第5話
古王国ルノールを出発した大国シャーナーンの皇子の一行は、現在は東方の小国華南を目指して旅をしていた。
ルノールを早々と出た理由のひとつとして、次期国王でありアレクが最も警戒している王子レスターが国にいなかったことが挙げられる。
アレクは23歳。
カインが19歳。
シャーリーが15歳。
ケインは13歳。
そして華南の第一皇子瀬希がカインと同じ歳。
第二皇子古希は12歳で皇族の中では一番幼い。
ダグラスの大統領ウィリアムは現在28歳。
若くして民衆の支持を集め選挙によって正当に選ばれているので、ダグラスでは英雄扱いされている。
そしてシャーナーンの隣国であり、皇子としては最年長の立場にいるアレクにとって、一番目障りな古王国ルノールの第一王子レスターは15歳。
世継ぎとしては最年少だが、とても優れた王子と噂されていて、なにかと逸材だとされている聡明な王子だった。
華南は国の位置的に他の三国とは意味を違えているせいか、あまり噂が届かない。
だが、旅に出てから集めた噂によれば、第一皇子瀬希は自国では人望も厚く、また文武両道で聡明な世継ぎの皇子として支持されているらしい。
第二皇子古希は幼いせいか、あまり悪い噂も良い噂も聞かない。
敢えて印象を挙げるなら、優秀な兄の影に隠れてしまった悲運の皇子といったところだろうか。
シャーナーンを統べているのは皇帝。
華南を統べているのが帝。
ルノールを統べているのは国王。
そのためこの三国には世継ぎと呼ばれている後継者がいるが、ダグラスだけにははっきりとウィリアムの後継者と名乗れる人材がいない。
選挙によって選ばれるので、次期大統領候補なら沢山いるが、誰が大統領になるかは民衆によって決められるため、ほとんど意味がないせいだ。
そういう意味で新興国だけあってダグラスの民主政治は異端だった。
そのせいだろうか。
世継ぎとして最年長という位置にいるアレクは、つい他国の世継ぎたちと自分を比べてしまう。
レスターも瀬希も世継ぎとして優秀と噂され、どちらも民にも人気が高く臣下からも信頼されている。
それだけでアレクはこのふたりを無視できない。
敢えて不安材料を挙げるなら、ルノールならレスターの従兄弟に当たる王弟の息子、ロベール卿だ。
彼が第二王位継承者なのだが、彼は年下の(ロベール卿は18歳なので)レスターが世継ぎを名乗っているのが気に入らないらしく、なにかと彼に逆らい王位を得ようと虎視眈々と狙っている。
そういう内情を抱えていた。
華南は華南で第一皇子瀬希と第二皇子古希は仲の良い兄弟だが、周囲がそれを歓迎しない傾向にあるという。
何故なら華南では最高権力者は確かに帝だが、権力を握る宰相大志(23歳)が、第二皇子古希を擁立しようとしていて、王位争いが表面化しつつあったからだ。
華南の宰相の地位はとても高いので、瀬希も苦労しているらしい。
そういう意味でこの二国は王位を巡って王族同士が争っている状態なので情勢は不安定だ。
最後の一国ダグラスは民主政治を行っているせいで、正当な後継者というのがいない。
上手く後継者が育っていればいいが、今はウィリアムがあまりに優秀なため、後継者が上手く育たないという難題を抱えている。
今彼になにかあればダグラスは国家存亡の危機である。
だから、召還獣を召還し続けて、国の安定を図るのだろう。
つまりこの三国は今、後継者争いで揺れていることを意味した。
どれほど優秀な世継ぎがいても、権力を巡る争いというのは絶えないし、そもそも世継ぎの存在しない政治では、後継者を育てるのはとても大変。
その意味で我が国は助かっているなとアレクは思う。
アレクの世継ぎとしての地位は揺るぎなく、第二王位継承者であるカインは、兄に心酔しているため、王位には執着していない。
第三皇子ケインはそもそも皇帝になる気がない。
音楽家になりたいと夢見る芸術少年である。
そのため四大国家と呼ばれている中で、シャーナーンだけが安定した政治を行えていた。
華南は東国。
シャーナーンが北国。
ルノールが南国。
ダグラスが西国。
それぞれが東西南北に別れているため、今までアレクは華南を訪れたことがなかった。
瀬希もまた自国を出ることがなかったので、アレクと瀬希の間では面識はない。
取り敢えず謁見までに情報を仕入れておくかとアレクは手元の書類に視線を落とした。
「ダグラスではあまり収穫がなかったね、ロベール」
そう屈託なく声を投げるのは、ルノールの第一皇子レスターである。
レスターはダグラスが召還したという人形の召還獣の噂を確かめるため、ダグラスへと出向いていた。
しかしダグラスはそういう召還獣はいないの一点張りで、如何にも早くレスターを追い出したいといった感じだったので、これでは収穫が望めないと早々に国を後にしていた。
レスターは15の子供らしく屈託がないが、将来は美形に育つだろうなと思わせる容貌を誇っている。
その美貌にロベールは軽蔑の目を向ける。
