第10話 ルークの髪のこと

 薄く開けた窓から心地よい風の舞い込む昼下がり。

 いつの間にか俺はソファで横になって、一時間程眠ってしまっていたようだ。

 リビングの隅にあるこのソファは、昼寝の場所には丁度良い。バイトのない日のこの時間は、気が付けば眠気に負けてしまう。そうして、陽が傾きはじめる今時分になって目が醒める。

 起き上がると身体に薄い毛布が掛けてあった。きっと寝ている間にルークが掛けてくれたのだ。


 夕方というにはまだ少し早い時間。

 リビングキッチンにルークの姿は見当たらなかった。たぶん、自室兼寝室にいるか、外へ出かけたのかもしれない。

 俺はソファで身を起こし、ぼんやりと背もたれに身を預けたまま、昼間の出来事を思い出していた。

 ……荷馬車越しに見た、魔力を施行するルークの姿。

 普段は芒洋として、滅多に表情を崩さないマイペースな感じの騎士だけど、あの瞬間のルークからは怖いくらいの気迫を感じた。まるで別人のようだと思ったけれど、俺が知らないだけで、きっとあれもルークの持っている一面なのだろう。

 俺的には、普段の芒洋としたルークの方が、慣れているし好きだけど。

 ルークのことも、この世界の魔力についても、俺はまだまだ知らないことが多すぎる。

 ソファの隅には読みかけの本が転がっている。俺が寝落ちするまで読んでいた本で、児童向けじゃなくて、ちょっと難しい言葉も出てくる若者向けの読み物だ。だけど、読めない文字が多すぎて、途中で放り出してしまったんだっけ。

 最近はバイトの忙しさにかまけて、この世界での文字の勉強をさぼりがちだ。本当は、もっと勉強をしないといけない。でないと読める本の幅は狭いままだし、いつまでたっても不便な思いをし続ける。

 それに、難しい本を読めるようになれば、この世界のことがもっと分かるようになるかもしれない。

 ……頑張ろ。

 俺は立ち上がり、顔を洗うために洗面所へと向かった。



 洗面所には洗面台があるほかに、衣類を洗濯乾燥する魔道具があり、タオル類を置く棚も置いてある。洗面所には、お手洗いとシャワールームへつづくドアもあり、一日のなかでここを通る回数は意外と多い。

 その洗面所のドアをガチャリとあけて、俺は一瞬、「うわぁ」と声を上げそうになった。

 筋肉質な肌を晒した半裸のルークが、鏡の前にいたからだ。

「使うか? 悪い、もう終わるから」

 シャワー後なのか、腰にはタオルを巻いている。見てはいけないモノは見えてはいない。けれど、なんとなく目のやり場に困ってしまう。ルークの身体は見惚れそうなほどに艶やかで男らしくて、「男の色気」のようなものを感じた。

 しかも、いつもはもさもさの重たい前髪を下ろしているのに、今はその前髪を全て後ろへ撫でつけていて、容の良い額やくっきりとした凛々しい眉、アーモンド形の綺麗な目がはっきりと見えた。

「あっ、いいよ、俺急いでないからっ」

 慌ててドアを閉めようと思ったけれど、洗面台の上に置いてある容器が目に入り、ついつい視線を奪われた。

『毛染め薬』

 容器には、確かにそう記されたラベルが貼ってある。

「えっ? 白毛染め?」

 思わず声を上げてしまった。

 知らなかった。ルークは白髪を染めていたのか。

 歳はまだ30前だと聞いていたけど、若白髪なのかな。だからあんな変な髪色をしていたのかな。

「ああ、いや、これは、白髪染めという訳ではないのだが」

 ルークはちょっと困ったような顔をする。毛染めはもう終わったようで、撫でつけていた手を離すと、前髪はいつものようにもさりと額を覆い隠した。

 なんだか残念だなぁと思う。

「どうせなら、もっといい色に染めればいいのに」

 俺が言うと、ルークはさらに困ったような表情になって、鏡の中の自分の髪に目をやった。

「……そうだな。次は違う色にしてみるか……」

 髪形も、もっと額を見せたほうがかっこいいのに。と思ったけれど、これはまあ、個人の自由もあるだろうから、あまり口出しはしないでおこう。

 それにしても、ルークは意外と顔が良かった。










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