第5話 お菓子作りの仕事

 今日はすごく良いバイトを見付けた。

 小さな焼き菓子工房で、お菓子作りを手伝うバイトだ。

 お菓子作りなら楽しそうだし、それほど力とかいらないだろうし、室内の仕事だから快適そうだ。老夫婦がこじんまりと切り盛りしている店らしいから、きっとのんびりと仕事をするんだろうなぁ。

 と思っていたけど甘かった。

 生地を捏ねる係りのご主人が、今日は用事で留守なのだという。代わりに、俺に生地を捏ねる作業を行ってほしいとのことだった。


 それで午前中は、ひたすら焼き菓子の生地を捏ねる作業に追いたてられた。

 小麦粉と砂糖と卵とバターと、なんかいろんな材料の混ざったものを、両手を使ってこれでもかというほどに捏ねまくる。

 材料は意外と混ざりにくくて、コツと力が必要だ。捏ね終ってもまた次の分を一から捏ねなければならない。やってもやっても終わらない。全然のんびりなんかじゃない。

 なんと大変な作業だろうか。よくご主人は、これを毎日こなせるものだ。午前が終る頃には、肩も両腕も疲労でガクガクになっていた。

 午後からは、型抜きしたクッキー生地に飾り付けをする仕事を頼まれた。

 クマやウサギの形に抜かれたクッキー生地に、チョコチップで目や鼻を付けていくのだ。

 チョコチップでできた素朴なお顔は愛らしく、なんともメルヘンな仕上がりとなる。美味しいうえに可愛いなんて、天使の食べ物かと思う。

 しかし、

「あら? このクマさんは目が3つある?」

「このウサギさんにはおへそがあるのね?」

 難しいのだ。

 お店の奥さんは良い人で、店番をする合い間に工房を覗きに来ては、「乳首のあるクマさんも可愛いわねぇ」などと微笑んでくれるけれど。

 本当は俺は、見本通りに作ろうと思って頑張っている。だけど疲労のせいで手指がぷるぷる震えてしまって、なかなか上手くできないのだ。

 その後も細かい作業は延々と続き、まるで修行のようだった。


 ようやく頼まれた分の作業が終り、俺は約束通り一万五千ベリの給料をもらった。

「ありがとうございます」

 笑顔で給料を受け取ったけれど、内心ではちょっとだけ、これで一万五千ベリでは割に合わないなぁ、なんて思ったりした。だって、捏ね作業は重労働だったし、延々と続く細かい作業は精神をやられそうな大変さだったから。

 

「こちらこそ、どうもありがとうね」

 奥さんは、ほっとしたような笑顔を俺に向けた。

「最近は主人が腕が痛いと言うことがあって、たまには休ませてあげたいと思っていたの。だから今日は、お仕事に来てもらえて本当に良かった。どうもありがとうね」

 それで俺は、どうして奥さんが朝からあんなに張り切っていたのかが、ようやく分かったような気がした。

「今日はたくさんのお菓子を焼けたから、明日も主人を休ませてあげられるわ」

 旦那さんを休ませるために、あんなに頑張っていたんだな。

 今日の労働が、なんだかとても尊いものに思えた。途中で投げ出したりせずに頑張れて良かった。

 

 できればこれからも、たまにお仕事に来てほしいのだけど。

 焼き菓子の入った包みを渡してくれながら、奥さんが言う。

 俺は一瞬迷ったけれど、

「はい、また来ます」

 そう答えていた。

 本当は、肩も腕も手もガクガクで、今晩はスプーンも持てそうにないけれど。

 俺がもっとムキムキのマッチョだったら、迷わずに引き受けたのだろうけど。


 まだ温かい焼き菓子の包みを抱いて、夕暮れの帰り道を歩く。

 商店街にさしかかると、仕事帰りの人々や、夕飯の買い出しらしき賑やかな人々とすれ違う。

 宿屋で働いていた時は、こんな賑やかさの中にいると、余計に孤独を感じてしまって寂しかった。だけど今は、全然平気だ。

 早く部屋に帰り着きたい。頑張って作った出来立ての焼き菓子を、早くルークに食べさせたい。美味しくて可愛いくてとても綺麗で、これを見たらきっとルークはびっくりするぞ。先日の豆剥きバイトで豆をもらってきたときも、すごく喜んで食べてくれたし。

 普段はぼうっとした雰囲気の騎士だけど、笑顔になるとルークはちょっと格好いい。

 誰かが喜ぶ姿を想像するのは、なんだかとても幸せな時間だ。

 

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