第9話 小林茜 3
「は!初めまして!私は、高藤茜と言います!よろしくお願いします!」
私は、緊張のあまりに大きな声でお辞儀をして挨拶する。
ーーうわぁ……そう言えば、旦那と初めて話した時ってこんな感じだったわね。今まで、忘れていたけど、改めて振り返るとすごく恥ずかしい……
時は少し遡る……
私は、仕事が終わると香織と一緒に待ち合わせ場所になっている駅前の居酒屋に向かった。仕事が長引いてしまったこともあり、私たちが行くと相手の方は先に水を飲んで待っていた。
まずは、香織と2、3話してからお互いに自己紹介をすることになり、最初のような感じでしゃべってしまった。
周りのお客さんも「なんだ?なんだ?」と言うような感じでこちらに注目する。
周りの視線に気づいて顔を赤らめていると、周りの目は気にしないと言わんばかりに「小林祐希と言います。よろしくお願いします」と挨拶をしてくれる。
それから、私たちは席について、飲み物と食べ物を注文する。
最初はみんなでビールを頼むことにしたが、注文をする時に「やっぱり、焼酎が飲みたいから、俺は、焼酎をお願いします」と直前で注文を変更していた。
香織は、「小林君は変わらないねぇ。相変わらずのマイペース」
ーーそう!旦那はこの時からもうすでに旦那だった!超が付くほどのマイペース!
……でも、ガンコだけど、自分と家族を信じて真っ直ぐ進んでいってくれるいいところでもあった……まあ、頑固すぎて考えを曲げないけど、口下手だから、最終的には私が言い負かしてましたけど……
「……」
ーーだから、この時から間に誰かを入れないと会話が長く続かなかったのよね……
「もう!私ばかり話してるじゃない!」
ーーやっぱり、香織が怒り出した。
「茜も小林君も黙ってないで会話に参加してよ!」
「ごめん!」
「……確かに今日は暑い日だったな……」
「天気の話なんてしてないんだけど!私がしてたのは、小林君がどんな人物かを知ってもらうために大学時代の話をしてたのよ!」
「……すまん。聞いてなかった」
と、香織に言われて話し出したはいいが、それまでの話題を全く聞いてなかったらしく(後日、緊張で話が入ってこなかったと結婚してから教えてくれた)、香織に怒られてしまう小林君。
「あはははは!」
2人のやりとりが面白くて面白くて、それまで緊張でぎこちない笑顔だったが、思いっきり笑ってしまう。
ーー人のことを気にする香織とマイペースであまり人の話を聞かない旦那ってのがすごい面白いのよね。
それからは、ぎこちないような空気もなくなり小林君も「そうだな」とか「それはすごいな」とか無愛想なように返すが、目尻に皺を作って笑っているように話返してくれる。
私の入社式の転倒した時の話など、恥ずかしい話も小林君は「そうか」とあまり笑わずににこやかに聴いてくれた。
真剣な話なら真面目な顔で、おちゃらけた話ならにこやかな顔でしっかり聴いてくれるから、人見知りなはずの私が、安心してなんでも話してしまった。
そんな楽しい時間はあっという間に終わってしまった。
私は、もっとこの人と仲良くなりたい!と思い、次の日が土曜日で仕事が休みなこともあり、なけなしの勇気を振り絞って連絡先を交換して、遊びに誘った。
小林君は、嫌がった様子を見せずに「駅前に8時くらいに集合しようか」と提案してくれた。
が、朝の8時に会いてるお店なんて24時間営業のファーストフード店しかやっていない。
朝8時は、流石に早すぎると言ったが、小林君は、「朝の8時じゃないと困る」と真剣な顔で言ってくるので、仕方なく了承した。
でも、「そんな時間に集まってどこにいくのか?」と訪ねるが、「それは教えられない」と頑なに教えてもらえなかった。
そして帰宅してからは、28になるが、人生で初めての異性とのデートということで、クローゼットから服を引っ張り出していろんなパターンを鏡の前で試していくがなかなか決まらない。
香織からは、「デートに行くなら、デートの場所に合う服を着ていくこと!」と言われて意識して選んでみたが、そもそもどこにいくのか教えてもらえなかったから何を着て行けばいいのかわからないことに服を選び始めて2時間して気がついた……どうしよう……
