?」
「俺はこれは地球で言う四神に当てはまるんじゃないかと思ってる」
「なにか似たような言い伝えでもあるの? 地球に?」
「おそらく火神とは鳥の姿をしていて、水神は龍、風神は虎、地神は亀に蛇が巻き付いている姿だ。それと似た絵姿も確認している。これと同じ神なら地球にもあって、そちらも四神と呼ばれていて、火を司るのは朱雀。水を司るのは青龍、風は白虎、地は玄武だ」
「えっとつまり? それが鳥、龍、虎、亀ってこと?」
「そう。そしてそれぞれの神々から、ひとつだけどんな願いでも叶えて貰えるという武器をこの華南国は持っている」
「神様にお願いを叶えて貰うことが武器なの?」
単純でお人好しの綾都にとっては、神に願いを叶えられるのは、ひとつの奇跡で良い事にしか思えない。
そんな純粋な弟に兄は苦い笑みを見せる。
「例えば華南国以外の国を滅ぼして、すべての世界を華南で征服する。そんな願いが叶えられたら、他国にとってはどうだ?」
「……そんなこと瀬希王子ならしないかもしれない。でも、どこかの時代のいつかの帝が、そんな願いを持たないとは限らない。だから、華南の持つその力を他国は恐れてる」
「そんなの……」
自分たちが陥っている現状を思えば、そのなんでも願いが叶うというのが、単なる伝説の類いとは、綾都にも思えないので、とても複雑な顔になる。
「そして南国に位置しているのが今日やってきたルノール国。こちらは全世界精霊教という宗教を信仰していて、これによると世界にはすべての物に精霊が宿っていて、ルノールはその精霊の加護を受けた国なんだそうだ」
「凄いねえ。神様から比べるとなんか格下に感じるけど」
「そうでもないぞ? 華南にできることは、あくまでも願い事を四つ叶えることだけ。ルノールにはそういう制限はない。精霊が存在し、その精霊を使役できる精霊使いが存在する限り、無限に力を振るえる。また精霊はルノール人以外には見えないため、攻撃されても防げないという利点まである。そういう意味だと便利で脅威なのは華南よりルノールだよ。勿論最終的な威力では華南には敵わないだろうけど」
「力をとるか数をとるか、だね。質より量ってことかな?」
綾都でも理解できる言葉で口にする弟に兄は「そういうこと」と頷いた。
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