第13話 耳寄りなバイト情報

 もうちょっと何か仕事を探さないとなぁ。

 俺は貯金箱の中身をじっと見つめながら、思わずぐぬぬと唸ってしまった。お金って、なかなか思ったように貯まらないものだ。

 そろそろ新しいシャツを買いたいし、本だってもっといろいろ買って読みたい。

 食費や石鹸などの消耗品は、ルークからもらう生活費でありがたく買わせてもらっているけれど、やはり自分の持ち物は自分のお金で買うべきだと思うのだ。

 それに、実は先日、ルークの誕生日が来月であることを知ってしまった。これは、普段お世話になっているルークにお礼をする、絶好の機会到来ではないか。高価な物は買えないとしても、何かプレゼントを渡したい。


 バイトをもっと頑張らなければなぁ。

 とは思うけれど、悲しいことに、先週で焼き菓子屋さんの手伝いバイトが終了となってしまった。

 だから今は、週に2回の犬の散歩代行と、週に一度の豆の殻むきバイトにだけ通っている。


 焼き菓子屋の主人であるおやじさんは、先週から若い見習いを雇い始めた。

 見習い君は俺よりも四つ年下の17歳で、なのに俺よりも力が強くて、生地を捏ねる作業も途中でバテることがないし、粉の大袋も一人で持ち上げられる。幼い頃から菓子作りに興味があったというその少年は、材料や捏ね加減の話題など、俺なんかよりもずっと焼き菓子工房のご夫婦と話が合った。

「じゃ、じゃあ、俺はもう用無しってことですね」

 あっはっはっ。と、妙な敗北感を味わいながら冗談めかしてそう笑ったら、

「そうねぇ。今まで本当にどうもありがとうね」

 奥さんにそう言われてしまい、ご主人にはおみやげのお菓子をたくさん持たされ、そうして笑顔でお別れとなってしまった。

 働いたのは短い期間だったけれど、良いバイト代をもらっていたし、わりと楽しかっただけに、ちょっと残念で淋しかった……。



「はぁ。何かいいバイトないかなぁ」

 食後のテーブルでお茶を飲みながら、新聞の求人欄を見てみるけれど、相変わらず力仕事系か、高度な読み書きを要求される難しそうな仕事しか求人がない。豆の殻むきのバイト回数を増やすというのも考えたけれど、あれはやりすぎると爪が痛くなってしまうので沢山はできない。

「アヤト、バイトを探しているのか」

 向かいの席で、同じくお茶を飲んでいたルークが、ティカップを持つ手を止めて呑気に言うから、

「そうだよ。俺は定職を持っていないから収入を得るのが大変なのっ」

 思わず頬を膨らませてしまった。

 今のままではなかなか欲しい物も買えないし、ルークの誕生日にプレゼントもできない。さらには、立派な魔鉱石を買って元の世界に帰るという目標にもちっとも手が届かない。

 生活していくためには働かなくちゃならないけれど、お金を得るってなかなかに大変なことだなあ。

「……毎日手を繋いでくれたら給料を支払う」

 唐突に、ルークが真面目な顔をしてそんな冗談を言ったので、俺は一旦口に含んだお茶を吹き溢しそうになった。ふははっ、と笑ってしまう。

「ルーク面白いね」

 ルークでも意外と冗談を言うことがあるんだな。手を繋いだだけでお金を取るなんて、それって悪徳商法とかヒモみたい。なんだか考えるほどに可笑しくて、しばらくの間一人でウケて笑ってしまった。

 ルークはティカップを置いたまま、ぼんやりとそんな俺を見つめていたようだったが、やがてお茶が冷めてしまうことに気付いたらしく、再びちびちびとカップを口にする。そうして、カップのお茶に目をやったまま、呟くような小さな声で、

「……そういえば、神殿で掃除係を募集している……」

 と言った。

 俺はハタと顔を上げた。

「え、なに? バイトの話?」

 今、耳寄りなバイト情報を聞いた気がする。

 俺が喰いつくと、ルークは逡巡するようにして、

「……いや、だが、あまり良い仕事ではないかもしれない」

 と、珍しく言い淀んだ。

「え、なんだよっ、気になる。教えてくれないと眠れなくて禿げるかも」

 俺が催促すると、ルークはようやく躊躇いがちに口を開いた。

「短時間の簡単な掃除の仕事らしいんだが、……条件が、浄化能力保持者であること、なんだ」

 神殿で掃除をする短時間のお仕事で、条件は浄化能力――……。

「やるよ! 俺、その仕事やりたいっ」

 短時間の掃除だったらそんなに体力は要らないだろうし、神殿ならばそれほど悪い人もいないだろう。浄化能力ならばほんの少しだけ持っているし。

「だが、掃除というのは意外と疲れる作業で」

「掃除でしょ? 拭いたり掃いたりでしょ? 大丈夫だよ」

「だが、神殿というのは意外と疲れる場所で」

「でも短時間でしょ? 掃除ならば宿屋で働いてた時にもさんざんやってたし、慣れてるよ」

「……」


 というわけで、神殿でのお掃除アルバイトに申し込んでみることとなったのだ。


 



 

 

 


 


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