第38話 勇者のお部屋に居候

 夕飯は本当にご馳走だった。

 ルークは俺の好きな料理をたくさん作ってくれた。しかも手際が良くて味は旨い。お酒も美味しくて、いつもよりたくさん飲んでしまった。

 ほろ酔い加減でシャワーを済ませ、窓から夜の街を眺めた。

 家々の窓に燈る暖かそうな灯りはとても綺麗で、あのひとつひとつの明かりに、それぞれの暮らしがあるのだなと思うとちょっと和む。

 宿屋で働く孤独な転移者だった頃は、世界はもっと、暗くて冷たくて辛い場所だと思っていた。市民権なんて一生もらえないだろうと思っていたし、願いも希望もきっと何一つ叶わないだろうと思っていた。転移さえしていなければ、元の世界に戻れたらと、後ろ向きな気分で震えながら眠ることが多かった。

 いま、あれほど欲しかった市民権を得られたけれど、世界は特に変わったわけではなく、夜の空気はしんと冷えて、魔法の灯りは優しく揺れる。

「アヤト、夜風は身体が冷えてしまうよ」

 寝支度を済ませたルークが背後から上着を肩に着せかけてくれる。そうしてわずかに開いていた窓をそっと閉めた。


 夜は相変わらず一緒に寝ている。

 怖い夢を見ることはもうないけれど、なんとなく、一緒に寝た方が寝心地が良いような気がして。ルークも当然のように俺を自室の大きなベッドのほうへと誘う。

 眠る前にはたいてい触り合いをする。

 触り合いというか、俺が一方的に触られているような気がしないでもない。

 ベッドの中でルークは、俺の身体のそこいらじゅうにキスをしたがる。首元や喉元から始まって、肩や鎖骨や胸のあたり。腹とか腕とか陰部や脚にも、キスをして妙な具合に舌を這わせる。一旦スイッチが入ると止まらない。

 特に、胸にあるふたつの粒は、まるでそれが特別なものであるかのように、ものすごく丁寧に執拗に触って舐める。

 昨日は思わず「こんなところ吸っても何も出ないよ」と教えてあげたんだけど、ルークは熱っぽい瞳ではぁはぁ息を荒げながら「すごく甘い」と言って、指先で押し潰したり甘く吸ったりし続けた。

 ルークは俺の陰部も迷いなくべろべろ舐める。「そんなところ汚いから」と止めようとしても逃げようとしても、逆に身体を抑え込まれて余すところなく舐められる。

 最初は、ルークがおかしくなってしまったのかと思って混乱した。男である俺の身体にこんなことをするなんて、ちょっと理解ができなかったから。

 けれど、俺の陰部に舌を這わせながら、自分のちんちんを勃起させているルークを見て理解した。勇者は変態なのだ。

 あ、じゃなくて、魔力の波長が合う相手だから、性的に反応してしまうのだ。これは正常なことなのだ。たしか魔力の教本にそう書いてあった。

 

 今夜もルークは、俺の夜着を蜜柑の皮でも剥くかのようにスルスルと脱がし、剥き出しになった俺の肌に夢中になってキスし始めた。

 時には音を立てて吸ったり、甘く歯を立てたり擦ったりする。そうして大きな手のひらで、俺の身体中を撫でさする。

 困ったことに、そうされると俺は気持ちがよくなって力が抜ける。逆にちんちんは反応してしまって、敏感にぷるぷる震えてしまう。

 きっとこれは魔力交流の一種なのだ。波長が合う者同士だから余計に、こんなに気持ちよくなってしまうのだ。

 ルークは俺の乳首に吸い付きながら、俺の身体を撫でまくる。

 たまに、ルークは俺のことをわざと性的に乱れさせようとしているんじゃないかと思うことがある。

 今までは、自分は淡白で性欲の薄いほうだと思っていたけど、最近はそういうわけではないのかもと思ったりする。ルークに触られると、俺は途端に敏感になり快楽に弱くなってしまう。


 ルークは俺の硬く震える雄芯を握ると、唇を寄せてキスをした。それから厚い舌でねっとりと舐めはじめる。

「んっ、ぁっ、ダメっ、んあッ」

 そんな風にされたら、堪えられるわけがないのだ。ルークの舌はとてつもない快楽をもたらしてきて、あっという間に絶頂に追い立てられる。

 俺はシーツを掴んで身悶えて、懸命にイクのを我慢した。すごく気持ちがいいけれど、このままイってしまうのは嫌なのだ。

「イヤぁっ、ルークのッ、ルークのちんちんがいい……っ!」

 我慢しながら必死にねだった。

 ルークのちんちんで俺のちんちんにチュってして、ごしごしって、するのがいい。

 あの日、ルークのちんちんをくっ付けられて擦り付け合ってから、あれが気持ちがよくって忘れられない。

「……っ」

 ルークは一瞬動きを止めると、焦ったように身を起こし自身の前を寛げた。反り返った大きなものが姿を現す。

 俺は脚を開いて、己のものとルークのものをよりくっ付けやすいように身構えた。

「あぁ、アヤト……」

 ルークは苦し気に呻きながら、俺の陰部にちんちんを擦りつけはじめた。

「んあッ、気持ちイイッ、きもちイイよぅ……ッ!」

 俺はのしかかってくるルークの身体にしがみついて、腰をがくがく震わせた。そうしてルークの立派な熱いちんちんに、己のちんちんを擦り付けながら射精した。


 

