第28話 真夜中に祈り
翌日も、その翌日も、俺は怖い夢を見て、泣きながら起きるということを繰り返した。
声を殺して泣いているのに、そのたびにルークは何かを察知して俺の部屋へ来てくれて、そうして抱きしめて慰めてくれる。ルークに添い寝されながら寝ると、その後は夢を見ずになんとか眠れた。
そうして三日目にはルークから、悪夢を見る前に一緒に寝ようと提案された。そのほうが悪夢を見ないかもしれないし、自分も安心していられるのだと。
俺は一瞬尻込みしたけれど、やはりその案におとなしく従うことにした。
毎晩ルークを起こしてしまっていて、さすがに申し訳なく思っていたし、この三日間で俺は少し体調も崩していて、ちゃんと寝ないとそろそろまずいと思ったからだ。
使うのはもちろんルークの部屋の大きなベッドだ。俺の部屋のベッドでは狭すぎて、男二人が眠るには窮屈だ。ルークは何も言わないけれど、この数日、ルークもあまり眠れていないんじゃないのかな。
夜になり、寝支度を済ませると、俺は促されるままにルークの部屋のベッドに潜り込んだ。すぐにルークも隣に来て横になって、寒くないように毛布と布団を掛けてくれる。
ルークがベッドサイドにある灯りを一番小さいレベルまで落とすと、室内はたちまち静寂と夜闇に支配された。
「……アヤト」
ルークがそっと手触りの良いハンドタオルを渡してくれる。
俺は無言で受け取って目元を拭った。
真夜中になると涙が勝手に零れ出てくる。この症状は、この三か月間ほどはほぼ治まっていたのだけれど。天井を向いて涙が零れないようにしていたのに、ルークは目ざとい。
「……少し、抱きしめても……?」
遠慮がちにそう問われて、俺が頷くと、ルークの身体がすごく近くに寄ってきて、逞しい腕が包み込むように俺を抱き寄せた。
ああ。
ルークの身体だ。
初めて一緒に夜を過ごした時も、こうして抱き寄せて温めてくれたのだった。
温かくて良い匂いがして安心する。
俺はルークの胸に目尻を摺り寄せ、その体熱に身体を預けた。
こういう時、他人の体温って最強だ。不安定になりそうな心が慰められる。
しばらくのあいだ何も言わずに俺の髪に鼻先を埋めていたルークは、突然何を思ったか、やや身をかがめると、俺の耳元や頬に唇を寄せてきた。
口づけはとても優しくて、瞼や鼻先にも、何度も繰り返し触れるだけのキスをされた。そういえば、あの日から俺たちは、魔力の交流をしていなかった。
ルークの唇が俺の唇に重なると、魔力の熱がじわりと忍び込んでくる。久しぶりで気持ちが良かった。思わず小さくため息を漏らしてしまう。
すると、ルークの身体の伸し掛かる重みがわずかに増した。一層深く、唇が重なって来る。
「んっ?!」
深く重なった唇の隙間から、ルークの熱く濡れた舌が侵入してきた。俺の舌にゆるりと絡む。びくんっ、と無意識に身体がしなった。
気持ちが良い、どころではなかった。粘膜に直接触れられたからだろうか。全身の細胞が泡立ちそうなほどの甘い興奮を覚えた。
ルークの舌はすぐに離れ、チュッと音を立てて唇も離れる。
俺は目を白黒させながら、肩を大きく上下させて呼吸した。
何だったんだ、今の。
俺の反応を見て大丈夫だと確認したのか、ルークはすぐにもう一度、今度は本格的に深く絡まるキスをしてきた。
「んぁ……っ」
舌を俺の中にねじ込んで、戸惑う俺の舌を絡め取る。舌は貪欲な生き物のように、なまめかしく俺の口内を愛撫してくる。
「んっ、……ぁっ……、ん……っ」
気持ちが良すぎてたまらなかった。
魔力とか熱とかどうでもよくなる。甘く執拗な舌に翻弄される。
ルークの呼吸も少し乱れている。夜闇のなかにあっても、ひどく真剣に俺を見ているのだと分かった。夜着越しに重なってくる身体が熱い。
俺はきっとすごく大事に扱われている。きっとルークは慎重に手加減しながら交わっている。だけどその一方で、怖いくらいの熱量の存在を感じた。眩暈がするようなひどい切望を感じた。
身体が熱くて、ヘンになりそう。
臨界点がすぐそこにある。
悶えて俺が身をよじると、唇はすぐに離れた。だけどぎゅっと抱きしめられるのは変わらない。髪や背中や身体中を撫で回される。
「アヤト……っ、アヤト、すまない。だけど、離したくない……」
うわ言のような呟き。それからまた髪や耳元に甘い口づけが降る。
俺は酩酊感のような、ふわふわとした心地におちいっていた。撫でられるのも、口づけられるのも好きだ。心地の良さに溺れそう。
涙は完全に引っ込んでいる。手足の冷えもない。陶然とした眠気のようなものに侵食される。
ルークは優しくて、暖かい。俺のことをすごく大事にしてくれる。このまま悦楽に溺れ堕ちて、すべてを忘れてしまえたらいい。
そう思うのに。
……己の胸の内側に、果てのない陰の気配が広がっている。
「……俺、ルーカスを、ずっと許せないのかもしれない……」
滲んできた涙を拭いながら俺が言うと、ルークは唇を止めて俺を見た。
「……許さなくていい」
真摯な瞳でそう答え、そしてまた俺に口づける。何度何度も、熱心なキスが甘く降る。
「……でも、でも、いつか本当に刺すかもしれない」
口づけに翻弄されながら、俺が陶酔の中で訴えると、
「いいよ」
ルークは掠れた返事を耳元に寄越した。
「いいよ。一生をかけて償うから」
そうして俺の身体を強く抱いて、祈るように瞼を閉じた。
……どうか、どうか俺に、償わせてくれ……。
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