第6話 喋るスクリーン
「茜様、こちらがシアタールームとなっております」
佐藤さんに案内されたシアタールームは、客観的に見て軽く100人以上は座って映画を見られそうなほど広かった。
内装は、壁は赤色、横の壁に間接照明、正面に大きなスクリーンと垂れ幕といった感じになっていた。
「うわぁ!広いですね!」
「はい。300人ほど座れるようになっております」
「300人ですか!普通の映画館と変わらないですね!」
「はい」
こんな広いところで1人で自分の人生を振り返る映像を見るのか!小心者の私には、とても落ち着いて見られない!と思った。
「大丈夫ですよ。ご希望なら、この広い空間を8席だけの狭い空間にすることや、1,000人くらいが入れるような広い空間にすることもできますから。茜様の表情から察するにもっと広い方が宜しいでしょうか?」
佐藤さんのとんでもない提案に、「いやいや!逆ですから!もっと狭くしてください!」と訴える。
佐藤さんは、「フフフ……承知しました」とイタズラが成功したような笑みを浮かべる。
あ!この人、わかってやったな!
「あの!さっきからイタズラな笑みを浮かべる時があるんですけど、わかってやってますよね?」
佐藤さんは、そんなことございません。というようななんでもない顔をして、そっぽを向いてしまう。
しばらくそっぽを向いた佐藤さんと、そんな佐藤さんをジロっ!っと睨む時間が続く……
沈黙に耐えられなくなったのは、スクリーンだった……
「おい!いつになったら映像を写せばいいんじゃ!早くせんか!」
私は、「え?」と固まる。
佐藤さんは、「すみません。茜様がついつい素直すぎたからかいたくなってしまいましてね。失礼しました」
「本当にお主というやつは……口調も丁寧で、仕事も完璧で気配りまでできるかいうのに、そのからかい癖がなければ完璧じゃな」
「ははは……」
「まあ良いわ。茜と言ったかの?」
スクリーンが喋るという状況に頭が追いつかずに固まっていた私に、スクリーンが話しかけてくる。
「あ!はい!小林茜と申します!お世話になります!」
「そこまで畏まらんでも良いわ。わしは、スクリーンをしとるもんじゃ。特に名前はない。お主が安心して天国に行ける手助けをさせてもらうものじゃ。よろしく頼むの。出来るだけのことはするが、期待に応えられなかった時は申し訳なく思う」
あれ?口調に反して良い人……良いスクリーンさんなのかも?娘に話すスクリーンがあるなんて話したらどんな反応するだろう?きっと、「うわぁ!すごーい!すごーい!私も会ってみたい!」って喜ぶだろうなぁ……
娘のことを考えていると、こそっと佐藤さんが「映画を見終わった後に、夢の中でご家族に会えますので、その時にでもお話になればよろしいかと?この世界のことを話しても特に問題はありませんので」と教えてくれる。
そうだった!もう一度だけ家族に会って、話ができるんだ!
「そうでした!汽車の中で仰ってましたもんね!ありがとうございます!」と佐藤さんに満面の笑みで一礼する。
「いえいえ。安心していただけたようで何よりでございます」
私と佐藤さんの会話が終わると、「もう良いかの?」とスクリーンさんが話しかけてくれる。
「はい!よろしくお願いします!」
「うむ!では、映像を流すので、好きな……」
「少々お待ちくださいませ」
佐藤さんがスクリーンさんの言葉を遮って、パチン!と指を鳴らす。
佐藤さんが指を鳴らすと、シアタールームが小さくなっていき、300人入れる空間は、10席しかないようなミニシアタールームに変化する。
「すごい!」
何度も見せられてきた佐藤さんの「指パッチン」の中で1番驚いた。あんなに広かったシアタールームが一瞬にして落ち着くサイズの空間になった!
「茜様。このくらいの広さなら落ち着いてご覧になれますか?」
「はい!ありがとうございます!」
「ふふふ……それと……こちら」
と、佐藤さんの手にポップコーンと飲み物が現れる。
「私からのささやかな映画を楽しむアイテムです。映画といえばポップコーンは昔から外せませんからね。それと、コーラになっています」
汽車の時から思っていたが、本当に気配りのできる人だな……
「ははは……そうですね!うちの父も昔、映画館に行った時に同じことを言ってました!」
「そうでございますか!ふふふ!お父様とは趣味が合いそうですね」
「ええ。そんな気がします」
「ふふふ」「ははは」と私と佐藤さんは笑い合う。
「さて、私がご一緒するのはここまでとなっております。シアタールームまで無事にご案内できたこと、本当に嬉しく思います。ありがとうございました」
「はい!私も佐藤さんにお会いできて良かったです!本当にありがとうございました!」
「ふふふ…最後に素敵な笑顔が見られて良かったです。茜様が安心して天国に逝かれることを切に祈っております。来世の生がどうか幸福でありますように」
佐藤さんはそう言い残して、パチン!と指を鳴らして姿を消してしまう。
1人になった私は、ポップコーンとコーラを持って席に着く。
「準備は良いか?」
と、優しい口調でスクリーンさんが、私に確認する。
私は、その問いに「はい!」と答える。
すると、シアタールームの照明が消えて、キーンコーンカーンコーンと音が鳴ると、上映が始まった……
つづく……
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