第14話 面談でのこと
神殿は、ルークと暮らしている家から少し歩いた場所にあった。
あたりは緑の木々に囲まれていて、石造りの大きな白い建物の他にも、いくつかの建物が建っているようだが遠目にはよく分からない。遠くから見るとちょっとした森のような様相で、建物に近づくにつれ緑陰が増す。
アポイントはルークが取ってくれて、紹介状まで書いて持たせてくれたから安心だ。しかも神殿への道のりに不案内な俺のために、ルークが途中まで一緒についてきてくれた。俺一人だったら道に迷っていたかもしれないからありがたい。
神殿の奥には神様が祭られているらしい。
本殿へ入ることができるのは、限られた一部の人間だけだという。
けれど建物には市民がお祈りできる礼拝堂のような場所もあり、敷地内へは普通の人でも立ち入ることができる。
神殿へと続く小径には、人の気配はほとんどなかった。木漏れ日の中に、時折り鳥の啼き声がする。
「ここの神殿ってさ、どんな神様を祭ってるんだっけ?」
そういえば、自分はこの世界の神様についてなにも知らない。
こんなんで大丈夫かなと、俄かに不安になってきて、隣を歩くルークに尋ねる。今のうちに、ちょっとでも予備知識を身に付けておくのが賢明だろう。
だけど、
「神には具体的な容はないんだ。ただそこに在るとしか説明ができない」
という掴みどころのない答えが返って来て、いまいち上手くイメージできない。
だけどそういえば、元の世界にいたときも、神様ってそんなあやふやな感じだった。
居て欲しい時にだけ、居るような気がするみたいな。ここの世界でも同じような感じなのかな。
とりあえず「なるほど」と頷いて、分かったような気になってみる。
白い建物が目の前に迫る頃には、あたりの空気はひんやりとして湿っぽく、木々の間には靄が掛かっているかのようだ。
ルークには、建物の裏手にある神殿事務所の入り口付近まで送ってもらった。
実はちょっと緊張していたから、ここまで付き添ってもらえて助かった。働きたい、とは言ったものの、こんなに立派な神殿で勤めようだなんて、やはりちょっと無理があるかもしれないな、と内心では思い始めていた。
だって俺は本当は、異世界からの転移者なのだし。実はまだ市民権を得ていないのだし、浄化能力があるとはいっても微々たるものだし。
だけどルークが紹介状まで用意してくれたし、それとなく応援をしてくれるから、やっぱり止めるなんてことは言えなかった。
とりあえず面接だけでも受けてみて、駄目そうなら諦めようかと思っていた。
騎士団の建物は、この林を突き抜けた向こう側にあるらしく、ルークはこのまま歩いて仕事場へ向かうと言う。
「ルーク、ありがとう。じゃあ俺、行ってくるね」
覚悟を決めてそう言って、手を振って別れようとした時だった。
カサリ。
と、落ち葉を踏む音がして、木立の影から突然、見知らぬ老人が姿を現した。
「おやおや、君は……っ」
白髪の小柄なおじいさんだ。
おじいさんはルークの姿を見上げると、瞳を輝かせて何かを言おうと口を開いた。
「俺はスピラノビッチョです」
しかし老人が何かを言う前に、一歩前に出たルークが生真面目な顔でそう遮った。
……スピ……?
なんだろうその名前。初めて聞いた。ヘンな名前。冗談なのかな。
しかし老人は信じたようで、
「なぁんだ。人違いか」
そう言ってしょんぼりと肩を落として、建物の向こうへと去って行った。
「……ヘンな名前だね」
目の前で繰り広げられたやり取りが意味不明すぎてついて行けず、俺はとりあえずルークを見上げた。
「これにはワケが……」
ルークはそう言って、やや気まずげに口を噤んだ。そうして暗然とした眼差しで、おじいさんの後ろ姿を見送りながら、
「……あの老人は認知機能に老化がみられる。発言には終始妄想が入り乱れている」
と言った。
「でも、なんか偉い人みたいな服を着ていたよ」
白地に金の刺繍の入った上着を着ていた。雰囲気は、その辺にいる親しみやすい小さいおじいちゃんという感じだったけど。
「だがちょっとボケている」
考え込むような表情で、ルークはそう言ってしばし黙った。
……そういえば、俺の亡くなった曾おじぃちゃんもボケていたっけ。
離れて暮らしていたけれど、会えばいつもとんちんかんなことを言ってきて、その度に困惑した思い出がある。「歳を取ると仕方がないのよ。肯いて話を聞いてあげればいいのよ」と、お母さんは笑っていたけれど。
どの世界にもボケちゃうお年寄りはいるんだなぁ。
俺は少々しんみりとした気持ちになって、「なるほど」と頷いておいた。
神殿の事務所を訪ねると、神殿長だという黒髪長髪のおじさんが出てきた。
それでは少し面談をしましょうということになって、俺は事務所の奥の面談室のような部屋へ通された。簡素だけど上品な造りの室内で、座り心地の良い一人掛けのソファを勧められた。
一体どんな面接が行われるのか、とすごく緊張したのだけれど、
「どうぞ」
と、神殿長自らが、隣の給湯室で淹れたお茶を出してくれた。
ほんわりと、良い香りのするお茶だった。
神殿長は自分の分のティカップも持って、ゆっくりと向かい側の席に腰掛けた。
結論から言うと、俺の採用は、まるでもう、ほとんど決定していたかのようだった。
おじさんは俺が持参したルークからの紹介状の用紙を読みながら何度も頷いて、それから紹介状を膝の上に置くと、カップのお茶をゆっくりと啜った。
「それではいつから来られますか?」
「え」
俺はびっくりして、優雅にティカップを持つおじさんを見た。
「働いていいんですか?」
思わず尋ねたら、初老で長髪のおじさんは、「採用ですよ」と答えた。
「でも、俺、転移者ですよ」
この事実は包み隠さず伝えるべきだと思って強調したのだが、
「承知です。それはこの紹介状にも記してあります。問題はありません。バニエール神殿は、この紹介状を信用します」
疑いのない表情を俺に向ける。
「それに神殿では今、浄化師の数が足りません」
厳しいことを言われたり、意地悪な質問をされるのかも、と覚悟をしていた俺は、拍子抜けしてソファの背凭れに身体を預けた。
よっぽど浄化師が足りなくて困っているのか、それとも、ルークの書いた紹介状が凄く上手に書かれていたのか。
俺は実は紹介状の中身を読んではいない。ルークは俺のことをどんな風に書いたんだろう。強引に読ませてもらえばよかったかな。
「俺は、他にもアルバイトをしているので、週に2回くらいしか働けません」
勤務日数についても、正直に話したら、
「良いでしょう。週に2日で」
おじさんはあっさりと頷いて了承をした。
実にあっけない、平和な面談だった。
こうして俺は、週に2日、午前中だけ、掃除係りとして神殿で働くことが決まったのだった。
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