第8話 手を繋ぐ話

 豆のから剥きバイトには、取り敢えず週に一度だけ通うことにした。

 慣れて体力が付くまでは、あまり無理をしない方が良い、というルークからの助言があったからだ。

 他の豆剥きメンバーの人たちも、自分の都合で来たり休んだりしているようで、そういった融通の利くところが、このバイトの良い点だった。

 しかし何と言っても一番良いのは、一時間ごとにおやつ休憩があるというところだ。農場主さんがバイト用にと、色々な飲み物やお茶菓子を用意しておいてくれるのだ。

 昨日食べたおやつで一番おいしかったのは、瓜桃という小振りサイズのスイカのような果物だった。

 流水で冷やしたものを半分に切って、スプーンで実を掬って食べるのだが、甘くて瑞々しくて食感も良く、いくらでも食べられそうな美味しさだった。本当に旨かった。


 という話をルークにしたら、

「明日の休みに果物屋へ買いに行こう」

 ということになった。

 瓜桃はルークも好物だそうで、「アヤトの話を聞いていたら食べたくなった」と言う。

「やったー! いっぱい買って毎日食べよう」

 嬉しくなってそう提案したら、ルークも笑顔になって「いいね」と言う。

「じゃあ俺も瓜桃代を半分出すから!」

 うきうきして俺が言うと、「食費は俺が持つからいいよ」と、いつものように穏やかに断られてしまった。


 この家では俺は本当に居候だ。

 食費も生活費も出してはいない。払おうとしても、ルークは受け取ろうとしないのだ。

 俺だってちょっとは稼いでいるんだし、食べる分ぐらいは支払うよ、と言っても決して受け取らない。たまに家事を手伝ってくれたらそれでいい、と言う。

 そりゃあ、騎士としてちゃんと働いているルークの方がいっぱい稼いでいるだろうけど。でもたまに、申し訳ない気持ちにもなる。


 しかし実際の所、タダで居させてもらえることはとても助かる。

 俺の稼ぎは少なくて、とても一人では生活できない。貯蓄もほとんどできていない。宿屋で働いていた時は、少ない給料から家賃や食費などを引かれていた為、お金は全然貯まらなかった。

 元の世界へ帰るためには、大きくて立派な魔鉱石が必要だけど、大きな魔鉱石というのは目玉が飛び出るほど高額だ。帰るためには、俺は沢山の資金を貯める必要がある。


 お金は払えないけれど、タダ飯食いでいるのは気が引ける。

 少しでも恩を返せたらいいんだけど……。

「……あの、肩たたきとかしようか?」

 俺は遠慮がちにそう申し出た。

 父の日とかに子どもがよくやる、『お金の掛からないプレゼント』というやつだ。気休めの奉公で恩を返してしまおうという魂胆だ。

「肩たたき?」

 ルークはいまいちピンとこないといった様子で俺を見た。

 あれ? もしかしたらこの世界では、肩こりを治すのに肩を叩いたりしないのだろうか。

「こうやって、肩を叩いて疲れを取るやつ」

 俺が両手を握ってエアートントンをして見せると、

「ああ、なるほど」

 なんとなく分ってくれたようだけど、あまり乗り気でなさそうだ。肩はこっていないのかもしれない。

 じゃあ、どうやってお返しをしよう。これまで以上に家事を頑張るか? だけどはっきり言って、家事はルークの方が手際が良くて、何をやっても上手いんだよな。

 俺が考えあぐねていると、

「……もし、よければ」

 今度はルークのほうから遠慮がちに言ってくる。

「たまに、手を握らせて、くれないだろうか……」


 手を。

 思わず聞き返してしまいそうになった。

 手なんか握って、なにか良いことでもあるんだろうか?

 そういえば、宿屋で働いていた時も、不意に手を握ってくる客がいた。女の子の可愛い手ならまだしも、俺のつまらない手を握ってなにが楽しいのだか、さっぱり理解ができなくて、気味が悪いと思っていたけど。

「い、いいけど」

 気味の悪いヘンな野郎に握られるのは嫌だけど、ルークだったら別に嫌だとは思わない。逆にそんなことで本当にお金の代りになるのかと聞きたいぐらいだ。

「……今握る?」

 俺は、食卓テーブルの向かいに腰掛けるルークに、そっと右手を差し出してみた。

 ルークは承諾されるとは思わなかったのか、一瞬面食らったように俺の手を見た。だけどすぐに、ゆっくりと手を伸ばしてくる。


 ルークとは、この一カ月の間に、一度だけ手を繋いだことがあった気がする。

 その時にも、大きくて温かい手だなあと思ったけれど。改めて、大きくて硬くて強そうな、働き者の大人の男の手だと思う。相当使い込まないと、こんな風にはならないだろう。もしかしたら、過去には意外と苦労をしているのかな。

「アヤトは、自覚がないのかもしれないが」

 ルークは握り込んだ俺の手に視線を向けながら、静かな口調で言う。

「アヤトの身体には少しだけ浄化の力が流れている。だからこうして繋いでいると、気持ちが安らぐ」

 へえ、と思って、俺は握られていない方の自分の手を見た。

 今まで、「魔力が少ない」としか言われたことがなかったし、自分にそんな特性があるなんて、ちっとも知らなかった。

 浄化の力なんてあんまり聞いたことがないし、何の役に立つのかよく分からないけれど、ルークに喜んでもらえたのなら良かった。たぶん、すごく微々たる量しか流れてはいないんだろうけど。

 少しの間そうして握って、「ありがとう」と言ってルークは俺の手を解放してくれた。

 こんなんで本当に役に立ったのか? 若干疑問ではあったけれど、ルークが満足してくれたのならいいか。

 一応、「どういたしまして」と答えておいた。




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