第33話 正常な反応

 今夕は俺が夕飯を準備する当番の日だったので、久しぶりに頑張って料理をすることにした。といっても、俺の料理のレパートリーは少ない。野菜炒めか野菜スープのどちらかだ。

 今日は野菜炒めにした。野菜を一口大に切って、ベーコンと一緒に塩コショウで炒める。なんとか良い具合にできた。味もなかなか良いと思う。俺だってやればできるのだ。

 ついでだからカットフルーツも作っておく。ナイフで皮を剥いて切るだけだから簡単だ。と思ったら意外と時間がかかってしまった。ルークだったら五秒でできてしまうような作業だろうけど。果物の皮はつるつる滑るから剥きにくいのだ。でも、早く帰った俺が作っておけば、そのぶんルークが楽できると思うからがんばる。

 出来栄えは綺麗とは言えないけれど、一応できた。あとはルークが帰ってきたらパンを切り分けて温めればいい。ピクルスのことはルークに任せよう。

「いてっ」

 ナイフを片付ける時に油断して手が滑った。左の親指の付け根を少し切ってしまった。

 いそいで止血して、絆創膏を貼っておく。

 当たり前のことだけど、小さな傷でも怪我をすると痛い。

 しばらくの間、痛いなあと思って、椅子に腰かけてぼんやりとした。

 ルークに見つかったら過剰に心配されるかもしれないので、大きめの上着を羽織って袖口で絆創膏のところを隠しておくことにした。


 仕事から帰ってきたルークは俺の料理を喜んでくれた。

 カットフルーツまであることに目を丸め、驚きと賞賛を口にする。そして何度も「美味しい」と言って、全部綺麗に食べてくれた。頑張って良かった。

 そうして穏やかな夕飯の時間が終わり、お茶も美味しく飲み終えた頃。

「アヤト、こちらへ」

 ソファへと移動したルークが、膝の上にぬいぐるみ(こげお)を抱えながら自分の右隣をポンポンと軽く叩いた。『ここに座って』という意味のようだ。

 ルークの膝に乗ったこげおは、まん丸の能天気な顔をしている。男らしい騎士であるルークと可愛いこげおの組み合わせは、ギャップがありすぎてちょっと可笑しい。

 それで俺は、何の疑問も持たずに笑顔でルークの隣に腰掛けたのだけど、

「アヤト」

 腰掛けた途端に後悔した。すぐさま肩を抱かれ、そっと左腕を抑え込まれたからだ。

「怪我をしているだろう」

 耳元にルークの低い声が響く。

「こっ、これはもう大丈夫だよ。血は止まってるよ」

 ばれていないつもりだったのに、いつから気づいていたのだろう。

「だけど悪い菌が入るといけない。見せてごらん」

 左腕の袖をそっと捲られる。絆創膏には少しだけ血が滲んでいた。それを剥がそうとされたから、

「痛いからヤダ」

 俺はルークの手を拒んで、左手を引っ込めようとした。

 一度張り付けた絆創膏を剥がすとなると、傷口が引っ張られるからすごく痛そうで嫌なのだ。

「……」

 するとルークは、手を止めて俺を見つめると、なぜだかゆっくりとこちらに身体を寄せてくる。ルークの騎士らしい逞しい身体が、ほぼゼロ距離にまで近づいてきて、ソファがわずかにギシリと軋んだ。

「な、なに?」

 俺は思わず身を竦めながらソファの背もたれに張り付いた。

「……痛みを、取ろうと思って」

 至極真剣な顔をして、ルークが答える。

 お互いの体熱が伝わりそうなほどの近さにいる。俺の身体はソファとルークの身体とで囲まれ逃げ場がなくて。

 痛みを取るって、それって、まさか。

 眇めた瞳に見つめられ、気怠げに開いた唇が近づいてきて、俺は観念してぎゅうっと目を閉じた。

(怪我をした時から、なんとなくこうなるような気はしたのだ。だから一生懸命隠していたのに。)

 唇が重ねられ、一度優しく啄まれる。それからすぐに、舌が入り込んできた。

 くちゅ、と濡れた音をたてて、俺の口の中でふたつの舌が絡まり合った。粘膜をさらに擦り合わせようとするかのように、ルークの舌は貪欲に動く。口腔内の粘膜を余すところなく撫で擦られて、くちゅ、くちゅりと音が響いた。

「ふ……、ぁ……」

 いつの間にか身体の力は抜けていた。気持ちが良くて、呼吸がどうしても上擦ってしまう。ルークも同じなのかもしれない。息遣いが少し荒れている。物凄い熱心さで、執拗に舌を絡めるキスをしてくる。

 左手の傷の痛みは、もうすっかり消え失せていた。

 身体の奥が熱い。そろそろ止めてもらわないと、やばいことになってしまう。このままキスを続けていたら、きっともっと気持ち良くなるんだろうけど。流されすぎると大惨事になってしまうから。

「んっ、……ルークっ」

 俺は理性を必死に総動員し、ルークの身体を両腕で押した。必死にもがいてぐいぐい押すと、ようやくルークは身体を離し、唇もそっと離れてくれた。

 ここまでで俺は息絶え絶えとなっていた。我慢の限界がそこまで来ていて、もう本当にマズいのだ。

 だけど、ルークは完全には離れてくれない。

 すぐにでもキスを再開できそうな位置で留まって、少し苦し気な瞳で俺を見つめた。

「……どうしていつも逃げようとする? ……こうされることが、嫌なのか?」

 熱と憂いを滲ませた眼差しが、ひどく切なげに問うてくる。


 嫌なわけじゃ、ない。

 俺はぶんぶんと首を振った。

「ならば、身体が辛いのか?」

 さらに尋ねられ、俺はもう一度首を振る。

 ツラい、というのとも少し違う。

 気持ちが良くなりすぎて、身体が熱くなって、限界が近くなってしまうのだ。

 なんというか、今でもこうして密着していると、匂いや体熱を感じておかしくなってしまいそう。

「……っ、ちがうっ」

 俺は一生懸命耐えながら、自分のズボンの前のあたりを押さえた。

「俺、……これされると、ダメなんだ。……ちんちんが、腫れちゃう、からっ」

 ルークが驚いたように瞠目するのが分かった。

 それから俺の中心部のあたりに視線を向ける。

 俺は恥ずかしくて死にそうだった。情けなさに顔が熱くなってきて視界が滲む。

 だけどこのままではどうせバレてしまうだろうし、伝えておいた方が良いと思ったのだ。ルークには、品の無い困った奴だと思われるかもしれないけれど。


「……ああ」

 ルークは俺の実情を知ると、何故か感極まったような吐息を吐いた。そうして、

「大丈夫だ」

 と言った。

 ものすごく優しくて、ぞくりとするような艶めく声で「それは正常な反応だ」と言う。

 そうして再び俺の唇に、啄むような口づけを落としてきた。

「んっ、ダメっ、本当に……ッ」

 限界なの、と訴えようとした俺の声は、ヘンに跳ね上がって息が乱れた。

 ルークの大きな手が、ズボンの前を押さえる俺の右手の上に重なってきて、優しく撫でるように動かし始めたからだ。

「んやぁ……ッ」

 血流が集まり始めてしまったそこに、さらなる刺激を加えられたら、もう耐えられるわけなんかない。

 俺の股間は完全に、性的な反応を示して暴走する場所となってしまった。




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