第32話 勇者だって照れる

 ルークとの接触の機会が増えている。

 ルークはたぶん、俺にかなり気を使ってくれている。

 俺が怖い思いをしないように、嫌な思いをしないように、魔力の交流の時だって、きっと加減をしてくれている。

 俺は、ルークの魔力に触れすぎることが怖い。

 ルークの魔力は俺の身体には甘すぎるのだ。接触しすぎると、身体の奥底におかしな熱が溜まってしまう。耐えられるうちはいいけれど、もしも限界を超えてしまったら、自分で自分を制御できるかが心配だ。

 だからなるべく、安全な距離を保っていたい。

 夜は、俺が怖い夢を見ないように、ルークは一緒のベッドで寝てくれる。

 だけど昨夜は結局、途中から俺は、ルークに背中を向けて眠った。

 そうしないと、俺はいつの間にかルークの身体にくっついて、キスをされたりしてしまう。気持ちの良さに流されそうになってしまう。

 背中にルークの体熱を感じながら眠っていると、安心感が半端なくて、同時に、ほんのりと胸が高鳴った。

 もう少し、このままがいい。

 大切に守られながら安眠できる。この安寧さのなかに埋もれていたい。

 

 その朝も、俺が神殿の仕事に行こうとすると、ルークは「一緒に行く」と言いだした。

 別に付き添いなんていらないのだし、送ってくれなくても大丈夫だからと断ろうと思ったら、今日は本当に、神殿に用事があって行くのだという。

 どんな用事かは知らないけれど、一応ルークは勇者なのだし、神殿にはルークが封印した魔物封じの魔石もあるのだから、本当に何か用事があるのかもしれない。

 ただ、いちいちエスコートされるのは迷惑なので、普通に歩くようにと釘を刺した。

 ルークは俺の歩調に合わせながら、隣を一緒に歩いてくれる。

 そういえば、知り合った時から、ルークはいつも歩調を合わせてくれていた。そうしながら、俺が歩きやすいように、危険なことがないように、さりげないサポートをしてくれる。

 

 緑の林の小路を歩く。

 神殿の敷地内は、綺麗な葉っぱが落ちていたり、どんぐりや木の実が落ちていたりして、よく見るととても面白い。時折聞こえる小鳥の囀りや葉擦れの音も、清々しくて癒される。

 いつもの慣れた道なのに、いつもよりも風景を新鮮に感じる。ルークが一緒にいるからかな。これがただの散歩だったら、きっともっと楽しいだろうな。

 象牙色の建物の壁が近づき、木々もまばらになってきて、もうすぐ神殿に辿り着くという頃。

 近くの木立の陰から、カサリと落ち葉を踏む足音がした。

「おはようじゃのう」

 小柄で皺くちゃなおじいちゃん、じゃなくて、神子様が姿を現した。

「おはようございます、神子様」

 神子様はいつもの白い衣装を纏い、ちょっぴり腰が曲がっているけれど元気そうなお姿だ。

 俺が挨拶を返すと、神子様は嬉しそうに笑顔を向けてくる。そうして、隣にいるルークの姿に目を止めた。

「おや、君は確か、……スピ、スピ、……」

「ルーカスです。お久しぶりです魔導士様。いえ、今は神子様と呼ぶべきでしたね」

 今日はルークは、スピラノビッチとは名乗らなかった。騎士然とした挨拶をする。

 というか、二人はお知り合いだったのか。

「おお! ルーカスか! 元気そうでなによりじゃ! 一度ゆっくり話をしたいと思っておるのに、いつもあっとういうまに居なくなるのじゃから」

 わりと親しいお知り合いみたいだ。

「神子様には十年前の討伐の時、いろいろサポートをしていただいたんだ」

 ルークが俺に簡単な説明をしてくれる。

 十年前の討伐、ということは、ルークが勇者としてバリバリに魔物と闘っていた時か。神子様は、今でこそボケたおじいちゃんだけど、もしかして若い頃はすごい人だったりしたのかな。

「ということは、そちらが運命の魂じゃな!」

 神子様は急に俺の前に来て、俺の右手を両手で取った。そうして一生懸命ぎゅうぎゅう握る。

「勇者をよろしく頼むのじゃ」

 切実な様子で訴えてくる。

「勇者に召喚術を使うよう唆したのはわしなのじゃ。わしがルーカスに、運命の魂を呼び寄せることを勧めたのじゃ。だけど勇者にはどうしても必要なことだったのじゃ。この世界に勇者の番いは他にいないのじゃ。だから喧嘩をしないでほしいのじゃ」

 そうして神子のおじいちゃんは、皺くちゃの顔をさらにいっそうくちゃくちゃにして、まるで泣いているみたいな顔になった。

「喧嘩をするのは嫌なのじゃ」

「お言葉ですが、」

 ルークが横から毅然とした様子で割り込んできた。

「神子様に責任はありません。召喚術を行ったのは自分ですから、責任はすべて自分にあります」

 召喚術を行うよう教示したのは神子様だった。でも、実行したのはルーク一人でのことだった、ということか。

「それに、別に喧嘩はしていません」

 ルークはちょっとムッとした様子で、そう付け加えた。

「本当か?」

 神子様は、泣き顔を上げて俺を見る。

「本当に、喧嘩はしておらんのか?」

「はい。喧嘩はしていないですよ」

 ただ一方的に、俺が距離をとっているだけです。と思ったけれど、口にはしない。

 大丈夫ですよ、と微笑んで見せると、神子様はようやく嬉しそうな笑顔に戻った。

「それなら世界は安泰なのじゃ」



「なんだか大げさなことを言う人が多いね」

 神子様と別れたあと、建物の陰で俺がそう感想を漏らすと、ルークはしみじみとした表情で頷いた。

「そうなんだ。十年前から面倒臭い人がやたら多かった」

 遠い目をしながら言うから、俺はちょっと笑ってしまった。

 そんな人たちの中で協力し合って闘って、ちゃんと成功を納めたのだから、ルークはやっぱり勇者なのだ。ただ強いだけじゃなくて、きっと目に見えない努力や苦労を、いっぱいいっぱいしてきたのだろう。

「ルークは凄いね」

 俺が見上げながらそう言うと、ルークは少し驚いたような表情をし、それから照れたように目元を染めた。



 

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