第8話 小林茜 2

ーー懐かしいなぁ。初めての出社だったから緊張したなぁー


 入学するときのドキドキとはまた違ったなんとも言えないドキドキ感で胸をいっぱいにしながら会社へと向かう姿がスクリーンに映し出されている。


ーー確か。緊張のし過ぎで、会社の入り口を通るときに転んだんだったわね


 私が当時のことを思い出していると場面はちょうど会社の入り口の前に立つ私を映していた。その動きはガチガチでまるでパレードで行進する軍人さんのようなカチカチした歩き方をしていた。


 (うわぁ!緊張するなぁ!)


ーー……自分の心の声が聞こえるのってすごく恥ずかしいわね……


 (ああ!良い人たちがいっぱいいますように!……うわ!)


 会社の入り口の段差に足を取られてこけてしまう。


 ドテッと大きな音を立てて、思いっきり顔から転んでしまう。

 

 (っ!)


 転んだ私は、寝転んだまま、1番最初にぶつけたおでこを抑えながら顔を上げる。


 (ったー!!……あれ?)


 私が顔を上げると周りにいた人達から覗かれていた。


 周りにいた人たちは、入社式に参加する人たちらしく私と同じような年代の人たちだった。


 周りの人たちが私が転んだことで注目していることに気がつくと、恥ずかしさのあまりに顔を赤く染めて、すぐに立ち上がり「すみません!」と周りに謝罪する。


 周りにいた人たちは、入社式会場に向かう人たち、「大丈夫?」と声をかけてくれる人たちと色々だった。


 私は、「大丈夫?」と声をかけてくれた親切な人たちに「大丈夫です。ありがとうございます」とお礼をする。


 「本当に?でも、おでこから血が出てるわよ?」


 と、心配してくれた親切な人たちの中にいたショートヘアの女性が教えてくれる。


 私は、自分のおでこから血が出ていることに気づいていなかったため、「ええ!」と驚き、慌ててバックから手鏡を出して確認する。

 

 (本当だ!うわぁ……これから入社式なのに、どうしよう……)


 私が困っていると、声をかけてくれた女性が「ふらふらしない?」と心配してくれる。


 この人は、結婚した今でも仲の良い親友の「立花香織」という女性。思い出してみると、この頃から優しくて美人で、周りから目立っていたな。


 「ふらふらは大丈夫。だけど、これから入社式があるのに、どうしよう……」

 「うーん。入社式の担当の人がいたからその人に言えばどうにかなるかも……一緒にきて!」


 と、ショートヘアの女性は私の手を取ると、担当者の元まで移動する。


 「巻き込んじゃってごめんなさい……」

 「そんなこと気にしなくて良いよ!困ったらお互い様なんだから!私が困ったときは助けてくれれば良いからさ……えっと、そういえば自己紹介してなかったわね。私は立花香織。よろしくね!」


 と、立花さんは笑いかけてくれる。


 (うわぁ…美人さんで優しくて行動力があってかっこいい人だなぁ!)


ーーおお!綺麗で優しくてかっこいいなぁー


 当時の私とスクリーンを見て思うことが一緒な私も当時からあまり変わっていないということかな?


 「私は、高藤茜と言います。助けてくれて本当にありがとう」


 私と香織は、自己紹介をしながら担当者の元に向かい、事情を説明する。


 担当者からは、「私の方で出席扱いにしておくから病院へ行ってきなさい」と言われた。


 一応、1人では危ないかもしれないからと香織が付き添いで一緒に行くことになった。


 お医者さんでは「特に異常はないので大丈夫ですね」と診断を受けた。


 その後は、香織に付き添ってもらい、家に帰った。


 次の日からは、入口で転ぶ事はなかったが、慣れないヒールに1週間くらいは躓きそうになった。

 

 「うわっ!っと……」


 1週間もそんなことが連続すると私が入り口に現れる時点で、警備員さんや他の社員さんが構えるようになった。


 社内でも有名で担当部署の人にまで知られていた……


 「あなたが入社式の時に派手に転んで病院に行った人ね!」


 と、名前を言うと、こんなふうに言われている。


 そんな感じで社会人になり、1週間が過ぎ、1ヶ月が過ぎ、覚える仕事の量も増えてきた。


 入社してからの初めての大型連休はどこかに出かける余裕がないほどにぐったりしていた。


 入社して3ヶ月、使用期間を無事に乗り切って、正式に正社員として働くことが決まったときは嬉しかった!


 香織は当然そうにしていたが、私は、飛び跳ねて喜んだ。


 香織には、「大袈裟ね……」と呆れられた。


 それから、1年目から3年目まで先輩の元で仕事を教わり、無事に1人たちをして、4年目からは、後輩を教えるようになった。


 香織は、仕事も優秀で、同期の中で1番に出世して、今では主任を任せられている。優秀すぎるが故に普通ではありえないが、特例中の特例での昇進だと言う。


 私はと言うと「先輩!会議資料の内容が間違っている箇所がありましたよ!」と後輩を指導するはずが、逆に後輩に指導される立場に変わっていた。


 「ごめん!すぐに直しておくよ!」

 「もう直しておきましたから、次の仕事に取り掛かってください!」

 「は!はい!」


 私の方も私なりには順調だった……はず……


ーー何でこれでクビにならなかったか未だにわからないなぁ


 そんなこともありながら、仕事に、恋人はいなかったが、香織とプライベートで旅行に出かけたり、職場の飲み会など充実の日々を送っていた。


 入社7年目の時に、「そろそろ28になるし、恋人くらい作りたいなぁ」と思いながら、仕事に邁進する日々を過ごしていた夏の日に香織から「この前、大学の同期の飲み会で茜のことを話したら、紹介してほしいって人がいたんだけど、どうする?会ってみる?」


 私は、香織の申し出に最初は躊躇したが、チャンスはこれっきりかもしれないと最終的には会うことにした。


 その日から、2週間後の仕事終わりに、私は、香織と一緒に男性に会いに行った……


 つづく……

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