結局、無難に黒のプリーツスカートに白のTシャツに白と黒のローヒールのスニーカーという組み合わせにした。
服が選び終わると午前1時を回っていた。
私は慌ててお風呂に入ってパジャマに着替えて横になる。
しかし、胸がドキドキして眠れなかった……
次の日、目の下にできたクマをお化粧でなんとか隠して待ち合わせ場所に1時間前に着いてしまった……結局、眠れず……ファンデーションを塗った顔もいつもよりも白いような……準備が終わったのが朝の6時。それからは、コーヒーを飲んだりして落ち着こうとしたが、結局はソワソワしてしまい、駅に向かうことにした。
待ち合わせ時間よりも1時間前に着いたので、流石にいないだろうと思い近くのファーストフード店に入ろうと思った時に、小林君が駅の方から出てきた。
小林君は、私を見つけると、「……おはよう」と少し照れながらも挨拶してくれる。
「おはよう」と私も挨拶する。
挨拶が終わると、「じゃあ、小高山に行くから駅に行こう」とデート場所を教えてくれる。
小林君があまりにも普通にいうから聞き流しそうになってしまったが、小林君の言った内容を思い出して「え?山?」と聞き返してしまう。
小林君は「そう。これから小高山に行く電車がきてしまうから早く行こう」
私の疑問に簡潔に答えて、小林君は駅に向かってしまう。
しばらく後ろ姿を眺めていたが、駅の中に消えてしまった所で慌てて跡を追いかける。
(寝不足で頭がぼーっとしていたから気づかなかったけど、よくよく見ると登山用リュックにトレッキングの格好をしている)
それから1時間ほどして小高山近くの駅に着いた。
山までは電車を降りて、歩いて1時間くらいらしい。山に向かう途中で朝ごはんとしてバナナを一本渡された……初デートでピクニックに行ったという友人を中学の時に見たことがあるが、初デートとはこういうものなのだろうか?
汗を吹くタオルなども準備されていて、山についてからは、私の足のサイズにぴったりの運動靴を渡されて履き替えた。
山はそこまで標高が高い所ではなく、神戸の六甲山のような感じで、ハイキングコースがちゃんと整備された所で、気軽に散歩などに利用されているそう。
最初は、寝不足だしで嫌だなと思っていたが、ハイキングコースに咲く野花たちが綺麗で元気が出てきた。
「うわぁ!白い花に紫の花に赤い花…虹のようにカラフルで綺麗!」
私の反応を見た小林君は、「その顔が見たかったんだ」とにっこりと笑う。
ーーうおう!出たよ!旦那がたまに見せる無邪気な笑顔!これで胸を鷲掴みにされたようにドキ!っとしちゃうんだよね……
(こんな顔も見せてくれるんだ……話すのが苦手かと思えば、思ってることが顔に出やすかったり……面白い人だな……)
その後は、無事に頂上まで登り、下山して待ち合わせ場所にて解散となった。
(変わった人だけど、今まで接してきた男性よりも気配りができて優しくて、自然と気を遣わなくても話したり、黙っていてもなんとも思わないほど居心地が良かったなぁ……)
それからは、ちょくちょく連絡を取り合い、一緒に遊びに行って、気がついたら2人でいるのが当たり前になっていて、あっという間に結婚することになった。
結婚式の様子は、前回の冒頭で描いたような感じで、父が誰よりも目立って終わった。
結婚後は、一緒に暮らし始めて、当初はお互いに前に一人暮らしをしていたアパートに帰ってしまうなんてこともあったが、だんだんそんなこともなくなり、2人の生活に慣れていった。
それでも、娘が産まれるまでにかなり喧嘩をしたよね。主に、仕事から帰ってきてリビングで服を脱ぎ散らかしたり、なぜかパンツ一枚でベランダに出ようとしたり、あなたの日常の行動についてだったけど……
結婚生活3年目には、やっと子供ができた時は、珍しくあなたは飛び跳ねて喜んでいたわよね。我に帰ったあなたが、しばらく後ろを向いて咳払いしていたのが印象的だったわ。
ーーああ。この時は、旦那の恥ずかしがる姿が面白すぎて笑いを堪えるのが大変だったわね
そして、あなたが生まれてきてくれた……
つづく……
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