第43話 勇者はちょっと心配性

 すべてが終わって、ルークの雄身が体内から引き抜かれる感覚がして、ぼんやりとしていた俺の意識はようやくまともに浮上した。

 と言っても、俺はもう放心状態で、シーツの上でぐったりだった。顔は涙や鼻水や涎で汚れているし、腹部や陰部は二人分のいろいろな体液で濡れている。

 ルークは身体を離すと、すぐに焦ったように薄紙を数枚手にして、

「すっ、すまないっ、自制が効かなくなってしまって」

 俺のぐちゃぐちゃに汚れた顔を、気遣うように拭ってくれる。それから腹や陰部の汚れも。

 俺はというと、茫然としながら身体を拭かれていた。

 すごく痛くて苦しかった。

 けれど、その何十倍もの気持ちの良さで、身体がおかしくなるかと思った。

 ルークは全裸のまま俺の身体を拭き清め、

「すまない、寒くはないか?」

 身体に毛布を掛けてくれる。乱れた髪は手櫛でそっと直してくれる。

 ルークは相変わらず優しいけれど、その手はとても大きくて、逞しくて頑丈だ。身体だって、鍛えている大人の男らしい体格をしている。

(この人は、勇者の称号を持つ現役の騎士様なのだなぁ……)

 改めてそのことを実感し、俺は掛けてもらった毛布の中に目元までもそもそと隠れた。

 思えば、そんな男とのセックスが、生易しいものであるはずがなかったのだ。

 そもそもセックスと言うのは、じつは恐ろしい行為なのではなかろうか。本能と本能のぶつかり合いだ。体力や性力だって格が違い過ぎるような気がするし。そんな男と気軽に性接触をしようというのが、そもそもの間違いだったのではなかろうか。

「……俺、もうこれ、あんまりやらない方がいいかもしれない」

 俺が躊躇いがちにそう言うと、

「……なっ、何故?! やはり、辛かったのか……?!」

 ルークは焦ったようにベッド脇に跪き、縋り付くようにして聞いてくる。

「ううん」

 俺はおずおずと首を振った。

「俺、あんなの、身体がヘンになっちゃうよ。あんまりやると、きっと中毒みたいにおかしくなっちゃうような気がする……」

 すると、至極真面目な顔をしたルークは、毛布越しにガシッと俺の両手を握った。

「責任は取る! 一生をかけて責任は取る!」

 翡翠の瞳が切実に真摯に俺を見つめる。

「だからまた、やらせてほしい。次は必ず、もっとちゃんと加減をするから……!」

 凄い圧でもって真っ直ぐに言ってくるから、

「う、……うん。分かった」

 俺はたじろぎながらも、小さく頷いたのだった。




 ☆



 ある日、珍しく俺宛にハガキが届いた。

『サイン本販売会のおしらせ』

 とある。差出人はジークさんだ。

 わあぁぁ! と、俺はたちまち嬉しくなった。

 以前、お話を書くと言っていたジークさんの本が、とうとう出来上がったのだろう。ちゃんと夢を叶えて、そうして本屋さんで販売会を行うらしいのだ。

「俺、今度これに行ってくる!」

 ジークさんの雄姿を是非とも応援しに行かなくては。そして、是非ともジークさんの書いた本を買って、読んでみたい!

 俺がわくわくしながら、夕飯準備中のルークに報告すると、

「人込みは、あまり良くない」

 ルークは難し気な表情をする。

「人込みじゃないよ! 本屋さんだよ!」

 しかも会場は、いつも俺が本を物色しにいく街中の小さな書店らしいのだ。

「きっとそんなに混雑しないよ。それにサイン本がもらえるんだって。俺絶対に買いに行かなきゃ」

「だが、その日に行かなくても、本は売っているのだろう?」

 俺が大勢の人で賑わう場所へ行くことに、ルークはたまに慎重になる。たぶん俺の身体を心配してくれてのことだろうけど。


 食事のあいだや一緒に片づけをするあいだも、さんざん説得したけれど、ルークはあまり良い顔をしなかった。ルークはたまに頑固なのだ。心配するにもほどがある。

「なんだよ。けち。いじわる」

 寝支度を済ませ、就寝する段階になって、おれはすっかりむくれていた。 

「いいもんね。俺は今晩からこげちゃんと一緒に寝るもんね」

 俺がぷんぷんしながらそう言うと、

「こげちゃん? 誰だそれは」

「こげちゃんだよ」

 抱えていたぬいぐるみのこげおを掲げて見せる。

 こげちゃんは可愛くてもふもふしていて柔らかくて、俺が人込みへ行くのを過剰に心配したりはしない。

「ぐぅ……っ、……こげちゃんめ……っ」

 ルークが奥歯を噛んで「ぐぬぬ」と唸る。

「わ、分かった。販売会へ行くのは反対しない」

 その代わり、混雑しそうな時間は避けて、帰ったら手洗いとうがいをしっかりと。それから知らない人に声を掛けられてもついていかないこと。そのジークという男からも誘われないか心配だ。なに、中年のおっさん? いや、何があるか分からないから……。

 注意事項をあれこれ並べられたけれど。

「へへへ。やったぁ」

 結局許可をもらうことができた。

 俺はこげちゃんをソファに置いて、ルークの胸に抱き付いた。ルークと喧嘩したまま出かけるのは嫌だなぁと思っていたから良かった。

 別に反対をしているわけではないのだ、とルークは照れながらぽりぽりと首を掻く。

「アヤトのことが心配で」

「うん。知ってるよ」

「できれば安全に、ずっと俺の傍にいて欲しい」

「うん。分かってるよ」

「それから、夜は一緒に寝て欲しい」

「うん。ルークスケベだもんね」

「……」



 サイン本販売会の日は、無事にジークさんの本を買いに行くことができた。

 なかなかの盛況ぶりだったけど、お客さんはみんな行儀がよくて、ちゃんと並んで順番に本を買うことができた。

 ジークさんはとっても良い笑顔で輝いていて、見ているとこちらまで元気をもらえるようだった。ジークさんの手から直接本を買うことができ、応援の言葉を伝えることができて、本当に嬉しかった。俺も頑張ろうって勇気を得られた。

 それに、家に帰ってから読み始めたジークさんの本はとても面白い。これはしばらくのあいだ、楽しくてわくわくする読書の時間をもてそうだ


 その夜、帰って来たルークに、ジークさんの新しい本を見せると、

「……少しアヤトに似ているな」

 表紙を見てそう感想を言う。

「そう? どこが?」

 元気で可愛い少年勇者『アーチス』は、栗色の髪をなびかせ、漫画のヒーローのように溌溂としている。

「俺、こんなに可愛くないよ?」

「なんとなく、全体的に」

 ぺらぺらとページを捲ると、アーチスが触手に襲われ半裸になるシーンの挿絵があった。

「……ううむ」

 顎に手をやり、難し気な表情で挿絵をじっと見つめるルーク。

「アヤト、こんな目にあってはいないだろうな?」

「だから、これは俺じゃないってば」

 ルークの心配性は、当分治りそうにない。




 



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