 身体を拭き清めたあと、心地よい疲労感にまどろみながら、眠りに落ちるまでの時間を過ごす。

 薄明りの寝台の中、こうして肌を重ねたまま、互いの温もりを堪能する時間を幸せだと思う。

 うっとりと気持ちが緩んで、普段はしないような質問でも、聞けてしまうような気がする。

「……ねぇ、ルークはさ、どうして俺が神殿で働くことを許したの?」

 神殿には大切な封印の魔石が隠してある。

 あの石があればきっと、俺は元の世界に帰れるんじゃないのかな。そんな大事なものが置いてある場所に、俺を近づけても良かったのかな。

「俺が封印の魔石を盗むかもしれない、とは思わなかったの?」

 するとルークは、俺の髪を撫でていた手をそっと止めた。けれどすぐにまたゆっくりと、撫でる手を再開する。

「アヤトが本当にそうしたいのなら、そうしてくれてかまわないと思っていた。逃げ出すチャンスを与えるべきだと思っていた……」


 魔石を隠してある部屋は、人除けの魔法が掛けてあるはずだったのに、俺は難なく入ることができてしまった。ルークの部屋のクロ-ゼットだって、鍵がかかっていなかった。

 ルークとの治癒による交流で、魔力ならばある程度は得ることができる環境。魔石を持ち出し、クローゼットの中にある魔術書で転移に関する方法を調べたら……。

 チャンスは確実にあったと思う。夢で見たのと同じことができたと思う。


「アヤトが封印の魔石を使用してしまったら、俺はまた一からやり直さなければならない。……だけど、アヤトが本当に望むのならば、そうしてくれてかまわないと思っていた。アヤトがすることならば、全て許すつもりだった。自由にしてやりたい気持ちと、離したくない気持ちがあって……」

 ルークはそう言って静かに俺の身体に腕を回した。そうして、微かな吐息とともに俺を抱きしめる。

「実はアヤトが帰ってしまわないように、毎晩のように祈っていた」

 

「……なーんだ」

 俺はルークの胸の中で、ほんの少しだけ笑って答えた。

 どうしてこんなに守備が甘いのかなってちょっと疑問に思っていたんだ。なんとなく、手の内で泳がされているみたいだなって。

「俺は魔石を盗んだりはしないよ」

 そんな恐ろしいことをしたらこの世界がどうなるか、悪夢でみたから想像できる。勇者が十年前にせっかく構築した封印なのだ。壊すような真似はしない。そんなふうにして元の世界に帰ったってきっと嬉しくはない。

「それに、元の世界には帰らないよ。……まだ」


 ……まだ?

 腕の力が緩んで、ルークが俺のことを見た。

 俺は悪戯っぽい笑顔を見せる。

「俺、諦めていないよ。元の世界に帰ること」

「え、」

 大きい特殊な魔鉱石を手に入れる夢も捨てていない。封印の魔石のような特殊な石は滅多に見つからないものらしいけど。見つかったとしても、きっと物凄く高額なんだろうけれど。

「俺、一旦帰って、また戻って来ようと思ってるんだ。頑張って稼がなきゃ」

「……」

 ルークは複雑な顔をするけれど、行ったり来たりができたらいいのに。家族に報告したいんだ。俺はこんなに元気に頑張っているんだよって。

 それに、たぶん転移の魔術は、そんなに簡単なものではないのだ。俺がちょっと封印の魔石を盗んだところで、ちょっと魔術の本を読みこんで魔力を鍛えたところで、実現など絶対に叶わないほどに、高度で難解な術なのだ。

「それとも、ルークならば俺を送り返すことができるのかな」

 ふと思って、尋ねてみる。

 呼び寄せることができたルークならば、或いは。

 ルークは少し沈黙し、首を横に振った。

「高度な魔術を実行するには、心から願って魔力を発動させなければならない。だからできない。俺はアヤトに帰ってほしくないから。ずっと傍にいてほしいから」

 真顔でそう答えられて、俺は少し赤面してしまった。

「……そっか。じゃあやっぱり頑張らなきゃ」 

 きっと俺は、このまま帰れないのだと思う。

 それに、もしも帰れたとしても、帰らないほうを選ぶのかもしれないし。

「ならばこれからも祈り続ける」

 ルークもまた覚悟を決めたように言うから、俺はまた少しだけ笑って、ルークの胸で眼じりを拭った。


 可能性はゼロじゃないほうがいい。

 もっともっとこの世界の文字を覚えて、いろんな書物をたくさん読みたい。浄化能力をさらに磨いて、どんな濁りでも清められる浄化師になりたい。

 ルークと一緒にずっと楽しく暮らしていたいし、この世界の美味しい食べ物や、綺麗なもの、楽しいものをたくさん見たい。

 夢はいっぱい沸いてくる。望みはいくらでも持っていいよね。


「そういえば、ルークの腰の痣、薄くなってるね」

 先ほどの触り合いの時、ルークの左側の下腹部を見たけれど、勇者の証の痣が少し薄くなっていたので気になったのだ。

「アヤトのおかげだ。運命がきっと良い方向に向かっている」

 そっか。勇者の力が必要とされない世界。魔物の脅威が減っていて、平和になってるってことだよね。

 魔物の発生は完璧に抑えられているというわけではないけれど、世の中には、澱みも穢れもあるけれど。それでもこうして勇者が健やかに封印を守り続けている限り、きっと世界は安泰なのだ。よかった。


 ……アヤトが足らない。

 ルークの唇が、再び俺の唇を求めて重なってくる。艶を含んだ翡翠の瞳が熱っぽく、気怠い吐息とともに圧し掛かってくる。

 いいよ。俺もルークが足りないと思っていたんだ。

 どちらかが疲れて眠りに落ちるまで、いっぱいしよう。


 すべての願いを叶える日まで、俺は勇者の部屋に居候する。



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