レスターは自分の地位を彼が狙っていることは知っているので、なんとか親しくなって無意味な争いの芽を潰したいのだが、ロベールは中々打ち解けてくれない。
(これでボクが隠していることを知ったら、ロベールはなんて言うかな。知ったら望みがなくなることを突き付けられたら……)
話し掛けたものの睨まれただけのレスターはため息をつく。
そうして馬車の外を見た。
ダグラスでの唯一の収穫は、大統領ウィリアムと会食したことだろうか。
ウィリアムはまだ28歳の若者だが、切れ者と噂されるだけあって、どこか油断ならない人物だったとレスターは思う。
内面に獅子を隠しているというべきか。
自然教に関しても自国で、それが浸透する分については、特に気にしていないし布教する気配もない。
他国が違う宗教を信じるのも自由にすればいいと思っている。
ウィリアムも自由な発想を持っているとされているダグラス人らしく、常識に囚われない考え方をするようだった。
しかしこれが国同士の問題となると違うのだろう。
正式に訪れてきたルノールの世継ぎに対しても、きちんと大統領として振る舞っていた。
だが、それでも隠すべきところは、しっかりと隠している。
人形の召還獣が召還されたのはほぼ事実だ。
噂好きの使用人たちから確認したから確かだ。
ダグラス人そっくりの色を持つ男女。
しかし顔立ちはダグラス人ではないらしい。
言葉も通じないらしく、現在ダグラス語を教えている真っ最中。
収穫といえばそれくらいだった。
まあ実在することがわかっただけよしとするべきだろうか。
ウィリアムはこの点については、しっかりと隠していた。
会食の後に探りを入れたレスターに「そんな事実はありません」と笑顔で否定したからだ。
やはり大統領に選ばれるだけはあるなと思ってしまった。
レスターは王子に生まれついたから世継ぎを名乗れるが、ウィリアムは実力で今の地位まで登り詰めた。
その点だけは凄いなとは思っているが。
次に向かうべき場所は華南。
自国へ戻るまでにあまり接触のない華南にも寄っていこうという判断である。
こうしてシャーナーンの皇子一行と、ルノールの王子一行が向かっていることを知らず、華南の宮殿では瀬希が連れ帰ったふたりの少年について問題が起き始めていた。
『兄上様』
ここではもう妹からしか聞けない母国語を聞いて、ルパートは顔を上げた。
その顔付きはどこの国とも知れないが、髪は赤で瞳は金。
肌は褐色だった。
美形といってなんら遜色はない。
年の頃は20歳に満たない程度。
本人は18だと言いたいのだが、言葉が通じないので周囲はルパートの年齢をよく知らない。
名前だけは言葉を教わってなんとか教えたが、年齢まではまだ伝えられずにいた。
『ルノエ』
そこでは双生児の妹ルノエが立っている。
ルノエは美少女なので、こんなところに召還されてしまったルパートは、とても心配している。
この国を統べているのはまだ若い男性で、ウィリアムというらしいが、彼に目をつけられないかとヒヤヒヤしている。
ルノエは兄の隣に行くとそっと腰をおろした。
バルコニーに腰掛けていたルパートは、妹が落ちないようにそっと肩を抱く。
『国の者は心配しているでしょうか。わたくしたちのことを』
『心配していないはずがないだろう? ここでは誰も信じてくれないだろうが、わたしは世継ぎだったし、きみは唯一の王女だったんだ。それがいきなり姿を消せば騒がれる。ただ』
『ただ?』
顔を覗き込んでくる妹にルパートは憂い顔になる。
『世継ぎ不在のままでは問題視されるし、なによりも国家の存亡に関わる。不在が長引けば……わたしたちが帰る場所を失いかねないね』
由緒正しい血筋に生まれ、それなりの扱いを受けてきたふたりにとって、いきなり見知らぬ国に召還され、言葉も通じない環境にいるというのは、かなりのストレスになっていた。
ふたりの手が驚くほど荒れていなかったこと。
召還されたときの身形が立派だったことなどから、今は丁寧な扱いがされているが、ウィリアムがそれを命じなかったら、今頃どうなっていたかルパートにもわからない。
ここでは自分たちは無力なのだと思い知らされる。
『わたくし。こちらに来て少し変わりました』
『どんな風に?』
『怪我をしてもすぐに治るのです。ほとんど血も出ません。でも、他の人にはできないみたいです。自己治癒だけみたいで』
『そういえば……きみの周囲では花も散らないね?』
今更のようにルパートは気付く。
こちらに来てから妹の傍で枯れていく花とか草を見ていないことに。
それは妹が自分の傷を癒せることとなにか関係があるのだろうか?
『実はわたしもね。熱を感じなくなっている。火を触っても火傷しないし、熱さも感じない。おまけに高いところが好きになってしまったんだ』
妹が呆れた顔をする。
ルパートは困ったように笑った。
『風を受けていると気持ちいいんだ。何故だろうね?』
ふたりとも理解できない変化を感じて同時に口を噤んだ。
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