第44話 シャツのボタン
「シャツのボタンが取れちゃった。これ、お気に入りだったのに……」
夕飯後のくつろぎの時間。
ソファの隣に腰かけたアヤトが、悲しそうに手のひらの上の小さなボタンと、自分のシャツの胸元の隙間を見ている。
この白いシャツは、たしかアヤトをこの街に連れて来た時に、俺が買い与えたものだったのではなかったか。
デザインのことはよく知らないが、とにかく肌触りの良いものを、と思って選んだ当時のことを思い出す。
頻繁に着まわしているうちに、くたびれてボタンの糸が解れてしまったのだろう。気に入ってずっと着てくれていたのだな。
「どれ、俺がなおそう」
そう言って手を差しだすと、
「え、ルーク、ボタン付けができるの?」
アヤトが目を丸くして俺を見る。
「簡単な裁縫ぐらいならできる」
俺が答えると、アヤトは驚きながらもシャツを脱ぎ、取れてしまったボタンと共に渡してくれる。
俺は引き出しから裁縫道具を取り出してきて、針と糸を使いアヤトのシャツのボタンを、手早く付けなおした。
「ほら、できた」
「わあぁ、本当にもと通りだぁ! ルークありがとう! ボタン付けまでできちゃうなんて、ルークはさすが勇者様だね!」
アヤトがキラキラとした尊敬の眼差しで見上げてくるので、俺は勇者らしく見えるように胸を張り、「容易いことだ」と答えた。
……のだが、これはただ単に、独身期間が長く、魔物討伐のための遠征やら野営やらで身の回りのことをなんでも自分でせねばならず、やむを得ず身に着けた手技であり、アヤトが思うような格好いいものでは決してない。
「これでまた着ていられる!」
アヤトが嬉しそうにシャツを着込み、丁寧にボタンをとめている。
その可愛い姿を見ていると、苦労しておいて良かったな、などとしみじみ思う。
と同時に、もっと服を買い与えたい、自分の与えたものでアヤトを埋め尽くしてしまいたい、という謎の欲望に掻き立てられてしまう。
今アヤトが着ている肌着も夜着も靴下も、はっきりいってアヤトの衣類の半分以上は俺が買い与えたものである。
……また、アヤトに似合う肌触りの良い温かいシャツを選んでこよう。
夜更けになり、窓の外では雷鳴が地響きのように轟きはじめた。
雨も降りだしているようだ。
だが、街中に被害を及ぼすような酷いものではなさそうだ。小一時間もすれば雨も止んで、静かな夜が戻るだろう。
「……ルーク」
もぞもぞと、布団の中にいたアヤトがこちらへと身をすり寄せてくる。
雷が怖いのかもしれない。雷鳴が轟く夜は、アヤトはたいていこうして俺の身体にすり寄ってくる。
胸の中にその小柄な身体を囲い込み、髪を撫でてやると、
「ルークは雷が怖くないの?」
毛布の中からひょっこりと顔を上げ、アヤトがそう聞いてくる。
「建物の中に居れば安全だからな。怖くはない」
むしろ、アヤトがこうして甘えるように身を寄せてくるから、雷の夜には歓びすら感じてしまう。
「ルークは強いね」
アヤトはそう言って、尊敬の混じった綺麗な瞳で俺を見上げる。
「……」
……俺は、アヤトが思うほど強くなどない。
魔物と対峙する時はいまだに恐怖で手が震えるし、自分の戦法や行動が『勇者』の称号を持つ者として正しいと言えるかどうか、考えだすと不安で気が狂いそうになる。自分が過去に行ってきた失敗や間違いには、思い出すたびに未だに悔やまれ苛まれている。
こうしてアヤトを抱き締めることで、なんとか自分を鼓舞していられる。強い自分であろうと思える。
俺が黙って首を振ると、アヤトは不思議そうな表情となり、「どうして?」と首を傾げる。「雷が怖くないんだから十分強いよ」と、素直な言葉を伝えてくれる。
俺は純真な瞳を向けてくるアヤトの瞼に唇を寄せ、それからその頬や唇にも口づけをした。
「んっ、……ルーク? くすぐったいよ」
さらに、夜着の隙間から忍び込ませた指先で、アヤトの滑らかな肌をそっと撫でる。
引き締まった細い腰や、小さいがふくよかな臀部、それから、わずかに熱の籠った陰部にも触れると、アヤトの身体はピクンと跳ねた。そのまま陰茎に指を絡めれば、若いアヤトはすぐに吐息を甘くして身を熱くする。
「はぁっ、……んっ、ルーク、えっち、するの?」
潤んだ瞳で戸惑いがちに聞いてくるから、俺は耳元に唇を寄せ、囁くように「したい」と答えた。
たしかに俺は、体力や魔力でいえば強いのかもしれない。
だが、雷に怯えて縋ってくる相手を劣情に耐え切れず汚してしまうぐらいには、弱くて愚かだ。
「……嫌か?」
内心の杞憂を隠しながら尋ねると、アヤトは「ううん」と首を振り、少しはにかむように笑った。
「俺、ルークとえっちするの、大好き」
「……ああ、アヤト」
俺の情弱さを容易く昇華してしまうほど、アヤトは無垢で真っ直ぐで、触れていると自分の心の内までもが浄化されてゆくようだ。
雷鳴の轟きはもう遠く霞んで、夜の寝室には甘く密やかな熱が籠り始める……。
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